京都文化
トリハダ通信

京都文化トリハダ通信 4

「花をすることは生きることそのもの」
学生による いけ花授業レポート(2)
〈茶室空間プロデュース編〉

Kyoto Art class
Report 4
“Ikebana”
Text by by Suzuki Hinae

学生による いけ花授業レポート
基礎美術コース 3 年
鈴木 日奈惠

(2)_竹取物語

竹花入作りの前に、
お茶碗の時と同じように自分がどういう花入を作りたいのか、
リサーチをし、エスキースを描きます。

今はネットでなんでも調べられますが、
ネットでは情報が錯綜しすぎて、逆にどれが正しい情報なのか迷ってしまいます。

そんな中、本というのはその作者の人が
様々な本を調べに調べて出されたものなので、信用できます。

  • 椿昇先生のコメント

    ネットの情報にも深いものがありますが、
    一般的な検索にはひっかかりません。
    みなさんは電車の吊り広告を見たことがあると思います。
    特に雑誌の広告は見出しが並んでいますよね。
    もうすっかり読んだ気になって買わない人がほとんど(笑)。
    ネットはその構造によく似ています。
    みんなサッと表面だけ知りたいだけ・・。
    一番怖いのが僕たちも気がつけば「見出し人間」になっている。
    グローバル化した社会はひとりひとりではなく、
    無数の「見出し人間」を生産する装置ということに気がついて欲しいですね。
    もし興味があればオルテガの「大衆の反逆」を読んでみてください。

 

私もネットをよく活用しますが、
本で調べたり、読んだりすると、信頼度が全然違うなと感じます。

昔の人は、どんな花入を作っていたのか、
どんな花をしていたのか、
また、今回は茶室のプロデュースなので、
茶室の構成や仕組みなどの本も調べたりしていました。

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みんなのエスキースを見ていると、
「普通」ということに捉われずに柔らかく自由な発想のものがたくさん出ていました。

  • 椿昇先生のコメント

    「普通」はとても危険・・そして「自由」も危険なのですよ

 

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普段その専門分野にいない人が何かを考えたり物作りをすると、
枠にとらわれずに考えることができるので、とても面白くなります。
珠寳先生も、私たち生徒の考えに対して実現するためにはどうしたらいいのか、
一緒に考えて下さいました。

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考えたエスキースをもとに、竹花入を作ります。

  • 椿昇先生のコメント

    現代は師範も優しくなりましたね。
    でも優しいという事も危険なのですよ。
    背中を見て盗もうと必死になると大脳も身体も極限まで自発的なパワーを発揮します。
    ところが優しい手解きに慣れてしまうと自らの飢餓からくる貪欲な力は根こそぎ奪われてしまいます。
    こうしてみなさんは「見出し人間」になって消費者となってゆきます。
    時代の流れを見極めて、チコちゃんに言われる前に
    「ぼーっとしないで生きる」(^^)

 

「竹を取りに行きます」

〈竹取り〉

竹花入づくりは、まず竹を取りに行くところから始まります。
なんでも材料から取りに行くのが、基礎美術コース。

そのために私たちは、早朝に珠寳先生と滋賀県の蓬莱山に向かいました。

  • 椿昇先生のコメント

    なぜ「蓬莱」なのか考えてみたかな??

 

珠寳先生の生徒さんが管理されている竹林。
間引きする役目も兼ねて、竹をきらせていただきます。

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ここに生えている竹は、天然記念物に指定されている「金明孟宗竹」
緑色と黄色が交互に節を彩り、鮮やかで綺麗な竹です。
その美しい姿は、いつ見ても立派です。

  • 椿昇先生のコメント

    なぜ園芸家たちは「斑入り」を珍重するのでしょうか。
    ただきれいで通り過ぎてはいないかな??

 

竹は基本的にノコギリで切ります。
少し切って口をあけたら、逆側から口をあけた2~3cm上を切ります。
そして、重心のよっている方に倒すので、
その倒したい方向とは逆向きに引っ張り、倒します。

  • 椿昇先生のコメント

    頭と身体を連動させて学ぶのが「基礎美術」です。
    情報量がケタ違い。
    いま時代はビッグデータですが、
    この身体情報まで含めれるレベルにはまだ遠い。

 

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この作業は、プロの方と一緒に、細心の注意を払って行っています。

  • 椿昇先生のコメント

    プロはどこが違いましたか?レポート欲しいね。

 

今回は、「根も使いたい!」という子がいたので、根っこ付きも2~3本頂けることに。
根っこをハサミで切りか、たたき切るかして、ノコギリで切っていきます。

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根っこ付きのものは、ノコギリが砂を噛むと切れにくくなってしまうので、
他の竹を切ってから、最後に切ります。

  • 椿昇先生のコメント

    ノコ刃を傷めないという配慮が前提で、切れにくいという理由は結果です。

 

実際に根をそのまま大胆に使った竹花入も存在します。
根付きのものは、力強く、大地のエネルギーをより感じさせます。

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竹は持ち帰り、いよいよ花入作りが始まります。

 

手本に出会ったら、その竹の素材を活かす

〈竹花入作り〉

千利休が茶の湯を大成したのは、およそ400年前。
1590年(天正18年)に、千利休が豊臣秀吉の小田原攻めに従った際、
箱根湯本で伊豆韮山(いずにらやま)の竹を取り寄せて作ったのが始まりとされています。
(参照:http://verdure.tyanoyu.net/hanaire_take.html

利休が作ったとされている竹花入は、
一重切「園城寺(おんじょうじ)」、二重切「夜長(よなが)」、逆竹寸切「尺八」などがあります。

なんと、千利休は花入までも自作していたのです。
全部一人でできてしまうオールマイティな人物。それが千利休でした。

  • 椿昇先生のコメント

    なぜ自作したのでしょう・・・。
    器用だったからという理由ではないのですよ。
    侘び茶成立の過程をしらべなきゃ
    利休がなぜ切腹させられたのか理由がわからない。

 

さあ、採ってきた竹をひろげて、竹選びをします。

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「手本に出会ったら、その竹の素材を生かすこと。」

形が曲がっているもの、ごま(表面につぶつぶがある)つきのもの、細いもの、太いものなど、
竹も生きているものなので、1つとして全く同じものはありません。
それが生きているものの面白さでもあり、難しさでもあります。

  • 椿昇先生のコメント

    人間は本来全員違うはず。
    しかし工業化社会で怖いのは、人間も工業化する事を望んでしまうという事です。
    脳は極めて柔軟なので、感覚だけで外界の変化に対応するとどんな方向にも行ってしまいます。
    宮大工の棟梁、西岡常一さんの「木に学べ」を是非読んでください。

 

素材を生かしつつ、自分の頭の中をいかに表現できるのかがポイントになります。

採ってきた竹は、自分の好きな長さに切って、
柔らかいスポンジなどで汚れを落とします。

ただ、傷も景色(見どころ)の一部になります。
昔の人たちも、あえて傷がついているものを景色にし、
マイナスだと考えるところをプラスに変えて
素晴らしい作品を生み出しています。

  • 椿昇先生のコメント

    「景色」のもとはどこにあるのかな?現実の風景??それとも??

 

成長過程で、障害物に遭遇して傷ができたとしても、
それを「味」、個性に転換させるということです。
ピンチはチャンスに。
プラスとマイナス、
陰陽はいつも同時に存在します。

  • 椿昇先生のコメント

    これも中国の春秋戦国時代に生まれた「陰陽五行思想」に典拠があります。
    ゲームなどでお馴染みかもしれませんが、
    紀元前の中国人の宇宙観は興味深い。
    蓬莱の事もわかるので一度原典に当たってみるのも良いですね。

 

どこを景色とするのかも、花入の重要な要素になります。

また竹は、という区切りがあります。
なので、その節の上を切るだけでも、花入になります。

節と節の間に窓を開け、
そこから顔をのぞかせるように花を挿すのも良いかもしれません。

切るときはノコギリで切るのですが、
まず傷をつけてどこを切るのか目印をつけます。
そして、まっすぐ、下に降ろしていくように切ります。
このまっすぐというのが、なかなかに難しい。

  • 椿昇先生のコメント

    やはりやってみないとわからない事が多いでしょ?
    なぜまっすぐが難しいのかといえば
    「僕たちの身体がゆがんでいるから」なのですね。
    それを補正する仕草を身体に定着させねばなりません。
    ノコギリや竹のせいではありません(笑)

 

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意識してまっすぐ切ろうとしても、意識しすぎると逆に斜めになってしまったりするのです。
これも繰り返していかないと身につかないものだと実感しました。

窓を開ける場合は、
. 開けたい形の輪郭に、ドリルで穴をあけます。

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この時、大雑把すぎると穴があかないので、なるべく穴と穴の感覚は狭くしておきます。

  • 椿昇先生のコメント

    基礎美術!電動工具も使います(^^)

 

. 輪郭の内側にノコギリで切り込みをいくつか入れます。

. 窓にしたい部分を、木槌で叩きます。そうすると、割れてその形に窓が開くのです。

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. 小刀で形を整え、ヤスったら窓の出来上がり!

  • 椿昇先生のコメント

    簡単に書いたね〜筋肉痛は??

 

そのほかに、壁にかける「掛け花入」、天井から吊るす「釣船」などがあります。

また、竹の面白いところで、
竹は繊維が真っ直ぐ縦に入っているので
小刀を上から当ててハンマーなどで下に叩くと、
パカっと、真っ直ぐ割ることができます。

これが気持ちいいくらいまっすぐ割れます。

ちなみに、茶室には「おり釘」「ひる釘」という釘が
何箇所かに備え付けられています。

「おり釘」とは、頭部を直角に折り曲げた、柱などに打ち付けてものをつける釘。
「ひる釘」とは、天井から花入や鎌などをかけるための釘(フック)。

他にも、茶室にはまだまだ面白い仕掛けがたくさんあります。
茶室を作った人は、きっと遊び心のある楽しい人だったのでしょう。

  • 椿昇先生のコメント

    茶会とするときは「話が弾む仲良し」で開催するというのが常でした。
    その仲間になるために教養を磨く必要があったのですね。
    楽しいの影に学びあり〜

 

どんどん出来上がっていく竹花入たち。
その過程を見ているのが楽しく、ワクワクします。

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出上がっていくそれぞれの竹花入は、どうなるのでしょうか。

 

変わらない「美しい」という感情

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蓬莱山で偶然見つけた鬼灯。
表面の繊維のみが残り、中の実が見えています。
どうしてこのような現象が起こったのか
自然というものは、いつも私たちに新しい発見をさせてくれます。
この鬼灯も、今まで見たことがなかった繊維の部分がはっきりと見えて
その繊細で不思議な姿は、私の心に深く残っています。
思わず、誰かにこの嬉しさを共有したくなりました。
野にある花というのを、なぜ人は美しく感じるのでしょうか。
私は、その鬼灯が繊維だけになってまでも生きようとする姿に、心を打たれました。

  • 椿昇先生のコメント

    すばらしい体験ですね!
    この記憶がこれからの創造に力を与えてくれること間違いありません。
    古来から同じような出逢によって私達は創造に誘われてきたのですね。

 

植物の持つ生命力は、計り知れないものがあると思います。
「野にある花の美しさに驚き、それを誰かと共有したいと思うことは、大昔からもつ人の素朴な感情でしょう。」

  • 椿昇先生のコメント

    時代を超えて受け継がれた美の仕組みを現代に再生するのがこのコースの隠れたミッションです。

だから、花というのは今の時代まで発展してきたのだと思いました。

つづく

 

2019.06.01更新