京都文化
トリハダ通信
1

本当に美しい芸術?

「樂焼で自然とのつながりを 実感できる」
学生による
器づくりの授業レポート(5)

Kyoto Art class
Report #1
“Rakuyaki”
by Suzuki Hinae

基礎美術コース 2年
鈴木 日奈惠

(5)_「本当に美しい芸術?」

施釉(せゆう)

 

素焼きして冷めたお茶碗に
釉薬(ゆうやく)をかけていきます。

釉薬をかけることによってうつわに色を付けたり、
光沢や味わいを出すほか、表面をコーティングすることによって
水の吸水性を防いだり、割れにくくしたり汚れにくくする役割があります。
釉薬は、長石(ちょうせき)、石灰(せっかい)、 珪石(けいせき)、灰類、
酸化銅や酸化鉄等を調合してできていて、ドロっとした液体になっています。

 

釉薬にはたくさん種類がありますが、
今回使用する透明釉(とうめいゆう)は 名前通り無色透明の仕上がりになる、
基本的な釉薬です。
素地(釉薬をかける前のうつわ)と良く馴染み、
下地が透けて見えます。
そこに、少量の水で良く溶かした白い粉を混ぜます。
(白い粉というとアブなく聞こえますが、
捕まるようなものではないので ご安心ください。)

 

  • (椿先生のコメント)
    余談:白すぎの粉はアブナイよ、米とか砂糖とか塩とか・・
    精製しすぎて真っ白な 食品は避けた方がいいね。

この粉は CMCという科学のりで
うつわと釉薬のつきを良くするために使用します。
フリット(釉薬の原料を混ぜて溶かしたガラスの粉)が沈殿してしまうので、
釉薬はお茶碗にかける直前で作ります。

 

 

 

ポイントは手首のひねり。
練習あるのみ。

みんな、自分の作ったお茶碗に おもいおもいのかけ方で 釉薬をかけていきます。
釉薬をかけるのにもコツがいるので、 まずは練習、練習。

今は金属製ですが
昔は竹で道具を作っていたことを知りました。
余談ですが
竹は、このように道具にしたり、
他にも皮でカゴを作ったり、
水筒とか、お花を生けたりも出来ます。
竹の万能さを改めて感じました。

  • (椿先生のコメント)
    アジア文化圏には「竹」は必須です。
    時間のあるときにアジア全体の竹と暮らしの関係を図書館などで調べてみよう。

うつわの内に作った釉薬を入れて、 うつわを回しながら釉薬を出します。
ポイントは、手首のひねり。
一周で内に入れた釉薬を全て出すのが簡単なようで難しいのです。

その後
うつわを逆さまにして、
高台を持ちながら

釉薬が入ったバケツにつっこみます。

つけている時間で仕上がりが変わってくるので、
コーティングを薄くしたい人は短め、
厚く艶っぽい感じにしたい人は 長めにつけたり、
乾いてから
もう一度つけたり(二度がけ)します。

▲釉掛け直後は白いですが、 焼くと透明になります。

 

いよいよ次回は本焼。

 

_______________________________________________________________________________________

 

本当に美しい芸術は、
どこから見ても美しく
見えるもの。

 

【番外編】

この授業期間中、
京都造形芸術大学の歌舞伎舞台 春秋座で開催されていた「温習会」※ の期間が重なり、
たまたま、小川先生のお知り合いで
祇園甲部の舞の名手のおひとりである 槇子(まきこ)さんが
私たちの授業の様子を見学に来てくださいました。

槇子さんのちょっとした仕草や立ち振る舞いは
円を描くように柔らかく上品で とても美しかったです。
まさに女性が憧れる女性という感じでした。

 

また、 「本当に美しい芸術は、どこから見ても
美しく見えるものどす。」
と槇子さんはおっしゃられました。

  • (椿先生のコメント)
    うーむ「一本取られました!」

今回作っているお茶碗も 前後左右上下どこからみても美しいと
思われる作品になるよう、意識するだけで、
作品が変わってきたと感じました。
意識ってすごい。

この言葉は、日本最古の芸能と言われている
能の大成者、世阿弥の 「離見の見(りけんのけん)」という言葉に
通ずるものがあると、私は思います。

「離見の見」とは、 「見所同見(けんじょどうけん)」とも言われ
客席で見ている観客の目で自分をみなさい、ということです。

歳を重ねれば重ねるほど、
地位が上に行けば行くほど、
前を見ることが要求され、
自分の後姿を見ることを忘れてしまいがちですが、
自分が卑しくならないためには、
自分を突き放して見ることが必要なのです。

 

全体の中で自分を客観的に見ることは、
いつの時代でも難しく、しかし必要とされることだと痛感します。

ホンモノに触れる機会が多い基礎美術コースで、
自分や、自分の作品が卑しくならないためにも
槇子さんのお言葉を忘れずに
生きていきたいものです。

 

  • (椿先生のコメント)
    このコースは室町時代に完成した諸芸のエッセンスを「基礎」ととらえて稽古で会得するという世界で初めてのコースです。
    その芯にあるのが世阿弥の「初心忘れじ」という一言です。
    実はこの初心は、
    「始めたころの初々しい気持ちを箚すれない」という意味ではありません。
    生涯今の自分を捨てて、新しい挑戦をしないさい!という大変厳しい自己批判なのです。常に身が引き締まる言葉ですね。

 

つづく