京都文化
トリハダ通信

京都文化トリハダ通信 4

「花をすることは生きることそのもの」
学生による いけ花授業レポート(3)
〈茶室空間プロデュース編〉

Kyoto Art class
Report 4
“Ikebana”
Text by by Suzuki Hinae

学生による いけ花授業レポート
基礎美術コース 3 年
鈴木 日奈惠

(3)_花の魅力

カキツバタってなに?

珠寳先生の講義の時は、竹取りと、もう1つ杜若(とじゃく)園芸さんへ行きます。

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杜若園芸さんは、城陽市にある水生植物専門に、
昭和38年より花卉(かき)栽培を行なっています。
現在はカキツバタの生産を主に500種以上の水生植物を生産・卸・販売を
行なっておられる園芸です。

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京都は地下に琵琶湖に匹敵するほどの地下水が流れており、
杜若園芸さんのある南部地方は特に豊富な地下水を持っています。

  • 椿昇先生のコメント

    京都盆地の地下には大きな湖がある?と言われるくらいです。
    そして京都の水は世界有数の「軟水」なのです。
    この軟水が伏見の酒や数多くの水墨の名画を生む資源となりました。
    これは周囲の山々に降った雨が1000年の単位でゆっくり地下に溜まったものと言われています。
    一度地質学から京都盆地を考えてみてはどうかな?

 

杜若園芸さんはその地下水を利用し、人の手で生花を
丁寧に、丁寧に育てていらっしゃいます。

花卉(かき)栽培・・・観賞用に栽培する植物。

私たちは、社長でいらっしゃる岩見さんに園芸内をご案内していただきました。

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まず、杜若や蓮を育てている場所へ。
そこには、見渡す限りの蓮たちと、杜若たちがありました。

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カキツバタには種類があり、
中でも「四季咲き」といって夏と秋に2回花が咲くという珍しい種類もあります。
枯れても、また花を咲かすのです。

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日本では平安時代以前から栽培が行われているという古典植物です。
在原業平は『伊勢物語』、『古今和歌集』の中で
カキツバタの美しい姿を詠んだ詩を残しています。

からころも   (何度も着て身になじんだ)唐衣のように、
きつつなれにし
つましあれば   長年なれ親しんだ妻が(都に)いるので、
はるばる来ぬる   (その妻を残したまま)はるばる来てしまった
たびをしぞ思ふ   旅(のわびしさ)を、しみじみと思うことです。

(参照:http://manapedia.jp/text/4909

  • 椿昇先生のコメント

    日本の古典や芸能を身体を通じて学ぶ「基礎美術」ですが
    室町以前の「和歌」にまでは領域を広げていません。
    ただ1回生でかな文字の書を習うので、
    そのときに古今和歌集などに触れてもらえると思います。

 

お気づきでしょうか。
この詩を文頭を縦に読んでみると「かきつはた」となることを!
儚くて、美しい詩にうっとりします。

また、お能の演目だったり、ことわざだったりと、
カキツバタは昔から日本人の
身近にあるものでした。

  • 椿昇先生のコメント

    春日大社に萬葉植物園があります。日本の伝統植物に興味があれば是非。

 

咲いていない花の持つ魅力

1回生の時は5月に訪問し、たくさんの花が咲いていました。
今回私たちが訪問したのは10月ということもあり、あまりお花は咲いていませんでした。

ですが、珠寳先生は
「花が咲いていない時期のカキツバタの表情も、大変な魅力があります。
特に枯れかけの、葉が黄色になっているものなんかはとても素敵。」
とおっしゃいました。

花の見頃というのは、もしかしたらないのかもしれません。
その人が「美しい」と思えば、その時がその人にとっての見頃になるのかなと思います。

周りには蓮もあったのですが、咲いているものと、枯れたあとのものがありました。
その枯れた姿も、儚くて、どこからかエネルギーがあるような気がしました。
私は珠寳先生の授業を受けてから、枯れている姿も美しいと思うようになりました。

  • 椿昇先生のコメント

    お茶の世界は「四季」をとても大切にしています。
    どの季節にも美を見出すという日本人の文化は素晴らしい。
    ほうっておくと人間は善悪や美醜で周囲を見るという癖があります。
    自らを省みないで傲慢になった現代の大衆にオルテガは警鐘を鳴らし続けました。
    そのような西欧の知識人が日本を理想化したのですが・・
    いまは僕たちが先人の知恵を取り戻さないと危ないところまで来てしまいましたね。

 

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基礎美術の修行を受けていると、色々な先生と出会います。
出会った先生方は、私たちに新しい景色を見せてくれます。
その景色を見るたびに、パズルのピースが埋まっていくような感覚で、気持ち良くなります。

さらに、その日は雨だったので、
カキツバタや蓮についた水滴がキラキラしていて、より一層綺麗でした。

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園芸内を周り終わったら、その場でいただいたカキツバタを写生します。

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写生の仕方もそれぞれ自由。
ボールペン、鉛筆、描きやすいものでみんな描いていました。
(基礎美術の学生たちは、みんなマイペースです。)

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  • 椿昇先生のコメント

    陰影は西欧の認知方法だよね。
    日本文化にはなぜその認知が育たなかったのだろう??
    考えてみてはどうかな・・

 

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「正しく観察する」ということ

正しく観察することは、いけ花でも大事にされていることのひとつです。
正しく観察するとは、自分のフィルターを外して、ありのままを見ること。

仏教で涅槃になるための実践する8つの道である「八正道」にも、
正しく観察するという項目があります。

〈八正道〉
. 正見  正しく観察する(自分の目で見、自分の肌で感じる)
. 正思  正しい推論をする(自分の固定概念から離れて分類、実験をすると、発見がある)
. 正語  言葉を正しく使う(言葉は使い方によって真実を歪める)
. 正業  正しい行為(指導を素直に実行する)
. 正命  正しい生活をする(自然に逆らわない生活、季節に沿って生活する)
. 正精進 何事も誠心誠意でやること
. 正念  信念に従って生きる(言葉で考えなくてもイメージが降りてくる)
. 正定  集中する(インスピレーション、気づき、閃き、正しい判断が自動的に定まる)

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この8つの道は、生きていく中で起こる問題解決に役立つと、珠寳先生はおっしゃいます。
生きることは苦しいことです。それを受け止めて、生きていかなくてはいけません。

先生にこの8つを教えていただいた時、
あぁ、自分は何もできていなかったのだな、とかなり落ち込みました。
頑張っているつもりでも、頑張り方が違ったのだなと。

そして、基礎美術コースの授業は
自分自身の修行でもあるのだと、この時思ったのです。

  • 椿昇先生のコメント

    なにが「正」なのか答えが決まっていないという事を理解しましょう。
    ひとそれぞれに微妙に「正」は異なります。
    禅の世界ではこれが「正」だと決める事を愚かなことを考えます。
    これが「正」だと決めつけずに常に「正」とは何か真摯に求め続けてゆく他はありません。

 

なのでこれからは、
最近うまくいかないなと思った時は、
この8つの道を振り返り、答え合わせをしていこうと思います。

写生が終わりると、杜若園芸さんから蓮茶のサービスをいただき
蓮の甘く良い香りで、雨で冷えた身体も温まりました。

  • 椿昇先生のコメント

    このほっこりする気持ちが「茶の湯」の原点にもあるのですよ。
    決して堅苦しい作法だけではない事を主体的に体得して欲しいですね。

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杜若園芸の皆さんにお礼を言って、その日は解散となりました。

 

 

足を動かす

私たちは、
花入を作るにあたり、竹から採りに行ったり、
花をする前に実際に花を育てていらっしゃる方のところに行ったり、
自分自身の足を使って何かをすることが多いです。

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それはきっと、自分で見て、触れて、感じないと
何も分からないからだと思います。

きっと、「知っている」と思っていることはそんなに知らなくて、
わかったつもりになっているだけなのだと。

本当に「知っている」ことは、その場に行って
自分自身の身体を使って体感したことだと思うのです。

その方が感動も、より大きくなるでしょう。

だから私も、本当の知識を身につけるために
自分自身の足で行く行動力を、大切にしていこうと思います。

  • 椿昇先生のコメント

    歩くことで「時間」を過去に戻すことができます。
    なぜなら室町時代の人と同じ時間を共有するには、
    同じ速度で動く事が最適。
    現代人は少し大きくはなったけど古代からそんなに歩く事に関しての差異はありません。

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つづく

 

2019.06.01更新