京都文化
あ、うん通信

#03 “漆”とは?

京都芸術大学 基礎美術コースでは、さまざまな分野の先生方から実践的な授業を受けます。

それは、授業というより “稽古” といった方がふさわしいかもしれません。そんな稽古さながらの授業の内容をお伝えするのが、この「京都文化あ、うん通信」です!

基礎美術3期生のふたりが息を合わせて学びを深めていくという意味を込めて「京都文化あ、うん(阿吽)通信」を始めました。

私たちと一緒に、先生方から日本文化を学びましょう!

*今回は、基礎美術コースの椿昇先生にもコメントをいただきました。

椿先生:
なぜ稽古? みなさんは中間テストや期末テストが終わったらすっかり覚えていた事を忘れて遊びに行った経験無いかな? テストのために短期記憶するというのが今の教育のダメなところ。でも昔の日本は頭で覚えるより身体に染み込ませる事を教育(文化の伝承)にしていました。伝えるのには時間はかかりますが、一旦身につくと一生残るのが「稽古方式」。さてみなさん、自分のためならどちらを選ぶかな? ほんとうに身体に良い事って続けるのしんどいですよね。ダイエットしかり筋トレしかり。だから昔の日本では、ちょっと怖い親方のところで10年とか理屈抜きで身体に染み込ませる仕組みがありました。これを「徒弟制度」といいます。基礎美術コースは、文化伝承の最高の仕組みが日本中の大学には無い事に気づいて京都の地に設立されました。
でもビックリする事はありません。みなさんも好きなサッカーやバスケなどのスポーツ。ウサインボルトのようなアスリートたちの活躍の影には身体に動きを染み込ませるために何度も何度も同じことを繰り返しがある事は当たり前の事です。たとえばピアニストたちは3歳くらいから10年練習を重ねて国際舞台に立ちます。将棋の藤井八段も同じですよね。こんなに当たり前の事が大学教育のなかでおざなりになって来たのです。な~んだ、毎日稽古する事の方が普通なんだよね。という事で「普通=基礎」というコース名称が誕生しました。

 

「木の国」JAPAN

前回の授業では、佐藤先生に篆刻や漢詩を教わりましたが、これからは木工芸・漆の授業に入っていきます。講師は新宮州三先生、川地遥先生、古川貴志先生の3人の先生が交代で教えていただけることになりました。基礎美術コースの授業では、各分野を専門とされている様々な先生方がお越しいただけるので、とても贅沢なコースだなと感じています。この大切な時間を無駄にしないよう今回も学びを深めていきたいと思います。

椿先生:
どの先生も「プロフェッショナル仕事の流儀」に登場できる方々ばかり。貪欲に吸収してください。

最初は川地先生から木に関する座学をZoom授業で受けました。
木を彫るにしても、漆を塗るにしても、その素材を知ることが何より重要になってきます。
驚いたのは自分がどれだけ身近にある木を知らなかったかということです。

・日本の国土の約70%が森林
・国土に対して森林が占める割合が、先進国の中で日本は世界の第3位

日本はまさに「木の国」と呼べるほど、豊かな自然と共生している国だと知りました。
年間の降水量が1,700㎜を超えるほど雨が多く降る地帯でありながら、3千キロにわたって南北に長く伸びている日本列島は、亜熱帯から亜寒帯までの気候に属しています。そのため、多様な気候に対応した植物が国内で発達したそうです。

椿先生:
基礎美術の基礎という内容には、国土や国民という基礎的な環境の理解のための意味もあります。独立しか科目にせず、それぞれの先生方が素材の話をされるときに、それとなくエピソードの形でみなさんに手作業とともに染み込みます。雑談のように聞こえますが、そこに深い意味がありますし、作業をしながら聞く事で知識の身体化にも役立っているのですよ。

また、制作を始める前に木材の構成と名称についても教わりました。
小口(こぐち)、板目(いため)、柾目(まさめ)、木表(きおもて)、木裏(きうら)などです。天然の素材である木を使うためには、その材質や木の各部の性質を理解して使用する必要があります。

樹木は大きく分けて針葉樹と広葉樹があります。
広葉樹は、導管という水分の通り道となる部分が木を支える繊維組織と役割を分けて構造を複雑にしたため硬く丈夫だそうです。一方針葉樹は、導管がなく代わりの組織が水分を染み通るようにして伝えていくため導管の溝がなく柔らかいそうです。

今回の実技で削るバターナイフやスプーンは広葉樹から取られた木材のため、導管があります。導管の形をよく見てみると雫のようになっていますが、雫の下の膨れた部分から上に削ると綺麗に削れるそうです。上の写真は木材を拡大したものです。上から下に雫が落ちているのが分かると思います。
雫の下から削ることを「ならい目」といって、雫の上から削ってしまうことを「逆目」といいます。木材を削ること1つとっても理由があることを知り、材質を追求して学ぶことの大切さを感じました。

椿先生:
みなさんが何気なく実家で使っていた木のサラダボウルをもういちど見たくなりませんでしたか?この稽古を受けたあとは木々の見え方が変わります。こうやって世界は何度も姿を変えてあなたたちに訪れます。これが「まなび」の醍醐味(あとで意味調べてね)です。

谷口
川地先生の座学を受けて、まだまだ自分が木を分かっていないことを知りました。
思えば家の窓から見える木、山の中で見る木、京都を出て地方で見る木、どれも違うものなのにどこが違うのか説明することは出来ませんし、木の名前も指で数えるほどしか知りません。少しずつでも木について調べるようにしていきたいと感じました。
また、私は過去にKYOTO T5の活動で漆職人に取材をさせていただいたことがありました。そこで教えていただいた話ですが、漆の木は10年から15年の成木からわずか牛乳瓶1本分くらいしか取れないらしいです。また、数年前には国産漆の生産量が1トンを切ることもあったそうです。
世界的に見ても「木の国」な日本ですが、漆の植栽を進めていく活動は日本文化を守るためにも必須のものだと感じました。今回は残念ながらコロナの影響を受けたので漆を塗ることは出来ないのですが、状況が改善され3回生の漆の授業で漆を塗ることができたのなら、そういった状況を頭に入れながらも制作していきたいと思いました。
自然の恵みは大切に使っていきたいです。

椿先生:
ここで日本史を語り始めると大変な事になるのでほんの少し。歴史の資料が文章で残される前に長く繁栄していたのが縄文文化です。なんと10000年くらい前には日本列島に縄文の芽生えがあり、7000年前からは日本海沿岸と関東を中心に何千年も豊かな暮らしが日本で営まれていました。みなさんのよく知っている弥生時代はたった300年しかありません。その縄文時代を支えていた高度な技術の代表格が漆器の製作です。数千年前の漆塗りの女性の櫛が出土したりしていますね。そこで人間といっしょに暮らしていたのが漆の木です。漆の木の最大の謎は、人間が手をかけて(ひっかく)あげないと枯れてしまうという事なのです。人がいないと生きてゆけない謎の木です。輪島市はかって和ウルシ再興のために12万本植林したにも関わらず世話をする人がいないので、いま生き残っているのは3000本とのことです。植物と人の関わりの奥深さを感じますね。

下尾
過去にも木材でものを作ったことがありますが、木材が硬く削りにくかったり、削ってもでこぼこになってしまうことがほとんどでした。しかし、今回の座学を受け、木材によって硬さが違い、削りやすい方向があることを学びました。ものの性質をしっかりと理解した上で作業をするしないでは、作品の完成度や取り組む意識が大きく変わります。
また木材は一つとして同じものはなく、一つ一つ性質が異なっています。加工などの扱いがとても難しい反面、一筋縄ではいかない「生きている」素材の面白さを感じました。

実際に制作に移る前に、自分がどのようなデザインや柄を美しいと感じるのか知るため、家の中にあるものの中から「美しいと感じるもの」を探して皆に簡単にプレゼンをするということがありました。
ここでは、ふたりが好きだと感じたものと、それを受けて作ったデザインを順に紹介したいと思います。

椿先生:
ひさびさに手書きの図面を見てちょっとうれしい(^^)

谷口
私が美しいと感じたのは、写真一枚目のスプーンです。
横から見ると持ち手の部分が上がっていて持ちやすく、すくう部分が広くなっているため、カレーを食べる際などに最適だなと感じました。どこにでもあるシンプルなデザインに見えますが、家にあるスプーンを比べてみると同じものは1つとしてなく「シンプル」の中にも多様なデザインがあることに気付きました。
木を彫ることを普段経験しないものですから、デザインしたものが実際に作れるかどうかは制作してみないと分からないのですが、現段階では持ち手を上げてすくう部分を広くするようにデザインしてみました。細くても丸みを帯びた優しいものを作れたらと思います。

椿先生:
創作には、イメージしている時の脳の動きがとても重要です。経験を積み学ぶ事でイメージの力が飛躍的に育ちます。イメージというのは元々あると勘違いしがちですが、イメージのちからも育つので忘れないようにしてください。

下尾

今回自分が選んだのは、小さい頃から愛用しているクジラの形をしたスプーンです。
私は口と手が小さいため、食べ物をすくう部分である「つば」が太いと口に運びずらく、柄が長いと持ちにくく感じます。このスプーンはつばが小さく柄が短いため、自分にとって使いやすいサイズです。今回はこのスプーンのサイズ感を模して作っていこうと思います。
デザイン決めの時点で形が左右対象になっておらず、「このままでいいのだろうか?」と思い、一度先生に相談をさせていただきました。その際に先生から「左右対象でなくてもいい、歪みは愛嬌」というお言葉をいただきました。一つの歪みやズレが作品の「味」になる可能性がある、ということは手仕事の魅力だと感じました。「歪みは愛嬌」、この言葉を忘れないようにしていきたいです。

椿先生:
「へうげもの」という漫画がありますので、是非読んでみてください。日本人独特のゆがみやこわれたものへの美学がそこにあります。「真・行・草」思い出しましたか?

今回はここまで!
次回の「あ、うん通信」では、デザインしたものを実際に彫り進めていきます。。

 

つづく

2020.3.1更新