京都学
レポート
3

本藍染職人
谷尾允康さん

京都学3 本藍染職人 谷尾允康さん

本藍染職人
谷尾允康さんによる京都学

Kyotostudy Report #3
Aizen craftsman
Tanio Mitsuyasu

by Takenouchi Haruka
  Mizobe Chihana
  Suzuki Hinae
  Kishi Naoki

本藍染職人
谷尾允康

空間デザインコース2年 竹之内春花
空間デザインコース2年 溝部千花
基礎美術コース2年 鈴木日奈惠
ファッションデザインコース 2年 岸直輝

京都学レポート3

ゲスト 本藍染職人 谷尾允康さん

担当は文筆家・工芸ジャーナリストの米原有二先生と、
空間演出デザイン学科准教授・デザイナーの酒井洋輔先生です。
この授業では、
毎回異なる職人さんがゲストとしてお越しくださり、
京都が育んだ手仕事とその粋、
京都のことや日本のことなどを教えていただきます。

京都の工芸には、日本の工芸と違って
ものづくりが他の文化と連動し、
繋がっているという特異点があります。

京都に住む70人に1人が伝統産業に携わりながら
生活しているこの京都という地で、
私たちはそんな京都の伝統について学んでいます。

そして、学生がそれぞれ授業を受けて考えた新しいアイデア(イノベーション)を
レポートとして提出してもらっています。

今日の職人さんは、本藍染職人 谷尾允康さんです。
藍という植物から作られる染料で染められた藍の色は、
日本などといったアジアの象徴的な色として知られています。

昔は火消しの人が藍染の半纏を着ていたのは防火耐性が強いため、
繊維に深く染み込んで強くするから。
また藍の匂いが虫を避け、
繊維も強いことから刺されたとしても貫通しないなど、
人々の生活に馴染みのあるものだったそうです。

京都南丹市の山あいで静かに染め上げる谷尾さんの藍染は、
他では出すことのできない色の幅を持っています。
知られているようで知られていなかった「藍染」のことや、
京都という職人の歴史ある地で藍染のことを想う
谷尾さんの「職人」としての姿についてお話してくださいました。

京都学3 本藍染職人 谷尾允康さん    京都学3 本藍染職人 谷尾允康さん

“京都の職人は分業制”

谷尾さんの家系では元々、
藍染だけを行っていたのではありませんでした。
藍以外の染料を使い、絹の着物の染めを行なっていたそうです。

ある時、谷尾さんのお父さんに絞り染の技法
(布の一部を結ぶなどの方法で圧力をかけ、
染料が染み込まないようにすることで模様を作り出す模様染の技法の1つ)
を使った天然藍染をして欲しい依頼がありました。
しかし、京都の絞りは難しい点が2つあり、
1つは、複数ある絞り方によって染め方も変えねばならないという複雑さ。
もう1つは、絞り部分をしっかりくくるのではなく、
解きやすいようにくくるということです。

解きやすいということは、
言い換えれば染めている最中に変な力を加えてしまうと
解けてしまいます。
それを解けないようにくくり、染め上げなければならない。
その2つのことができないと、
京都の絞り染の着物は価値がないのだそうです。

京都学3 本藍染職人 谷尾允康さん

「少しでもムラになるといけない。
100万円か0円かっていう究極の世界なんです。」

しかし谷尾さんのお父さんは
その絞りを施した着物を正確に染める技術を持っていました。
その相談をお父さんが引き受けたことが、
谷尾さんが藍染を始めるきっかけになったそうです。

ですがその難しさから、
天然藍染で絞り染ができる工房がなかなかありませんでした。
すると、奄美大島や徳島の人たちといった
基本的に糸を染めていた人たちから、
その技術を獲得したいから自分のところの
藍甕(染める時に使う染料の入った甕)を
使ってもいいので染めに来て欲しいと連絡があったそうです。

その藍甕を使わせてもらうお金や宿泊費などを払いながら、
谷尾さんたちは奄美大島や徳島へ通いました。
形としては、お金を払いながら技術を教えてあげていました。

なぜその一見損をしているような形をとったのかというと、
京都の職人は分業制で染屋さんといっても
絞り染、友禅染、黒染、引き染と様々な染屋さんがあります
谷尾さんたちは奄美大島や徳島の人々と、
彼らに技術を習得してもらい、最終的には商品を送って染めて、
送り返してもらうといった分業の形をとれることが
理想的だと考えていたからだそうです。

京都学3 本藍染職人 谷尾允康さん

“自分自身が、
日常で使いたいものを作りたい”

様々な事情からその分業制はかなわず、
谷尾さんのお父さんは京都市内に工房を作り、
自身たちで染める形になりました。

お父さんはその工房では簡単には染められないような、
技術的に高い絹の着物を染めることができるので、
「絞りを施した着物以外は染めません。
絹のもの以外は染めません。」と
決めて染めを行なってきたそうです。

それほどお父さんは
着物を染めることにこだわっておられましたが、
谷尾さんが継ぐことになった時、
自身で
これまで納品していた着物の問屋さんに
「もううちは無くなったと思ってくれ。」と言って回ったそうです。

谷尾さんはとても着物が好きで、
子どもの頃から正月など特別な日だけでなく、
普通の日や週末にも着物を着せてもらっていたそうです。

そのような谷尾さんが着物の染めをやめた理由は、
まず経済的な理由でした。
その当時、着物の取引は銀行の手形取引でした。
普通の商売は締め日があり、
例えば月末に締めて来月の末に支払うといった
契約の元に成り立っています。

しかし、その締め日も、
支払い日にも今回は出てないよ(売れてないよ)と言われたそうです。
着物というのは納めても売れなかったら職人にはお金が入らない。
結局その期日を過ぎて手形をもらい、
現金化されるのに何ヶ月とかかります。
納品してからだと、現金化されるのに1年程かかっていました。
締めと支払いを守れないような問屋さんはいつなくなるかわからない。
ということは1年後に本当にそれが現金化されるかもわからない。
そのような怖いことはもうやめたいと思ったそうです。

また、呉服屋の商品の取り扱いの荒さも理由の1つです。
呉服屋のような小売店は問屋に着物を借りて、
売れなかったら返す形をとっているところがほとんどです。
返せばいいので扱いが乱雑で、
ひどい時には靴の踏み跡が付いて返されていたところもあったそうです。
そんな悲しいところに雇ってもらって、納めても金は入らない。
そのような理由から、谷尾さんは着物の染めをやめることを決めました。

しかし否定的な理由ばかりではありませんでした。
絹というのは動物由来の繊維です。
木綿や麻といった植物由来の繊維に藍染した場合は
ほとんど色落ちしないそうです。
それは日本の(すくも)という藍から作る染料を使って
しっかり発酵させて染めている、丁寧な仕事だからだそうです。

谷尾さんの染物は、
普通に洗濯機で回しても大丈夫といった数値が出ています。
なので、今はTシャツやポロシャツといった
私たちの暮らしに近いものを染めておられます。
着物でなくても、今日常で自分自身が使いたいものを作りたい。
時代に合わせたものづくりをしたい。
それが京都の職人仕事が伝承されてきた秘訣だと思います。
売れるものを作ることで染業界全体が盛り上がって、
染めが残っていって欲しいと本当に思っています。

京都学3 本藍染職人 谷尾允康さん

“食べられるものでできた染料”

藍染は「藍甕」と言われる直径80センチ、
深さ1メートル、270リットルほどが入る甕の中で染め上げます。
その甕の中には、「(すくも)」と言われる
藍の葉を乾燥させたもの、日本酒
灰汁(木を燃やしてできた灰にお湯を混ぜたもの)、
生石灰(本来の貝殻由来では無く、石灰岩を焼いたもの)、
ふすま(小麦の糠)が入っています。

蒅を大きな蔵のようなところに
胸の高さくらいまで敷き詰め、そこに水を打ちます。
すると葉っぱについている菌で発酵するそうです。
藍は解毒作用のある薬として使われています。
また灰汁は保存食にも使われ、
生石灰はこんにゃく芋と合わせることでこんにゃくになるものです。
小麦の糠は有機小麦、日本酒は有機米の純米酒を使っています。
少し値段は高いそうですが、
有機にしたことで色が長持ちするようになったそうです。

そのように、全て食べられるものでできた染料なのです。
それを大体10月から2月まで発酵させて、
2月の大寒という暦の日に水を最後に打って、
そこから1ヶ月置いて水を蒸発させます。
その作り方が基本です。
下の方に蒅が沈み、上には液体のみがあります。
空気に触れている上面から次第に酸化していきます。

京都学3 本藍染職人 谷尾允康さん

染めつきが悪い時は混ぜ、
藍甕の基本は混ぜず、加熱もしないし加えない。
そうして藍甕を仕込んで発酵していくのを待つそうです。
発酵すると、いよいよ染めることができます。


京都学3 本藍染職人 谷尾允康さん

(実際に谷尾さんの工房を訪れた際の写真)

暖かい時期に仕込めば、もっと早い期間で発酵していきますが、
谷尾さんは寒い時期に発酵液を仕込むこともあります。
これは発酵に1ー2ヶ月かかるそうです。
それが、谷尾さんの独特のやり方で、得意とする藍の色の幅を生む秘密です。
時間をかけて発酵すると薄い藍色になるそうです。

枯れる寸前の藍でもこのような薄い色にはなりますが、
そこには染料が少ないので不安定で、
ムラなく均一に染めることが難しいそうです。
ですがこの染料は、本当はたっぷりあるはずなのに、
発酵が弱いのでどれだけ染めても薄くしか染まりません。

もし染めて色が薄かったり、ムラが起きても、
この薄い色しかのらないため、
また繰り返し染めることができます。
そのため安心してムラなく、
堅牢度(洗濯などによって色落ち・変色する度合い)も
よい状態で鮮やかになるまで染めていくことができます。

ある時、急ぎの仕事で寒い時期に発酵液を仕込んだところ、
偶然その晴れた日の朝のような藍色に出会ったそうです。
藍の発酵にも快適温度ってあって、
それは外の気温にもすごく左右されます。
それによってこのような色の幅が生まれます。
でも、なんでか商品になってない。僕の強みはこの染めの幅です。

京都学3 本藍染職人 谷尾允康さん

(実際に谷尾さんの工房を訪れた際の写真)

 

  • 日奈惠の感想

今まで着物一筋でやられてきたのに、
谷尾さんが継ぐ時は
もううちは無くなったと思ってくれ」と
着物問屋さんに言って回ったというお話がとても印象的でした。

それがどれほど勇気のいることか、
想像しても自分だったらきっとお父さんのやり方を
そのまま受け継ぎ、着物でずっとやっていったと思います。

私は、職人さんのお仕事は
代々同じやり方で受け継いでいかなければいけないと思っていました。
ですが谷尾さんは、お金のことであったり、
動物性と植物性の相性であったりを考慮して、
時代に合わせたものづくり”をされています。

谷尾さんは
自分自身が、日常で使いたいものをつくりたい」と
おっしゃっていました。
昔の人たちは、藍という自然にあるものを、
衣服など普段から身に付けるものに使用していたことを知りました。
谷尾さんは現在、
私たちの身近にあるものを染めることで本藍染という伝統を
残していらっしゃいます。
昔の日本が残り続けている京都という地で
職人のお仕事をされる谷尾さんの姿勢に感動しました。

また、本藍染が、
すべて食べられる染料から作られているということにとても驚きました。
現在は科学が発達し、科学の力で
藍のムラを安定させることができるのではないかと思いましたが、
私達の身体に良いかと言われるとそうではないところもあると思います。
その中で谷尾さんは、自然のもので、
しかもすべて食べられるもので染められており、
そこに行き着くまでに相当な試行錯誤をされたのが伝わってきました。

谷尾さんには谷尾さんにしか出せない色の幅があり、谷尾さんの色は、
本当に晴れた日の朝の色のようでした。

・今回の授業を受けて、学生が考えたアイデアを少しだけご紹介

 

京都学3 学生のアイデア

・五山の送り火(藍)
大文字や舟型、法など五山に藍染の布で文字を描く。
送り火は燃料が必要なため30分くらいで終わってしまうが、
布なら昼間出していられる。
藍染がたくさん風に揺れている姿はとても綺麗なのではないかと思う。
Idea :奥津陽彦

京都学3 学生のアイデア

・藍染のカーテン
水色が好きなので藍染のカーテンがあったら良いなと思いました。
初めは濃い色だけど、使い続けると薄い水色になっていく。
Idea :松本唯

 

京都学3 学生のアイデア

・愛(藍)を深めあう便箋セット
メールかラインで思いをやりとりするときに
あえて手書きの文字でやりとりしたらちょっと愛を感じちゃうな。
12枚セットとかで2つに分かれてる(自分と文通相手用)
順番が決まっていて、その通りに文通すると
便箋の色が薄い藍色
濃い藍色へとだんだん変化!
やりとりを続けることで愛(藍)が深くなっていく、というわけです。
Idea :松本舞子

 

2019.02.01更新