京都文化
サブイボ通信
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花は生きている

“花をする” ということは?
学生による
いけ花の授業レポート(5)

Kyoto Art class
Report #1
“Ikebana”
by Sakiyama Saki

基礎美術コース 1年
崎山 紗己

(5)_ 言葉では表せないもの

 

本日は、珠寳先生がお献花をしてくださる日です。
教室の照明は消して自然光の中。
毎日の掃除から始まり、まずは場を作ることから始まります。

 

・(椿先生のコメント)

「場」という日本語は深い。さまざまな意味を含んでいます。
これからもよく登場するので、この言葉の使われ方に気を配りましょう。

 

場をつくる

道具を運ぶ時は、中腰で作業をするのでは なく、しっかりと一度膝をついてから。

そして道具に触れる時は直接手は触れず、手ぬぐいで下から支えるように持ち運びます。
こうすることで、綺麗に保ったまま、道具を長く使っていくことができます。

・(椿先生のコメント)

江戸の園芸植物を鑑賞する時は、手を後ろで組んで口に懐紙を加えて拝見するというルールがありました。人の吐く息が植物にかかると、それだけで枯れるほどの劣性遺伝子の組み合わせを行うのです。
また鉢を持ち上げたら底から出るひげ根を切ってしまう恐れがあるので鉢に手を触れる事もご法度。日本文化は奥が深い。

 

 

花は今も生きています。
お献花の準備をしている間もずっと生きています。
なので、お花を生ける際、どれだけ素早く生けることができるのか、というのも大切な事です。今回はお献花をしてくださる珠寳先生がこの場についた時に、
どれだけ作業がしやすいかを考えて、道具の 配置などをしていかなければなりません。

 

 

 

こちら側とあちら側

 

お献花をしている人が見える側と、お献花を見ている人側があるということに気付かされました。 自分が良しとする物でも、見方を変えるだけで変わってしまうということ。
視野を広く持つ事の大切さも、花をすることで学び、感じることができました。

・(椿先生のコメント)

常に自分目線を疑うという事の重要性。
西欧の自我の追求を是とする文化と、自然界の一部としての自己を肯定する日本文化。二項対立にふたつを置くのではなく、それぞれの良さを折衷してよりよい暮らしに至る智慧を大切にしたいですね。

 

 

水際

以前、花瓶の中の見えない縁の下の存在で あるこみわらについて書きましたが、
たて花の場合、まず最初に、“しん”となる部 分である一番背丈が高く、まっすぐと天に伸びるものから立てます。 その周りに次の部分を立てていくのです。
しんがふらついたり、曲がったりしないよ うにしなければならないのは、お花だけではなく、
日常の中の仕事や、家族、色々な関係性の中でも重要なことだと思います。

・(椿先生のコメント)

「比喩」の重要性に気づくと教科書的な学びから抜け出す事ができるようになります。

 

 

 

お献花の最後に、先生はたっぷりと花瓶に水を注ぎ、花に露をうちました。
その姿が凄く綺麗で、花が本当に生きていることを感じることができました。
花瓶の中と、水際と、そこからまっすぐに立つ姿は、ずっと眺めていたくなるほど神秘的で、
見える部分と見えていない部分の全てが揃ってこそ生まれる美しさなのだと 思いました。
して、お献花をしてくださった先生、花、見ている私たちが交わっていくような感覚があって、花をするということが、私たちが普段、他者とコミュニケーションをとるためにつかう言葉とは違ってはいるものの、同じぐらい、もしくはそれ以上の意思疎通ができるものなのではないかと思いました。

 

・(椿先生のコメント)

ちょっと難しい言葉ですが「相転移」という科学用語があります。水が氷になる時と沸騰して水蒸気になる時。そのどれもが一瞬で部分が全体に広がって起こります。一気に世界が変わることの比喩に使うのですが、まさに師範が露を打つ瞬間に君にその瞬間がやって来たのかなと。さあ4年間でなんどもなんどもこの瞬間を味わって成長しましょう。

 

つづく