京都文化
トリハダ通信
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京都文化トリハダ通信

「稽古とは 一より習ひ十を知り
十よりかへるもとのその一」
学生による 茶の湯レポート

Kyoto Art class
Report 5
“Tea ceremony”
Text by by Suzuki Hinae

学生による 茶の湯授業レポート
基礎美術コース 3 年
鈴木 日奈惠

(1)_稽古けいこケイコKEIKO

今回の授業は、基礎美術コースでも要となってくる「茶の湯」。

教えてくださる先生は、
裏千家業躰(ぎょうてい)の奈良宗久先生と、江上正子先生です。

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業躰とは、「業を身体で体得し、伝えていく」という意味。
お家元の元で修行し、
厳しい修行を積むことでお家元での茶道の継承することを許された
数少ない指導者のことです。
奈良先生は、金沢の名門窯元「大樋焼(おおひやき)」のお家に生まれ、
現在は裏千家の茶道を国内や、世界に伝えるお仕事をされています。

基礎美術コースでは、基本的に6週間で1つの稽古をするのですが、
茶の稽古は何ヶ月かに数日のペースで、4年間行なっていくので、
様々な季節の茶をすることができます。
「茶の湯」は、名前は聞いたことがあるけれど、
実際どのようなものなのでしょうか。

 

「茶」ってなに?

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」の始まりは中国と言われていて、
紀元前1世紀の前漢の時代には「」が飲まれていたそうです。
日本に伝わったのは、平安時代。
遣唐使や留学僧などによって日本に伝えられ、朝廷や貴族の間で飲まれたそうです。

鎌倉時代になると、当時中国の宋で流行っていた「点茶法」(抹茶を茶碗位入れて湯を注いで点てる)が栄西によって伝えられます。
抹茶ははじめ、「末代養生の仙薬」と呼ばれ、薬として考えられていたそうです。
栄西が二日酔いで苦しむ三代将軍源実朝(さねとも)に、抹茶一服と『喫茶養生記』を添えて差し上げ、大いに喜ばれました。

抹茶の薬効には、「睡魔退治」があります。
カフェインが多く含まれていたため、座禅修行の際よく用いられたそうです。
今はカフェインといえばコーヒーを想像しますが、コーヒーが日本にきたのは江戸時代、長崎の出島だったので
まだコーヒーという言葉すら知らなかった時代でした。

実は今、朝コーヒーではなく、朝抹茶が水面下で密かに人気になっているそうです。

栄西が伝えた茶は、京都梶尾の明恵(みょうえ)にも贈られ、
やがて梶尾茶は茶の中でも「本茶」と呼ばれるようになりました。

そして茶は、公家・武家・僧侶を中心に行われる「闘茶」(数種類の茶を飲み分けて、「本茶」とそうでないものを飲みあてるもの)が流行していきます。
今の言葉で言うと「利き茶」でしょうか。
闘う茶で闘茶。かっこいい響きです。

室町時代に入ると、唐物(中国製の工芸品や道具)中心の茶の湯が行われるようになり、三代将軍足利義満の時代から、書院造という建築様式が生まれました。
これらの道具の管理や飾り付けを行なっていたのは、同朋衆(どうぼうしゅう)と呼ばれるその道のスペシャリスト達。

(同朋衆に関しては、「トリハダ通信4」をご覧ください)

応仁の乱後には、私たちが今行なっている「侘茶」が発展していきます。

侘茶の大成者である千利休は、これまでの豪華なものとは反対に、
用いる道具も唐物中心から離れ、楽茶碗や竹花入を使用し、
茶室も小さく簡素なものに。
そこに禅僧の書をかけるなど、独自の侘茶を始めたそうです。
そして利休の孫である宗旦(そうたん)の3人の息子により、
裏千家・表千家・武者小路千家の三千家が成立しました。

裏千家の今日庵、表千家の不審庵、武者小路千家の官休庵は、
宗派も違うしバラバラの場所にあると思われがちですが、
実は3つとも京都市の上京区にあります。
しかも、今日庵と不審庵は隣同士にあります。

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意外にもバチバチしていないのに驚きました。
宗派が違うからといって、仲が悪かったりということはないんですね。

・・・と、お茶の歴史は深く、話すときりがありません。
このように千利休が大成した茶の湯という文化は今も続いています。
どうして現在まで茶の湯という文化が日本に根付いているのか。
それを追求していくために、私たちはお茶の稽古を行なっています。

 

白足袋の役割

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お茶の稽古は、京都造形芸術大学が建っている瓜生山の、頂上の方にある
千秋堂」という、1階がお茶室、2階が板の間という場所で行います。
2階の板の間は、お能の稽古やいけ花の時に使用しています。

お茶室に入り、
靴を揃え、
白足袋に履き替える。

千秋堂に入り白足袋に履き替えると
不思議なことに、自然と心のスイッチが切り替わり、これから始まる稽古に向けて気持ちを向けることができます。

 

稽古の稽古

〈割稽古〉

授業の開始は、扇子を膝前に持ってきて、先生に一礼するところから始まります。
茶道では、全ての季節を通じて扇子を持ちます。
挨拶の時や、道具を拝見するときなど。
そして先生からお話があり、稽古に入ります。

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亭主としてお点前の稽古をする前に、私たちは“割稽古”をします。
割稽古とは、お点前に必要な一連の所作を細かく分けて、基本的になる動作を一部分ずつ稽古すること。
この点前も、もちろん宗派によってやり方が異なります。
私たちの先生は裏千家なので、裏千家のお点前を稽古します。

まずは、割稽古の時に使う道具を用意します。
お盆の前の方にお茶碗を置き、上の方に棗(なつめ)を置きます。
お茶碗の中には、濡らした茶巾と、その上に茶筅をそっと置き、
お茶碗の上の右側に茶杓を置きます。

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お盆はヘリの外に置き、座る位置は
ヘリから16目下がったところに座ります。

茶巾とは、お茶碗を清める時に使う白い麻の布。
畳んだ時、折り目を膨らせたまま、その膨らんだ方を手前に茶碗に入れます。
膨らんだところを、この世界では「ふくだめ」といい、
福を溜める」という意味から、そう呼ばれるようになったと言われています。

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なので、茶筅を置くときは「ふくだめ」を潰さないように注意します。
福が潰れたら嫌ですからね。

準備ができたら、割稽古の開始です。

1.帛紗(ふくさ)を付ける
帛紗とは、道具を清めたり、釜の蓋などの熱いものを取り扱う時に使う布、亭主のしるしです。
女性は朱色、男性は紫色と、色も性別によって決まっています。

わさ」と呼ばれる、縫い目がない方を右側に、
向こう側に半分。
横にして、さらに向こう側に半分。
さらに横にしてもう一回半分にして持ち、八つ折りにし、右手に持ち替えて内に懐中します。

懐中した帛紗を出して、三角になるように折って、男性は帯の下から挟み、
女性は帯の上から掛けます。
私たちは洋服なので、ズボンに挟んだり、スカートに挟んだりしています。

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2.帛紗をさばく
懐中した帛紗を引き抜き、道具を清めるために帛紗をさばきます。
これも、先生を見ていると簡単そうにできるのですが、実際にやってみるとなかなかできません。
帛紗さばき1つにしても、これだけ細かい決まりがあります。
頭が追いつかなくなりそうです。

  • 椿昇先生のコメント

    なぜ「決まり」は時代とともに「細かく」なってゆくのでしょう?「細かく」することで生み出される「様式美」の謎を、立花や能や禅も含めて考えてみましょう。

 

3.棗を清める
棗とは、抹茶を入れる容器です。
左手で棗を持ち、右手に帛紗を持ち、拭きます。

4.茶杓(抹茶をすくう道具)を清める
茶杓は、棗に入れた抹茶をすくう茶道具で、耳かきのような形をしています。
もう一度帛紗をさばき直し、茶杓を清めます。
ちなみに私たち基礎美術コースの入試試験は、茶杓を作る試験でした。

  • 椿昇先生のコメント

    茶杓は茶人の刀と言われています。
    小さな竹を2日かけて茶杓にするのですが、
    その制作過程には「ひととなり」が素直に顕れるので、
    気が抜けませんね。

 

5.茶筅(ちゃせん)通し
茶筅は、抹茶を点てるための茶道具です。主に竹で作られています。
通常お点前の時にはお茶碗にお湯を入れますが、割稽古の際はお湯を入れる動作を練習します。
向こう側に鉄瓶があるつもりで、お湯を入れて、茶筅をお湯に通します。
清めたら、お湯を建水(けんすい)という茶碗をすすいだ湯水を捨て入れるための器にお湯をこぼ(す動作を)します。

  • 椿昇先生のコメント

    美しく無駄の無い所作が、心構えを生み出すという知恵を私達は忘れてしまいました。
    茶の湯は所作から心を整える日本文化の生んだ大切なメソッドです。

 

6.お茶碗を清める
お茶碗は、茶巾で拭きます。
茶碗の縁に茶巾を掛け、時計回りに3周半します。

そして「い」と「り」の字を描くようにお茶碗の内側をふきます。

  • 椿昇先生のコメント

    ひらかなを熟成した平安の王朝文化にも想いをはせてみましょう。

 

これで、道具全てを清めることができました。
道具を清めるだけでもこれだけの作業量があります。
これだけでも大変なのですが、お茶の世界はどこまでも深く、
覚えなければいけないことがまだまだあります。

  • 椿昇先生のコメント

    茶杓もシンプルな形のなかに、七十を超える部分の名称があります。シンプルさのなかに無数の細部を発見する事が、伝統を生み出しています。

 

しまう時は、逆再生するようにしまっていきます。
割稽古をした後は、いよいよ“盆略点前”をしていきます。

稽古を繰り返す意味

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稽古は、言葉ではあまり上手く伝えることができません。
生身で向き合うからこそ伝わるものがあります。

  • 椿昇先生のコメント

    そこが基礎美術の真髄。
    稽古でしか伝わらないものがある事を忘れないで。

 

これらを繰り返していく中で、私たちはひたすら先生の言う通りに、見よう見まねで身体を動かしていきます。
それで何の意味があるのか?
と疑問に思う方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、稽古というものはやはり、繰り返しの積み重ねで
最初は何もわからなくても、やっていくうちに自分で見つけられる力がついていきます。
先生は、私たちが気づくまでじっと待っていてくださっているのかもしれません。

  • 椿昇先生のコメント

    スポーツで繰り返し鍛錬する事を誰も疑問に思わないのに、
    なぜアートやデザインは簡単にわかると思ってしまうのかな?
    何事も身体がからむものは繰り返す事でしか身体化することはありません。
    美術館のキャプションを見てわかった気になるのはとても危険です。

 

千利休の言葉に、こんな言葉があります。
稽古とは 一より習ひ十を知り 十よりかへるもとのその一
稽古は、まずはじめの基本的な一から学び始め、二、三と進み十まで行って、
また改めて一に戻って二、三,四、五と進みます。
始めて一を習う時と十から元の一に戻って再び一を習う時、
とその習う人の心は全く変わっているものであります。
「十までやったし、このくらいで良いでしょ」と思っている人の進歩は、そこで止まってしまい、その真意を理解することはできない、という教えです。

  • 椿昇先生のコメント

    忙しさを理由に、私達はその教えを「不可能じゃん」と思ってしまいます。気がつけば空っぽの人生。怖いですね

 

例えば、お茶を初めて習った時は、
手の位置はもう少し上とか、道具を清めるときの決まりとか、
そういう細かいことをしていくうちに十まで行ってしまいますが、
改めて一に戻った時、また何度も繰り返していくうちに、だんだん本質が見えてきます。

  • 椿昇先生のコメント

    「本質」も百人ひとがいれば百通りあることを忘れないようにしましょう。
    その微細なズレが僅かな変化を生み出し、それが伝統を更新してゆきます。
    室町に生まれたこれらの日本文化が、いまも世界から称賛される秘密が、そこにあります。

 

こうして稽古から、少しずつ茶の湯の精神を学びます。
それが気づかないうちに身体に蓄積されて、私たちを形作っていきます。

私は、基礎美術コースに入るまで
茶の湯のことは何も知りませんでしたし、興味もありませんでした。
やってみたいけど、近寄りがたい。
足はしびれるし、細かいルールは多いし、やって何になるのだろうとも思っていました。

稽古をしていても、今だによくわかりません。
先生に言われたことをただひたすら行う。その繰り返しです。
頭で考える前に、まず身体で覚えることが大事だと先生はおっしゃいます。
だから、お茶の稽古をする時は余計なことは考えず、
先生の動作、しぐさ、お話に神経を集中させて行なっています。

そうすると、「自分は何も知らなかったんだ」ということを知ることができるのです。
毎回受けていくごとに、世界が広がります。
まずは身体で覚えて、それから知識がついていく。
私も頭でっかちにならず、頭と身体の両方が伴うようになるのはいつになるのでしょうか。

  • 椿昇先生のコメント

    「わからない」事を悪と思い込まされていませんか?
    僕たちも文部科学省に「わかりやすく」とか「達成」とか数字で出すように強いられています。
    まるでブロイラーの鳥を育てるような教育システムですね。
    「いまはわからなくても続けなさい」と自信を持って君たちに伝える師範を信用する知恵と勇気を持ちましょう。

 

もとのその一」に戻ること。
何をするにも大事にしていかなければいけないことだと思いました。

つづく

 

2019.07.01更新