職人
interview
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手描友禅の職人
上仲 正茂さんにお話を伺いました。

昔から「着物に関わる仕事をしたい」と感じていた染工房正茂の上仲さん。 高校で日本画を学び、手描き友禅の道へ進みました。

「手描き友禅はオーダーメイドだからこそ、“その人のために”作れる。」 手仕事だからこそできる、手描き友禅の魅力についてお話を伺いました。

 

着物が身近にあった

創業何年ですか?

独立したのは2004年の4月なので、今年で15年です。
その前は、高校を卒業してから、人間国宝の羽田登喜男先生のもとで13年間修行をしていました。

友禅を始めたきっかけは?

小さい時から絵を描くのが好きで、 小学校低学年のころから絵画教室に通っていたんです。
中学卒業の頃から将来は絵を描く仕事につきたいって思っていて。
京都は分業でそれぞれに職人さんがいらっしゃるんですけど、
その中で、父親が着物に金箔を貼る職人をやっていたんです。
自分の中で着物が身近にあったので、着物の下絵を描く仕事をがしたい、って考えていて。
そうしたら絵画教室の先生が高校で日本画を学んだらどうだ、と勧めてくれました。

手描き友禅にとって、日本画は近い存在なのでしょうか?

着物の下絵を描いていた人が日本画を描いていた人が多いんです。
日本画の名だたる先生たちが下絵を描いていたそうで。
だからこそ絵画教室の先生からは図案科ではなく日本画科を勧められたのかな、と思いますね。

下絵の時点で色なども決まっているのでしょうか?

決まってる場合もありますし、そうじゃない場合もあります。
問屋さんが生地を出して、悉皆屋さん、染匠さんなどがプロデュース業をされて、
「この絵ならこの職人さんに」っていうふうに振り分けていくんです。
職人さんによって得意不得意がありますから。
例えば僕なら、絵画的な日本画的な表現はどちらかといえば得意です。
でも図案化、デザイン化されたものはあんまりやってきてなかったりします。
作家さんは独自の表現がありますし、自分で全工程を1人でやる方もいらっしゃいますね。
僕も先生が1人でやっていらっしゃる方だったので、全工程をやったりもします。

 

“分業制の強み”とは

京都の「分業制」だからこその強みとは?

まず分業制は数を作れること、それとそれぞれの工程に技術自体がスペシャルな人たちが揃ってることですね。 だからクオリティの高いものができる。これが強みです。
相談すると、いろんな答えが返ってきたり、深い知識を教えてくれます。専門的な幅が広まる。
でも、「その工程しか知らない」っていう弊害もあります。
携わった反物は完成して納品されると手元には帰ってこないので、完成品を見れなかったり、
流れ作業なので自分の仕事に対しての反省というか、見返る機会がないんです。
全行程できるということは全体像を把握して動けるけど、 それぞれの工程の技術は分業の職人さんには及ばないと思っています。

友禅の特徴は?

生地に下絵を写し、その輪郭線の上に糊を置いていきます。その糊を糸目糊というのですが、友禅の最大の特徴はこの糸目糊ですね。
糊で囲まれた柄の中を筆で彩色していくのですが、糊が川でいうと堤防の役割をしており、隣り合う色同士が滲み出ないようにするんです。
そして最終洗い落とすと糊の部分が白い輪郭線になる。
その技法によって、絵画的だったり多色な表現ができるようになったんです。

地域によって友禅の特徴に違いはあるのでしょうか?

京都はデザイン化されたものが多いです。貴族、お公家さんに作っていたので華やかなんです。 加賀は武士のために作っていたので「わびさび」。そこまで華やかではない。 加賀五彩って言う五色を使って色を出していたり、写実的な表現が多いです。 葉っぱの先の「虫食い」をデザイン化したり。 東京友禅も有名ですけど、東京はシュッとしたデザインが多いですね。

違いがなくなっているのは、時代によって変化したのですか?

そうですね。現代では着物を着る需要も少なくなってきているので…。 昔から描いている草花ものは問屋や小売屋さんに在庫もありますし、
着ていく機会や場所も限られてきていますから。 草花ものは季節感が出てくるので、「いつでも着たい」っていう方は季節感がないものを選ばれたりします。

 

つづく

 

2020.05.01更新

Traditional Craftsman
interview 25

YUZEN CRAFTSMAN
SOMEKOUBOU MASASHIGE
UENAKA Masashige

Text by Kawaguchi minamo
Photo by Nakata Kenta

「職人interview」#24
染工房正茂 手描友禅
上仲 正茂

文:
川口 水萌(ビジュアルコミュニケーションデザインコース 3年)

撮影:
中田 拳太