京都学
レポート
2

竹笹堂 木版画摺師
竹中健司さん

京都学2

竹笹堂 木版画摺師
竹中健司さんによる京都学

Kyotostudy Report #2
TAKEZASADO
TAKENAKA KENJI

by Takenouchi Haruka
  Mizobe Chihana
  Suzuki Hinae
  Kishi Naoki

竹笹堂 木版画摺師
竹中健司

空間デザインコース2年 竹之内春花
空間デザインコース2年 溝部千花
基礎美術コース2年 鈴木日奈惠
ファッションデザインコース 2年 岸直輝

京都学レポート2

ゲスト 有限会社 竹笹堂 木版画摺師 竹中健司さん

担当は文筆家・工芸ジャーナリストの米原有二先生と、
空間演出デザイン学科准教授・デザイナーの酒井洋輔先生です。
この授業では、
毎回異なる職人さんがゲストとしてお越しくださり、
京都が育んだ手仕事とその粋、
京都のことや日本のことなどを教えていただきます。
そして、学生がそれぞれ授業を受けて考えた新しいアイデア(イノベーション)を
レポートとして提出してもらっています。

70人に1人が
伝統産業に携わりながら生活している

京都の工芸には、
日本の工芸と違ってものづくりが他の文化と連動し、
繋がっているという特異点があります。
京都に住む70人に1人が
伝統産業に携わりながら生活しているこの京都という地で、
私たちはそんな京都の伝統について学んでいます。

今日の職人さんは、
竹笹堂 木版画摺師 竹中健司さんです。
木版画と人々がどのように接してきたのか
といった歴史や、
摺師の仕事をしていて竹中さんが気づいた
”ほんまもん” についてお話しいただきました。

“木版摺は修行の1つだった”

木版摺はもともとお経を文字に起こすために
発達した技法だそうです。
そのため、仏教伝来とともに日本に伝わってきました。
巻物をいくつも持ち運ぶのは大変なので、
1つの版木として持ち運ばれていたそうです。

またお坊さんは1つのことだけを学んでいては
人々に伝えていくことはできないという考えから、
木版摺はお坊さんがお経を読むだけでなく、
自身が読むお経を自身で起こす” という
修行の一つとして行われてきました。
かつては現代のような印刷技術はなかったため、
お寺や神社のお札やお菓子屋さんの包み紙などは、
全て木版摺が用いられていました。

時代が流れ、
江戸時代の頃になると広告が登場し、
その広告を印刷するために木版摺は大変な需要を生み、
摺師はメジャーな職業となりました。
その時の木版摺の広告ポスターは
「人を引くためのもの」という意味から
引札(ひきふだ)」と呼ばれていたそうです。

また紙だけでなく
着物にも木版摺は用いられ、
大量生産の役割を担ってきました。
見当外れ” という言葉は、
摺る時に紙に版木を合わせる印である
“ケントウ” から 生まれたのだそうです。
当時はそんな言葉が生まれるほど
木版画摺師はたくさん存在していたそうですが、
現代では機械印刷が台頭し、
職人の数は減りつつあります。

職人がいなくなるというのは
マイナスなイメージがありましたが、
竹中さんからの言葉は意外なものでした。
「ただ単に需要と供給が合わなくなっていっただけなんです。
皆さんは木版画をお持ちでないでしょう。
要するにそこまで現在では必要とされてないんです。
ですが必要としているところもあります。
今はまた職人(供給)が減って、
需要と供給が合う、
むしろ需要が高まってきていて木版画摺師が重宝される、
儲かる時代がやって来たなというところです。
こんな時代だからこそ、
このような授業にも呼んでいただける。
人が減って丁度いいんです。」

京都学レポート   ゲスト 竹笹堂 木版画摺師 竹中健司さん
(ケントウ)

“絵師と摺師”

木版画には摺る絵を描く「絵師」と、
その絵を版木に彫り、摺る「摺師」が存在します。
竹中さんはその摺師にあたります。
摺師の仕事は色彩を加えることだと、竹中さんは教えてくださいました。
様々な色の粉を調合し、色を生み出します。
同じ色であっても、
摺り方1つで変化を魅せることができる
作品に応じて表情を変えられることが木版画の醍醐味なのだそうです。

以前、竹中さんは京都出身の女性イラストレーター
カンバラクニエさんとコラボレーションされました。
昔の木版画は男性が描いた美人画を摺っていたので、
女性が描いた美人画が木版画になるということは
歴史的に見ても面白い挑戦だと、
カンバラさんはおっしゃっていました。
木版画は絵師と摺師の思いが合わさる。
一緒に作っているという気持ちになりますよね。
自分の作った絵だけでは終わらない。

他にも、竹中さんは
「ルパン3世」や「銀河鉄道999」のキャラクターなど
日本が誇るアニメを木版画で表現する取り組みも行われています。
その時代その時代に合わせて作っていく。
そうすると面白いものが生まれるのではないかという
竹中さんの伝統工芸に対する姿勢を話してくださいました。

京都学レポート   ゲスト 竹笹堂 木版画摺師 竹中健司さん京都学レポート   ゲスト 竹笹堂 木版画摺師 竹中健司さん

 

”京の昼寝”

竹中さんはフランス国立図書館で
フランスの文化年間から保管されていた、
おそらく喜多川歌麿が描いたとされている
美人画の版木を摺ることを特別に許可され、
木版画を摺られたことがあったそうです。
長い時を経て、竹中さんの手で美人画が次々と浮かび上がります。
外国人はまるで魔法のような竹中さんの手さばきに釘付けになっていました。

木版画をちゃんと魅せる。
すると世界では当たり前のように
(木版画といった日本の伝統工芸・技術は)通じるのだと、
竹中さんはおっしゃっていました。
特に、日本の伝統を守ってきた京都にはすごい人がいます。
たくさんの世界の人々が、学ぶために
わざわざ京都に来ていたのだと教えてくださいました。

”京の昼寝”というのは、
昼寝をしていても学べるくらい
京都にはすごい人がいるという意味の
中国から伝わった言葉の訳だそうです。
その証拠が、外国の人が日本の版木を持ち帰り、
技術を学ぼうとしたこの美人画の版木です。
竹中さんはいつもルーブル美術館に入るときは
逆の順路から入るそうで、表からは入ったことがないそうです。
それはもちろん竹中さんのように
技術を高めて、認識を持っている人” でなければ
作品への理解を深めることはできません。
ルーブル美術館の裏から入ると
修復家の部屋があるそうで、
そこには苔や和紙といった日本のものが多く置いてあります。
そこにおられる方に
どこで修復の技を習って来たのかと聞くと、
ほとんどが京都で技術を学ばれた方ばかりだそうです。

 

“ほんまもんには意味がある”

富山県から、浄土真宗の蓮如さんが
お経を起こして作ったという400年前の「嵯峨本」を
(江戸時代初期に本阿弥光悦及びその門流が京都 嵯峨で出版した書物。
本文や表紙には色紙を用い、日本の印刷文化史上最も美術的な版本として有名。)
復元してほしいという依頼が竹中さんの元にきました。
「(400年前に摺られたものを竹中さんに渡し)
これと同じものを作ってほしい。」と言われたそうです。
すると、今見えている色で作ろうとしてしまうものですが、
当然その嵯峨本の色は褪せてしまった色をしています。

見えている色だけで作ろうとすると、
また400年後には今よりさらに黒くなってしまいます。
それは 「本質に達していない」と竹中さんは感じたそうです。
それなら作られた当時の色で作らなければいけない。
また、このように褪せてしまうことのない、
さらに追求した素材で作らなければならない。
竹中さんは仕事柄、色褪せてしまう前、
何百年前の色がわかるのだそうです。
なので竹中さんには、元の色と同じ色で復元することは可能です。
その嵯峨本に見えている茶色のような色は元は黄色だっただろうということがわかります。

 

まず、その黄色はどこからきた黄色なのかを考えたとき、
以前法隆寺で鎮魂のため1000年前に
お札を入れた箱に貼られた
「黄色い紙」があったことを思い出しました。
そこで、以前ある木版画摺師が黄色く塗られた紙に
摺っていたことを思い出し、
「黄色い紙」について知るため、竹中さんはその方に会いに行かれたそうです。

その紙を黄色くしていたものは
木肌(きはだ)」と呼ばれるものでした。

木肌には虫がつかないという特性があり、
そこから「虫(魔)がつかない」という意味で
昔からお経や出版物など残すものには
木肌を塗って納めていたということを竹中さんは知りました。

また、その嵯峨本に用いられていた赤色はなんだろうと思い調べると
「丹」という赤い絵の具が見つかりました。
ですがその丹は300年、
400年経つと黒くなると言われている安物なので違いました。
そこで丹の中でも辰砂(しんしゃ)と呼ばれる絵の具を思い出しました。
真言宗の開祖である空海が
この
辰砂探して世界中をまわったとも言われているそうです。

辰砂は体内にたくさん取り込んでしまうと
水俣病になると言われており、
海外に持ち出すことは禁じられています。
そこからこの辰砂にも「魔を払うもの」という意味が込められ、
神社にある鳥居に塗られている赤色はこの丹が用いられているのだと教えてくださいました。

そのことを知ったとき、
竹中さんは「色には全て意味があったこと」に気づかれたそうです。
馴染みのあるCMYKなどは代用品に過ぎず、
本来色には視覚的な意味だけではなく、
重要な役割のような意味がありました。
その意味を持つ物質が、
現代でいう赤や黄色をしていただけなのです。
そのため昔は2、3色しかなかった色の種類が、
今では代用品によってたくさんの色が存在します。

”ほんまもん” には意味がある。そのことを僕たちは忘れている。
機械の文明が進み、
多くのものの本来の意味が忘れられ、
代用品が多く生み出されています。
「機械の文明を悪いとは思いません。
機械はなんでもできる世の中を作ってきました。
だけど ”ゆらぎ” や ”かすれ” といった
木版画でいう色のつく所とつかん所の色みたいな、
できんかったからこその良さは失くした。
機械の方が綺麗かもしれないですけど、
ゆらぎを感じる、自然を感じる人なら伝統を選ぶ。
人の力が入ってしまっているものを選びます。」

京都はいろんな技を持った人が集まり、
今でも残っている世界でも稀な場所です。
そんな京都に残っている伝統工芸には、
人のぬくもりがあると竹中さんは教えてくださいました。
「ぬくもりってなんやねん。
て思うけど、自分が握ったおにぎりと、
お母さんや好きな子が握ったおにぎりはなんか違うんかなあ。
それが伝統工芸にはあります。」

 

京都学2

 

  • 春花の感想

この世に生まれた
「 “ほんまもん” には元来意味があった」という事実には、
とても新鮮な驚きがありました。
言われてみると、
当然意味がないものはこの世に生まれなかったはずです

でも今の世の中はよりスマートに、
よりデザイン的にされたばかりに様々なものがとっぱらわれたり、
つけ足されたりして
そのものが持って生まれた意味(本来の魅力)が
見えにくくなっているように感じました。

最新のものは「新しい」というだけで
とても魅力的に見えてしまうけど、
本当の魅力はもっと根源的な部分にあるように感じました。
竹中さんはその本来の魅力を尊重しながらも、
今の人々に届けていくデザインに取り組まれています。
古きを学びながら、
守りながら常に前を向いている姿勢が
とても印象的な職人さんでした。

・今回の授業を受けて、学生が考えたアイデアを少しだけご紹介

 

京都学2アイデア・包装紙
大昔のように「包装紙」として使う!
普通の包装紙よりも印象に残るし、魅力的に見えるのでは。
包装紙を捨てる派の私も、丁寧に置いておくと思う。
Idea:松本舞子

京都学 アイデア

・食べる浮世絵
薬効のある牛の胆を入れて刷った紙をちぎって飲み、薬としていたという
お話からインスピレーションを受けて考えました。
食べられる紙に浮世絵を刷って、見て、食べて、楽しめるものがあったら
面白いのではないかと思いました。
また、小さい子供でも、浮世絵を手にとって楽しむきっかけにできます。
Idea:森國文佳

 

2019.01.01更新

Kyotostudy Report #2
TAKEZASADO
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竹笹堂 木版画摺師
竹中健司

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