京都文化
サブイボ通信
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“ひととなり”が見える

“花をする” ということは?
学生による
いけ花の授業レポート(6)

Kyoto Art class
Report #1
“Ikebana”
by Sakiyama Saki

基礎美術コース 1年
崎山 紗己

(6)_ 花瓶に花を生ける

ついに基礎美術コース1年生にとって初の授業である立花は、5週間目を迎え、最終日です。
いつもお稽古をしている千秋堂の 1 階には 茶室があり、まずは掃除をして場を作りま す。
場をつくりながら、畳の拭きかたや、茶室のマナーも学ぶ事ができました。

・(椿先生のコメント)

裏千家・千宗室家元より寄贈された茶室「颯々庵」。
1960年につくられた当時の茶道具から、柱、土壁、建具まで、ほぼ原型通りに移築・再現。基礎美術や建築の授業で実際に活用されているのは稀有な例です。

 

 

投げ入れ花

一番最初の授業で作っていたこみわらは、この後各自で灰汁抜きをして、大切に2年生になるまで保管をして、来年のお稽古の際に使います。
今回、滋賀の蓬莱まで行ってとってきた竹で作った花入は、縦や横など、
人それぞれの好みの向きもあり、こみわらは使わず、 投げ入れ花として花を生けていきます。

 

沢山華やかに生けることが良いのではなく、空白の間がある事で生まれる美しさも考えていかなければならないということを実践する上で考えていくことが難しいところでした。
しかし、考えながらも、花と素直に向き合っていくことができ、とても爽快で心地の良い時間でした。

 

・(椿先生のコメント)

「爽快で心地よい」すばらしいですね。
AIやロボットが生活のなかに共生する時代がやがて来ますが、
価値観が揺らいだとき、この気分を大切に思い起こして欲しいと思います。

 

 

 

人と違う面白さ

 

花入の形も違えば、生ける花も人それぞれ。
完成した場を見て、あ、これは凄くこの人っぽい。とわかるものもあれば、えっ、こいうのが好きなんだ。と思うものもあって、 花をする中で、自分や他者の実は自分自身でも気付いていない性格や、心理が現れて可視化されていくような気がして、新鮮な時間でした。

・(椿先生のコメント)
基礎美術の課題では「ひととなり」が現れざるを得ないのです。
素直な素材はそのままその人を映します。怖いようで愉しいですね。

 

 

 

講評会

 

講評会という名のお茶会。
お菓子の糖分が体に染み渡って、いつもよりも凄く美味しく感じて、それだけ花をするということに神経を使っていたんだな、 という感覚でもわかる心地よさと疲れ。
そして、一人ずつ、花入の銘の発表とコメ ントをして5週間の終わりを迎えました。
4月のはじめよりも、皆まっすぐと背筋を 伸ばして花と向き合っていました。
嬉しい事があったら、人は前を向きます。 悲しい事があったら、人は下を向きます。
姿勢の美しさからその人の心がわかるよう に、今日の皆はキラキラと輝いていて、基礎美術コースの基礎という言葉に込められた仕草や立ち振る舞いをたて花を通して、
自信と共に身につけることができたんだ な、と感じました。
来年2年生になった時に、同じことをして、どう変わっていくのかが今からとても楽しみです。
5週間は凄く短い時間に感じましたが、とても濃く、新鮮な時間でした。

・(椿先生のコメント)

高校を卒業したばかりで日本文化の奥行きに触れてもらうことは、カリキュラム設計で勇気の必要な事でした。しかし「鉄は熱いうちに打て」ということわざにあるように、みなさんが新鮮な気持ちのうちに言葉に出来ない大切な「何か」を伝えたかったのです。珠寶先生は見事にみなさんにその「何か」を伝えてくださったようですね。来年お会いする時までもっともっと研鑽を積んで成長した姿で再会してください。お疲れ様でした。

 

おわり