京都文化
サブイボ通信
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花をするって
一体どういうことなの?

“花をする” ということは?
学生による
いけ花の授業レポート(1)

Kyoto Art class
Report #1
“Ikebana”
by Sakiyama Saki

基礎美術コース 1年
崎山 紗己

(1)_花をする

基礎美術コースの1年生の大学生活は、まず「たて花」の授業から始まります。
たて花とは、いけ花の数ある様式の中の一つです。

講師の先生は、花士 珠寳(はなのふ しゅほう)先生
珠寳先生は、銀閣寺、慈照寺の初代花方教授をされていました。

お稽古をする教室は、京都造形芸術大学が建っている瓜生山の一番上にある千秋堂という場所です。
教室に着いたら、まずは皆で道場の床を拭き掃除。日々拭き続けていると、だんだん床の木肌に艶が現れるようにもなり、私達の心も、とてもすっきりとしてくる感覚になります。

・(椿先生コメント)
よく気が付きましたね。
木は伐採されたあとも活き活きと人の凝らしを支えて1000年の時を越えます。無垢板でか揉まれた千秋堂は日本古来の木と人間の在り方を無言で伝えてくれていますね。
宮大工・西岡常一さんの「木に学べ―法隆寺・薬師寺の美 (小学館文庫)」是非読んでください。

床掃除が終わると、皆それぞれが持参した足袋に履き替え、荷物を風呂敷へと包みます。
これは、訪問先で靴下を綺麗なものに履き替える作法と同様で、家や人に敬意を表すという、日常生活でのマナーの1つにも繋がるとても大切なことです。
基礎美術では、このような日々の行動に繋がることも基礎として実践から学んで行くことができます。

・(椿先生のコメント)
僕たち手仕事をする人間のなかで「現場に神が宿る」という言葉があります。平凡な日常に美を見出す「こころ」があれば人生はとても豊かになります。

 

日々の行動に繋がらないことは、あらゆる分野においても基礎とは呼べないのかもしれないと思いました。

・(椿先生のコメント)
気がついてくれて嬉しい。
なぜ基礎美術という何の変哲もないコースの名前にしたのかという深い意味がそこにあります。平凡な日常を磨く事でより高次の美に到達したのが日本の素晴らしさを伝えたい。

 

女というものは口の開きかたで器量をよく見せる(古今亭志ん生 5代目) といいますが、このようなことが身につくことで、人はより素敵に見えるような気がします。

・(椿先生のコメント)

男女を問わず(笑)

 

日常生活の全てに繋がる

 

珠寳先生が、「花をするということには日常生活の全てが含まれる」とお話なさいました。
今回の授業を通して、植物の命を通して見た、いけ花のことだけではなく、普段の生活の中で私達が当たり前のように感じて過ぎていくことや、何気ない動作の一つ一つ。 そういう細かなパーツの一つ一つがどこかで何かへと繋がっていて、無駄になることは何もなかったという事をもう一度考え直そうと思うことができました。
最近では、友達の家に遊びに行く際に綺麗 な靴下をもう一足持って行ったり、風呂敷を常に鞄に入れておくなどといった事から日常を見直すことができるようになりました。

 

・(椿先生のコメント)
特にお花で感じて欲しいのは、日本人と森の関係です。アジアの端っこにあって温帯モンスーン気候に恵まれた日本は、遠く中国の雲南地方からつながる照葉樹林(冬でも葉が落ちないカシやツバキなど)とともにありました。里山や水田という二次自然との穏やかな暮らしぶりが日本の美意識を育んだのです。環境問題という視点からも「立花」は君たちに多くの学びをもたらすでしょう。

 

 

つづく