家族が職人
#03


漆職人の家族

職人といえば、頑固で、無口でと、どこか固い印象を持たれることが多いですが、いつもそばにいる「家族」から見てみるとどうなのでしょう?
今回は創業明治42年漆精製をする堤淺吉漆店で4代目を務められる堤卓也さんとその奥さまの堤綾子さんにお話を伺いました。

家庭に微笑む漆

──奥さんに質問です。旦那さんと一緒になられてお変わりになられたことはありますか?

綾子さん
私の実家は自分が大学生になった頃から帯地卸(おびじおろし)を始めた小さな問屋でした。
家を出入りされる織屋さんというのは皆職人さんで、その殆どの方が50代以降、時には100歳になられた方とも会わせてもらったりしたことがありました。「後継者がいない」という悩みも皆さん共通のもので、西陣織の業界にも後を継ぐ人が増えてほしいと思っていました。

伝統産業に携わる業種の家業だったので、職人さんと呼ばれる人たちが京都にいっぱいおられるということは知っていたつもりでしたけど、夫に初めて会ったときに「漆屋やねん」と言っていて、素材として漆を作っている人やなんて想像もつかず、漆を塗ってはる職人さんやと思っていたんです。お茶道具とかに塗ってはるんかな、でもその割にはゴツゴツした手をしてはるし、何でなんやろうなと思っていてよくよく話を聞いてみると「漆を精製してる」と言わはって。すごく面白い、特殊なお仕事やなと思いました。

結婚してから最初の頃は配達を一緒に回らせてもらってお仏壇関係の職人さんやお道具の職人さんにお会いできたりして貴重な経験でした。昔から工場で使われ続けている機械などを見て、京都にはまだまだ自分の知らない産業があるのやと気づきました。

──ご家庭でも漆を塗られたりされることはありますか?

卓也さん
家のガレージで祖父が使っていたボロボロの机や、奥さんが使っているまな板などを小学1年生になった息子と漆を塗ったりしてますよ。塗るといってもペチャペチャ遊びながら、落書きみたいに、最後は綺麗に拭くのでムラも気にならないです。

綾子さん
息子達とよく行く喫茶店で使われているカトラリーが端材で作られていて、使い捨てで提供されているんです。出してもらっても使わなかったものを持ち帰ってきて、これに漆を塗ってみたらどうなるんかなと思って塗ってもらったら、強度がとても上がって(笑)。何度か使うと割れてしまう様なものが、漆を塗ってもらうと果物なんかの固いものに大胆にグサッと刺しても潰れなかったから、漆ってすごい!と思いましたね。

丁寧に美しく塗られているお茶道具のお棗(なつめ)のイメージが漆塗りにあったけれど、身近な木製のものに塗っていってもらうと「え!」って思うぐらい雰囲気も強度が上がるし永く使い続けられるという魅力を見つけました。

普段の生活でも子供や自分たちの食器に漆のうつわを使っているんですけど、漆器はちょっと水につけておいてお湯で流すだけで綺麗になるし、水切れもよくてさっと拭いてすぐ片づけられるから、朝のバタバタする時間でも片付けがそんなに苦痛でもないんですよね。結婚してもう10年くらい経つんですけど、夫の仕事や活動を見てるだけでどんどん面白くなってきますね。自転車に塗ってもらったりして、こんなんにも塗れるのかと思ったり。

卓也さん
漆塗りの自転車、2台目のものは奥さんに合わせたサイズで作ったんです。フラダンスとビールが好きなので、ヘッドに家紋、シートチューブにはウクレレとビールを飲んでる鳥の蒔絵が入っています。

──使っていく上で漆の見え方などは変わったりするのでしょうか?

卓也さん
変わってきますね。まな板などは特に消耗品だから分かりやすいです。紫外線が当たると色が透けてくるので、漆が塗られた下にある素材の様子が見えてくる。家族が使うコップに漆を塗ったときも、焼きペンで家族へのメッセージを入れたことがあったんです。そのコップを使うたびに漆が透けていって、何年後かに出てきたらいいかなと思って。でも、ある展示会でそれを非売品として展示していたのですが、かなり気に入ってくれた人がいて売ってしまったんですけどね(笑) 

綾子さん
今頃どうなってるんやろうね(笑) 

卓也さん
そういう楽しみ方は使ってみないと分からないものですね。 コロナ禍で家での時間が増えたとき、家族と過ごす漆時間というものはひとつの楽しみだなと思っています。もちろんカブレのリスクはあるけれど子供たちと漆や木に触るということや、森の中で遊ぶということだとか、そういうことは家族単位でやるからこそ価値があるのかなぁと思っています。家族ができたことで僕も仕事の在り方が変わってきたようにも思います。 


「考える素材」と広がっていく

──ご家族が出来たことで一番変わったことは何でしょうか?

卓也さん
死にたくないと思うようになりました(笑)。
サーフィンが好きでよく海に行くのですが、無茶して死にたくないというか、家族のもとに帰りたいって感じ。もともとサーフィンから自然のどうにもならない力や素晴らしさを教えてもらっていたけど、家族ができて一緒に海で遊んでるうちに、きれいな地球を残したいって思いと漆を残したい思いがいつの間にかリンクするようになってました。

──奥さんが考える手仕事の魅力について教えてください。

綾子さん
私の実家が帯問屋だったので、家に色んな帯がずらりと並ぶ環境でした。
どの帯も素晴らしく美しいんです。その中でも手織の帯は、少なくなってはいるけれど手仕事のものは手触りから締めたときまでの感覚が違う。手仕事の魅力は直に触ってもらわないと分からないものだと思うので、若い人に限らず色々な世代の人に身近なものでも何でもいいから手に触れて感じてもらいたいと思いますね。京都は身近に工芸が多く溢れていますから、触れることができる機会がたくさんあると思います。

少しずつ工房を開放してもらって、子供が直接見に行けたり職人さんのお話を聞いたりできる環境ができて、お互いにもっと近しい関係になれるのが京都で盛んになっていったらいいなって思います。

──給食食器に漆器を取り入れられた「こども園 ゆりかご」のような取組みは、まさに子供の頃から漆に触れることができる良い経験になりそうですね。

卓也さん
そうですね。子どもの時に漆器を使っていたという経験は、いずれ忘れてしまったとしても漆を触っていたという感触が肌とか脳みそに残っているというのが大きいと信じています。

漆の塗膜って「しっとりさらさら」とか「赤ちゃんの肌みたい」とかよく言われるんですが、これって漆が水分を保持したまま固まる塗膜で、人の肌ととても親和性がいいところから来てるんですよ。漆の塗膜って弱いイメージがあるかもしれないけれど本当は硬くて、硬いものを赤ちゃんの肌みたいって感じたり、しっとりサラサラするって相反する感触を感じたり、これって人の体がほとんどが水分でできてて、自分に近いものを気持ちいいと感じる脳の勘違いからくるみたいです。

こんな漆を縄文時代から使ってきたからこそ、日本人らしさと言われてるような「モノを大切に長く使う」、「先祖に手を合わせる」といったような感覚がDNA的に残っている気がして、それってやっぱり触れる機会がないと無くなっちゃう。僕ら世代が作っていかないと子どもたちは知らないまま、気づいたら漆とともにそんな感覚も無くなってしまうと思うんです。

僕らが伝えなかったら消えるんですよね、たぶんギリギリの世代。本当に気付かないうちにすーと消えてしまいそうで、工芸と呼ばれているような自然素材を使った人の手によるモノつくり全体に言えることのような気がします。

「植えて」「育てて」「採取して」「作って」「使う」「直して使い繋ぐ」自然素材が持ってる、こんな循環する小さくても強い輪っかをもう一度繋ぎなおしていきたいなって思っています。

〈参考〉給食食器に漆器を取り入れられた「こども園 ゆりかご」のようす
https://www.urushinoippo.com/blog/2016/11/2/-

──最近漆が持続可能(サスティナブル)な素材として見直されているように思うのですが、漆の素材が持つ役割についてどう考えられていますか?

卓也さん
漆が見直されているのはとても嬉しいけど、漆が循環可能なエネルギーだからといって、みんなでいっぱい作ってそれを使い捨てしたなら、同じかなって。
モノを永く大切に使うこと、モノへの愛情を育むこと、未来のことを考えて行動すること。
そういった心を育むのが漆の素材としての役割かなとも思います。

一万年前の土壌から綺麗な状態で出てくるぐらい強い漆という物質を大量生産して、人が大事に扱わないのであれば何をやっているのか分からなくなってしまうじゃないですか。
プラスチックだって石油という自然のものから作られた素晴らしい素材。全て人間がどう捉えてどう動くかといった問題で、そこを考えなおすきっかけに漆がなれたらいいなと思う。
そしたらきれいな地球とともに漆も次世代に残っていける気がするんです。

今の世の中って、どうしても経済を大きく回そうすると大量生産になるじゃないですか。SDGsは素晴らしいと思うんですけど、それを大量生産するための道具にしちゃうというか。根本のモノを大切にするというところを育てたいなって思います。
バランスとりながら、どうやったらみんなが幸せに暮らせるのかなって結局そこだけ。

この子らが幸せになるにはどうしていけばいいか
素敵な世界を作るために僕らができることはなんなのか。僕らは漆の世界に長くいるから頭がカチンコチンなんですよね。世界を作っているのは10代20代の人やと思う。いっぱいアイデアもらって僕らもがんばりたいです。

綾子さん
若い人の感性ってすごいもんね。ハッとする。子供の感性がまだ残っているしかな。

卓也さん
ようガキっぽいガキっぽいって言われるけど、もう頭カチンコチンやわ(笑)

綾子さん
でもこないだ気持ちよさそうにサーフボードに乗って海で遊んでたやん。まだ子供の心は失ってらっしゃらないとおもいますよ。大人にあの笑顔は出せないよ(笑)。そんなに笑う?って。

──綾子さんから見た職人さん(卓也さん)の格好いいところを教えてほしいです!

綾子さん
ひょうひょうとしているようでぶれへんなっていうところは凄くありますね。一個こうしたいっていう気持ちを周りに伝えて巻き込んでいってワーって行く人やなって。周りの人にも支えられながら乗せていくじゃないけど、それが凄い上手な人だと思います。

卓也さん
上手やないよ(笑)

綾子さん
自分ではそう思うかもしれんけど私から見ればそうやなって思いますね。面白いなぁって思う。サーフボードの木の板に漆を塗りたいって言ってはったのもずっと前から言ってはったことで。そんなん無理ちゃうかと思っていたし。これからまた面白いことが続くと良いなぁと思います。こういう人やから、こういう主人みたいな考え方に共感したら「やろう」って言ってもらって早いなって。パパパッと話が進んでいくからね。

やっぱり考えていることに共感してもらうことが大事やし、いっぱい色々な人に助けてもらいながら自分も楽しくやっていかれるのがええわって思います。結局職人さんも自分軸というのか自分が楽しいのが一番やと思うんですね。
それをちゃんと持ったまんま色々な可能性とか、将来のこととか考えてくれたらいいなとおもいますけど(笑)?

卓也さん
怖いですね(笑)


家族が職人
#03
堤卓也さん
堤綾子さん

文:
谷口雄基(基礎美術コース)

堤淺吉漆店 HP:
https://www.kourin-urushi.com/

堤淺吉漆店 Facebook:
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https://www.instagram.com/tsutsumi_urushi/

家族が職人
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漆職人の家族

職人といえば、頑固で、無口でと、どこか固い印象を持たれることが多いですが、いつもそばにいる「家族」から見てみるとどうなのでしょう?
今回は創業明治42年漆精製をする堤淺吉漆店で4代目を務められる堤卓也さんとその奥さまの堤綾子さんにお話を伺いました。