「Halleとの共同研究」

Halleとの共同研究第2弾

Halleとの共同研究第2弾(3)

2019年5月10日、ドイツのHalleという地域にあるBurg Giebichenstein University of Art and Design Halle(ハレ・ブルグ・ギービヒェンシュタイン芸術大学)の学生が京都にやってきて「糸」についてのワークショップを行いました。
今回は、私たち京都造形芸術大学の空間演出デザイン学科2・3回生の数名が2019年10月22日ドイツへ。
ハレ芸術大学のあるHalle(saale)にて、ワークショップの続きを開催するためです。ドイツの学生達が暮らしているそのHalleという街は、どんな街なのでしょうか。京都造形芸術大学と、ハレ芸術大学の「糸(リレーション)」を紡いでいくプロジェクト第2弾です。

 

(3)_  グループ分け・テーマ発表

翌々日からいよいよ制作が始まりました。
今回のチーム分けの方法はロリポップという飴です。
ロリポップの持ち手の芯の中に入っている紙の色でチームを決めました。

Halleとの共同研究第2弾

Halleとの共同研究第2弾

そして今回のテーマが発表されました。
「What’s the meaning of salt for you?」 塩です。

塩とは何かを考えるワークショップ。
なぜなら、ハレの街の地下にはたくさんの塩が眠っているからです。
たくさんの塩の層があり、塩で豊かに育ってきた国なのです。
「ハレ」という名前には「塩」「製塩所」という意味もあるほど。

現在ではsalt museum(塩の博物館)となっていますが、
街には大きな製塩所があり、市民の多くがそこへ勤めていました。
そこが一種のコミュニティとして捉えられていたほどだったと一人の学生が教えてくれました。
前回は京都にて、京都を知り、京都でしかできないワークショップをしましたが、今回はハレでしかできないワークショップです。
ハレで出会う人の話を聞くたびにワクワクしました。

Halleとの共同研究第2弾

Halleとの共同研究第2弾

(塩の博物館で見たハレの地下に眠る塩)

私の今回のペアはLeona(リオナ)です。
他のチームは大体3名ずつでしたが、私たちは2人組でした。
さっそく、私たちはハレを流れる大きな川のそばを散歩しながらお互いの話をしました。するとLeonaと私には共通しているものがありました。
塩の味がとても好きなことです。
料理を作ってくれた方には申し訳ない時もありますが、食事をする時いつも塩気が足りないと大量に塩をかけてしまいます。少し塩辛いくらいが好きなのです。
ピラフやパスタなどにも大体物足りなくてかけてしまいます。

1時間ほど川沿いの公園で話をして、私たちは街へ出かけました。
ハレは小さな街なのでみんな買い物をするときはここ、という広場があります。
土日はマーケットも開かれ、いつもたくさんの人で賑わう広場です。その周辺を散策しながら、文房具屋へ行ったり、いくつかお店を回りました。
Leonaの家で食事をしようという話になり、スーパーでトマトパスタの材料と塩を買って彼女のマンションへ行きました。
Leonaは料理好きです。また彼女はベジタリアンなので、野菜がたっぷりのトマトパスタを作ってくれました。
シナモンを入れると美味しいと教えてくれて、私はクミンを入れると美味しいよと教えました。シナモンとクミンの入ったトマトパスタを食べて、私たちはさっそくハレの塩についてのリサーチを始めました。

Halleとの共同研究第2弾

Halleとの共同研究第2弾

まず塩について調べると、塩は大きく3種類に分けられることがわかりました。
天日塩、岩塩、煎熬塩(せんごうしお。釜で炊いた塩。)です。
日本では岩塩は採れず、海水を塩田で蒸発させて作る天日塩が一般的です。
岩塩は海だった場所が隆起して大陸同士が巻き込みあい、その時にわずかに海水も巻き込んでしまいます。 するとそれが結晶化し岩塩となるのです。
地中でできる塩のため、ミネラルが豊富で、それによって様々な色の岩塩があります。
また欧州、アメリカ、中東、アフリカでよく採れ、かつては金よりも価値があるものでした。
通貨としても塩は使われていたそうです。 ですが現在では、年間の収穫量の約半分の岩塩を融雪剤として道路などに撒いているというのです。

あとすごく面白かったのは、ドイツでは引越しの時に塩とパンを贈るということをLeonaが教えてくれました。
引越したばかりで、家に食べ物がないことを心配して贈るのか、それとも高価だった塩を贈り物にするという点に意味があるのかなどと考えました。

この文化は現在でも残っているそうですが、すごく不思議だと思いました。
だって現代において、こんなにお店がある中で引っ越した初日であっても食べ物が手に入らないなんてことは起こらないだろうし、塩も高価なものではなくなりました。 むしろすごく安く買える調味料です。

考えた私は日本の砂糖の歴史を思い出しました。
以前京都菓子屋の老舗 末富さんが授業で来られた時に、「砂糖をお出しする文化」について教えてくださったことがありました。
昔は砂糖が大変高価なもの。お茶会といえば抹茶と甘いお菓子というイメージですが、あの千利休は砂糖を知らなかったと言います。
砂糖がお茶会の場に登場するのは、千利休の弟子の代になってからです。
それもとても微々たるもので、小さな米を丸めたものに少しだけ砂糖をつけて食べたそうです。
「貴重な砂糖を客人にお出しする」ことがおもてなしとされました。
現代でも客人にお菓子など甘いものを振る舞う文化はこれの名残だと話されていました。 ですが現在では、砂糖は高くはありません。
それでもこの「砂糖をお出しする」という文化は残っています。
これはすごく面白いことだと感じます。
しかし同時に、心配にもなりました。 なぜなら、もうこの2つの文化には真の意味や理由は残っていないからです。
そういうものは、他のものに取って代わっていくかもしれない。 塩じゃなくても、砂糖じゃなくてもいいかもしれない。
でもこんな歴史があったことを覚えておくために、これらの文化を残したいと思いました。

つづく

 

2020.02.01更新