京都文化
サブイボ通信
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京都文化サブイボ通信 樂焼

樂茶碗づくり〈赤樂編〉
学生による授業レポート

Kyoto Art class
Report3
“Raku yaki”
Text by Sakiyama Saki


京都文化 サブイボ通信3
樂茶碗づくり
基礎美術コース 1年
崎山 紗己

(1)_0(ゼロ)美術

これまで、いけ花、お能…と
室町時代を代表する文化の授業が続いていましたが、
夏季休業期間を挟み、
これからは陶芸の分野である“樂焼”の授業が始まります。
今回、講師をしてくださる先生は、清水志郎先生です。
清水先生は、人間国宝である、清水卯一さ んのお孫さんにあたり、現在三代目。
京都で生まれ、京都で育ち、
現在、清水の 五条坂で作陶をなさっている方です。
「撮るならこっそり撮ってな!」ということで、
なかなか先生単体のお写真がございませんが、
こっそりと…この先の記事に登場します。

 

古いものは新しいもの

さて、今回の授業は、樂焼というものに触れ、
自分だけの茶碗を制作し、最後に使うことが目標です。

陶芸の中には、信楽焼、伊万里焼など、
よく耳にしたり目にするものが多くあるとは思いますが、
樂焼という名前を聞いたことがある方は少ないのではないでしょうか。
樂焼は 16 世紀後半、安土桃山時代の頃、
樂家初代長次郎が、聚樂第に屋敷を持っていた千利休の指導のもとで、
聚樂第を建造する際にでた土、聚樂土を使ってつくったことから、
聚樂焼としてできたのが始まりとされる長い歴史を持っています。

しかし、当時はまだ樂焼としての名はなく
“今焼”と呼ばれ、今、焼いた。 今、作られた。 新しいもの。
とされていたそうです。
確かに、現代の私たちは伝統というものを、
古いものとして認識していますが、当時はそれが生活の一部でもあり、
その時代の最先端だったのでしょう。

京都文化サブイボ通信 樂焼

ちなみにこれは、樂美術館に行った際に一目惚れして買ってしまった
樂茶碗のポストカードです。かっこいい。

 

手に馴染むもの

樂茶碗は、千利休と長次郎によって伝えられ、
現代では様々な色合いのものが増えていますが、
当時は赤の赤樂黒の黒樂、この二つが主流だったそうです。

今回私たち基礎美術コースの1年生がつくるのは“赤樂茶碗”です。
2年生になると黒樂茶碗を制作します。
サブイボ通信と兄弟記事である、トリハダ通信にて、
2年生の鈴木ひなえさんが黒樂茶碗の制作について書いているので、
ぜひあわせてお読みください。
樂茶碗は全て、ロクロは使わず、手捏ねで成形して行きます。
よくみると、その人の手癖や、指の跡、爪の跡、
そんな質感が感じられて、とても暖かい茶碗です。

 

瓜生山の土を掘る

この樂焼の授業で最初に行ったのは“土掘り”です。

樂焼が最初、聚樂第の土から作ったと言いましたが、
まずは材料となる土を自分たちで採取しなければなりません! …
まさか聚樂第の跡地から採ってくる…わけではございません。
今回つくるのは赤樂茶碗なので、
京都造形芸術大学が建つ瓜生山から、赤い粘土質の土を探して集めます。

京都文化サブイボ通信 樂焼

いけ花の授業の時に山に竹を取りに行った日のことを思い出しますね!
赤く、粘り気のある土を探すのは大変でしたが、
土の赤色にも様々な濃淡があって、綺麗な土を見つけると嬉しかったり、
自分好みの色の土を見つけたり、面白かったです。
木の年輪のような土の塊が出てくることも!

京都文化サブイボ通信 樂焼

 

0(ゼロ)からつくる美術

実は、前回のお能の授業と今回の樂焼の授業の間に、
私たち基礎美術コースが所属している美術工芸学科では、
学科の中の別のコースの授業を5週間学ぶことができる、 素敵な期間をもらえます。私は、その期間に総合造形コースの陶芸の授業を選択した のですが、
その時は買ってきた土で成形をしました。

その授業の時は“つくる”という行為だけに満足し、楽しかったのですが。
今回はこうやって自分で山へ足を運び、
自分の目で色を見て、自分の手で触って、土を選ぶ。

何もない0(ゼロ)から、自ら材料を探しにいく。
0(ゼロ)美術。無限の可能性。

この基礎美術コースは、0美術なのだということを感じることができました。
昔の日本の人々は、何もないところから、
材料を見極め、繊細な技術で高価なものを生み出し続けていました。
その感覚をこの大量生産の時代に
味わうことができるのが基礎美術コースのすごいところ。
そして、これから形に変えていくワクワク感もあり、
新たな気持ちで良いスタートをきることができました。

つづく

 

2019.05.01更新