京都文化
トリハダ通信
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京都文化トリハダ通信

「稽古とは 一より習ひ十を知り
十よりかへるもとのその一」
学生による 茶の湯レポート

Kyoto Art class
Report 5
“Tea ceremony”
Text by by Suzuki Hinae

学生による 茶の湯授業レポート
基礎美術コース 3 年
鈴木 日奈惠

(3)_「道」は一生続く

盆略手前の稽古が終わったら、
「盆略手前の稽古を終わります。ありがとうございました。」
と最初と同じように、扇子を膝の前に持ってきて、“”のお辞儀をして、稽古は終わりです。

小学校、中学校、高校の時は、授業の前に挨拶が入りましたが、
大学に入ると、授業で挨拶はあまりしないと思います。
その中で、始めと終わりの挨拶というのは、気持ちの切り替えのためにも大事なのだと気づかされました。

  • 椿昇先生のコメント

    やらされる挨拶ではなく、相手に敬意を持つと自然に生まれる所作としての挨拶。その差に気づいて欲しいのですが・・・

 

最後は、みんなでお茶とお菓子をいただきます。
水屋でお茶を点てる人と、お菓子を用意して運ぶ人、そしてお客さんと別れて、順番にいただきます。

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四季があるということ

お菓子はいつも江上先生がご用意してくださっています。
お茶の席では、通常は濃茶の時に主菓子(おもがし)、薄茶の時に干菓子ですが、薄茶だけの場合はどちらでも良いようです。
私たちはいつも主菓子をいただいています。

  • 椿昇先生のコメント

    いまは茶の湯は女性が主になっていますから、お菓子も主菓子になってきたのかな(^^)

 

茶の席で食べるお菓子。
例えば、4月の終わり頃に出てきたこのお菓子。なんという名前がついているのでしょう。

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正解は、「花筏(はないかだ)」。
花筏とは、水面に散った花びらが連なって流れているのを筏に見立てたものです。
4月も終わり頃、桜の花びらは散り、それが川に落ちる姿を表しています。
花筏は、春の異名として、よく用いられるそうです。
ピンクと水色のグラデーションが美しく、春を感じさせる可愛いお菓子です。

お菓子は、見た目も美しく、美味しくなければいけません。
そして何より、季節感を大切にしなければなりません。
お菓子をいただくことで、今日の季節をもう一度確認することにもなります。
亭主は、その時の季節などを考えて、その茶会に合うお菓子を用意します。

毎回お菓子をいただく時、優しく幸せな気持ちが全身に広がって、私はお菓子をいただく時間が一番好きです。
どうしてこんなにも幸せな気持ちになるのでしょうか。

 

耳をすませて、音をきく

次に掛け軸。この日の掛軸は、「松風颯颯聲」。
なんと読むかお分かりになりますか?私は初めて見た時、なんと書いてあるかわかりませんでした。

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正解は、「しょうふうさつさつのこえ」。
「松に吹く風の音に、心静かに耳を澄ますと、身も心も松風に包まれ、
時を忘れて、清々しく穏やかな境地にいたる。」
※颯颯(さつさつ):風のさっと吹くさま。
お茶を点てるとき、その温度の加減を湯相(ゆあい)といいます。

  • 椿昇先生のコメント

    裏千家第十四代御家元淡々斎様のお軸ですね。

 

茶筅でお茶を点てると、さっさっ(颯颯)というような松風に似た音がするので、お茶席の掛け軸に松風が使われているそうです。
皆さんも機会があったら、松が重なり合い奏でる音を聴いてみてはいかがでしょうか。

また、掛軸と同じく、床の間に置かれる花もあります。

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この日の花は藪椿と土佐水木。
小さな藪椿がとても可愛らしいです。

  • 椿昇先生のコメント

    縄文の昔から照葉樹林文化圏を代表する花です。
    立花のときに日本人と里山の関わりについても学びましょう。

 

“花は野にあるように”

利休が残した教えに「利休七則」があります。

「茶は服の良きように、炭は湯の沸くように、夏は涼しく冬は暖かに、
花は野にあるように、刻限は早めに、降ずとも雨の用意、相客に心せよ。」

「花は野にあるように」とは、「そのままをいける」という意味のように思われがちですが、(実際に私もそのように思っていました。)これは、
「一輪の花に、野に咲く花の美しさと自然から与えられた命の尊さを感じるようにいけよ」
というのが真の意味になります。
例えば、そこにたくさん花が咲いていたとしても、たくさん花をいけるのではなく、一輪でその花の美しさを表すことが大事になってきます。

いけ花の授業の時も感じたことですが、
「足すのは簡単だけど、引くのは難しい」ということ。
本物というものは、ごちゃごちゃせずに、そこに存在しているだけで引き寄せられてしまうものだと私は思います。

  • 椿昇先生のコメント

    いま日本人が先が見えなくなっているように思います。
    ポール・ヴァレリーという詩人は、人生を湖に浮かぶ手漕ぎボートに例えました。
    まっすぐ先に進みたければ、後ろ(歴史や伝統)を見ながら漕ぐべしと。先人に習えば未来ははっきりした姿を顕します。

 

先生のお話-天目茶碗-

またお茶の稽古の時、奈良先生はいつも違うお話をしてくださいます。
この日は「天目茶碗」のお話。

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中国南宋時代(12-13世紀)に、福建省の建窯(けんよう)で焼かれた天目茶碗を建盞(けんさん)と呼びます。
曜変天目とは、大量に焼かれた建盞のうち、窯内で偶然に美しい結晶が生じたものを指します。

碗の内部には釉薬の気泡の破裂跡からなる斑紋(星文)があり、
その周囲を群青や紫など光の角度によって色合いを変える光彩(虹彩)が取り巻く黒釉茶碗です。
唐物全盛の室町時代には、茶碗の中でも最高峰とされていたそうです。

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中国で生まれたお茶碗ですが、それが日本に伝わり、
不思議なことに、中国に天目茶碗はなく、今は日本にしか残っていません。
しかもそれは、“日本の宝”として、大変貴重なものとなっているのです。

日本は他国から取り入れた文化を、日本独自の文化に発展させてきました。
茶道もその1つです。

日本にのみ伝世する曜変天目のうち、
大徳寺龍光院、静嘉堂文庫美術館、藤田美術館に所蔵される計三碗が国宝に指定されています。
2019年春に、MIHO MUSEUM(滋賀県)、静嘉堂文庫美術館(東京都)、奈良国立博物館(奈良県)
この国宝三碗が、ほぼ同時期に展示されていました。

  • 椿昇先生のコメント

    曜変天目ブームですね。
    みなさんはそのブームを当事者として内側から見る機会を得ました。これはとても贅沢な事です。

 

奈良先生は、実際に天目茶碗の写しと、天目茶碗にまつわる本を持ってきてくださり、私たちに見せてくださいました。

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みんな興味津々で、手に持ったり、本を読んだりしていました。

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京都の建仁寺では、毎年4月20日の栄西の誕生会に
四頭式茶礼(よつがしらしきされい)」という茶会が開催されています。
「四頭」とは4人の正客という意味で、禅宗寺院の古い茶礼を今に伝える貴重な点前が行われます。

まず、客が抹茶の粉の入った天目茶碗を茶托ごと持ち上げ、
茶せんと浄瓶(じんびん:湯が入った金属製のポットのようなもの)を持った僧侶が、茶碗に湯を注ぎそのままの姿勢で茶を点てます。
客は茶碗を置くことなく飲み干します。菓子も器のまま持ち上げて頂きます。
これは、器はすべて手で持ち上げて食べる。という禅の作法にのっとったものだそうです。

私が小さい頃、親には「行儀が悪いから、器を持って食べなさい。」と教えられたことを思い出しました。
これは禅の作法にのっとったものだったのか!と、今になって思います。

 

一期一会

季節の花、季節の菓子、季節の茶道具、季節の茶碗、季節のしつらえ。
すべての季節に寄り添うのが、茶道です。
そして、目・耳・舌・鼻・皮膚の全身で、五感をフルに使って行うのも、茶道です。
普段生活している時も、もちろん五感は使いますが、
テレビが普及し、携帯電話が普及し、インターネットが普及し、
今の私たちには、五感を研ぎ澄ませる心の余裕を作ることも難しくなっています。
そんな時こそ、私は茶道をしたいなと思うのです。

慌ただしく、ただ過ぎていく毎日で、
お茶をすることで季節の移ろいや、美しさを感じることができたり、
美味しいお菓子と美味しいお抹茶をいただくことができたり、
今自分が悩んでいることを忘れ、自分自身を見つめ直すきっかけにもなります。

  • 椿昇先生のコメント

    ほんとうにそうですね!

 

この時、この一瞬はまさに一期一会。
一期一会とは「あなたと過ごしているこの時間は、一生に一度きりの大切なもの。
二度と巡ってこないからこそ、今のときを大切にして過ごさなくてはならない」という意味です。
実はこの四字熟語は、茶道からきていることはあまり知られていません。

「茶会に臨む際には、その機会は二度と繰り返されることのない、
一生に一度の出会いであるということを心得て、亭主・客ともに互いに誠意を尽くす心構えをする。」

さらに、
「これからも何度でも会うことはあるだろうが、もしかしたら
二度とは会えないかもしれないという覚悟で人には接しなさい」
と戒める言葉でもあります。

今この一瞬は、二度とは巡ってきません。
毎日会っている人でも、いつか会えなくなる日がくるかもしれません。
だから、今できる最高のおもてなしをします。

利休居士第十五代家元の鵬雲斎(ほううんさい)千玄室先生は、
一番大切なのは思いやり=和らぎだとおっしゃいます。
「茶を飲む時、茶碗を回すのは、正面をずらすためで、それは、一歩引いた姿勢の表れでもある。」
自分が下がることで、衝突することはありませんよね。
これは、お茶の時だけでなくても、どんな時でもできることです。

一歩下がって物事を見ることができれば、
心にも余裕が出てくるのでしょう。

千玄室先生は御歳96歳になられるそうですが、しっかりと地に足をついて歩き、声もはっきりとしていて、なんというか、
動きにスキがなく、そのお姿はまるで武士のようでした。

  • 椿昇先生のコメント

    茶の湯は日本文化の総合芸術なのです。
    そのような視点で学ぶ機会が教育の場から失われて久しい。
    日本の政治が堕落したのも茶の湯や能を捨ててゴルフ一辺倒になってしまった事が遠因かもしれませんね。
    教養を失った政治は虚ろです。

 

先生は「これも茶道をやっているからです」とおっしゃっていました。
茶の湯は日常生活にも現れるものなのだと、改めて思いました。

 

番外編-裏千家今日庵へ-

私たちは、1回生の時(2017年11月頃)に
一般公開されていないため普段は拝観できない裏千家の「今日庵」を
私たちのためだけに特別拝観させていただきました。

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今日庵へはみんなスーツを着て行きました。
まさか入学式以外で、1回生でスーツを着ることになるとは思いもしませんでした。

今日庵は重要文化財・名勝史跡として国に指定されています。
そして今日庵は裏千家の代名詞とも言えるお茶室で、
利休の孫の千宗旦が家を江岑宗左(こうしんそうさ)に譲り受けた際に隠居所として建てた茶室です。

今日庵は何個かの部屋に分かれています。
まず兜(かぶと)門から大玄関まで続く道を歩きます。
兜門から大玄関は、道が斜めになっているため見えません。
それは、今からどんな出会いがあるのだろうと、私たちの心をワクワクさせてくれます。

大玄関から入り、
まずご案内していただいたのは、「無色軒」。ここは稽古をする場所で
松無古今色」にちなんでつけられた名前だそうです。
広さは五畳敷に一畳の踏込床(床の間の形式のひとつで、床の床面を客座の畳と同じ高さにして板または畳を敷き込んだ床の間)がついています。

腰掛待合、露地と進み、「溜精軒」へ。
この部屋は、12月31日の“除夜釜”のみお茶室になるそうです。
広さは6畳で、使い古した柄杓の柄(え)でできている窓があり、
それにすごく感動したのを覚えています。
使い古したものもそのまま捨ててしまうのではなく、そこに新たな「美」を求めるのも
日本人の独特の感性なのだと感じました。

続いて「又隠(ゆういん)」です。
350年前に建てられ、千宗旦が二度目の隠居の時に作った茶室です。
広さは四畳半で狭く、ですがこれはお茶室の原点の広さとなっています。
“つきあげ窓”と呼ばれる窓が天井についていて、これは正式なお茶事をする時に使います。
お茶時は約4時間行われ、懐石料理と炭手前→主菓子→濃茶→干菓子→薄茶という順番で進みます。
初めはつきあげ窓は閉められていて、濃茶の時に窓を開けると、陽の光が入ってくるという仕組みになっているそうです。

この天井は斜めになっていて、お茶室は天井の角度や高さによって
目の錯覚を使い広くみせるためにこのような作りになっているといいます。

また、“にじり口”という小さい入口があって、客はこの入口をかがんで通ります。
「どんな人でも頭を下げる」ことから、茶の世界では「皆平等」という意味が込められています。
昔の人はなんでこんなこと思いつくんだろうということをたくさんやっておられます。
それを見るたびに、昔の人と自分が繋がったような不思議な感覚になります。

そして普段は非公開となっている「今日庵」へ。
広さは一畳台目という最も狭い茶室で、茶室の構成を極限にまで削り取った究極の茶室です。
二人もしくは3人入るともう満席です。すごく狭いです。
私たちは実際に座らせていただき、ここでお茶をしたらどんな気分になるだろうと想像すると、
フッと意識を持っていかれそうになりました。

最後は狩野探幽が描いた『飲中八仙人図』をふすまにしてある「寒雲亭」を拝見させていただき、拝観は終了。

私たちは奈良先生より直々にご案内、呈茶までしていただきました。
こんなことが生きているうちにあるなんて、誰が思うでしょうか。
2年前は、これがどれだけ貴重なことなのかいまいちピンときておらずへらへらしていましたが、
今になって、あれはとんでもなく貴重なことだったのだと今更ながらに思います。

今日庵は、細かいところまできっちりと考えられてあり、スキがありませんでした。
長く続いているものは、どれも極限まで考えられ、スキがないものなのです。
現代まで続く伝統工芸や伝統芸能、伝統文化は、私たちが思っているほどに奥深く底が深いものでした。

今日庵には、千秋堂の「颯々庵」と同じく“つぼつぼ ”の紋がありました。
つぼつぼ紋は、三千家家元の替紋でもあります。
この“つぼつぼ”を家紋にしようと思った宗旦に、少し親近感が湧きました。

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千秋堂の襖と取手はつぼつぼになっていました。

 

「茶の湯の世界はオペラである」

  • 椿昇先生のコメント

    たとえが悪いかな(笑)
    オペラよりもっともっと深く思索的な世界ですね。

 

茶杓、棗、仕覆(しふく)、茶碗、茶筅、水指、建水、蓋置き、柄杓、釜、掛軸、花入、香合
など、全てが日本の職人さんが作られた美術工芸品で成り立っています。

今は美術館や博物館に入っていて、実際に手に触れることが難しくなっていますが、
昔の日本人は、日常的に美しいもの、本物に触れていました。
茶の湯には、日本人の主体性があらわれているといいます。

「お茶の点前にはルールがあり堅苦しいと思われがちですが、ルールというのは『道』です。」

道は一生続いていきます。
私たちはこれからも、この「道」を走り続けなければいけません。
身体で覚えたものは身体に残ります。
残るものを大事にし、これからも道を進んでいきます。

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  • 椿昇先生のコメント

    ルール(規範)に沿って身体を調整してゆくと、
    規範の意味が見えるようになります。
    受け身ではなく積極的に規範に従っていると、
    いつしか新しい規範を生み出せるようになります。
    遺伝子の配列も含め世界は規範の上にあります。
    コンピュータのOSも規範。
    インターネットショッピングサイトも規範。
    いつか規範を創造する立場になって欲しいものです。

 

〈参考文献〉
・森下典子(2008)『日日是好日-「お茶」が教えてくれた15のしあわせ-』新潮社
・谷崎潤一郎(1975)『陰翳礼讃』中公文庫
・『裏千家今日庵』(2018) 一般財団法人 今日庵〉
・NHKテキストビュー(2014)「茶道の初心者がまず習う「割稽古」の重要性」〈http://textview.jp/post/hobby/12178
・茶道入門〈 http://verdure.tyanoyu.net/index.html

おわ

 

2019.07.01更新