「流れ加減と光の加減」
──流し込む際の金属の温度も、職人さんの「勘」によって調整されるんでしょうか。
そうですね、こちらも測ったことないのでわかりませんが、窯の中は1800度位、金属自体は大体1300度位まで上がっていると思います。温度をあげないときれいに溶けないんです。坩堝(るつぼ)に金属を入れて、壺の周りに燃料を敷き詰めて燃やして溶かします。空気を送る量を調節することで、火力を調節しながら溶かしていきます。使っている金属は、銅と錫などの合金「青銅」です。10円玉と一緒。ただ10円玉とかは他の素材も入っていて、錫の分量はすごく低いんです。うちの場合は銅に錫を多量に配合した「佐波理」って言う青銅の一種を専門に使います。佐波理は、仏具とか茶道具に使われる金属で、錫の割合が15%〜20%位が一般的ですね。うちでは佐波理の特徴をより引き出すために錫の分量を一般的な割合より多くした工房独自の配合になっています。金属って、溶けるとドロドロのイメージがあると思うんですけど、ほんとにサラサラなんです。水よりもサラサラ。それくらいに溶ける温度にしないときれいに混ざらないって言われています。
──温度がすごく重要な作業なんですね。
流れ加減であったり、光加減とかで大体の温度を調整しています。この辺はほんとに全部勘です。
天気とかによって見え方が変わったりもするので、晴れてたり曇ってたりで、見える色が変わったり、光の感じ具合も変わります。手で流すときの感覚や、金属の流れ加減、感じ方も重要です。風とかエアコンの冷気が入ってくると金属がぬるくなっちゃうので、ドアと窓を全部締め切ってやるんですよ。冬場とかは暖かくていいんですけど、夏なんかは本当に暑いです。夏は大体60度位になりますね。火の周りはもっと熱くなります。
型から出した鋳物(おりん)をそのままだと硬すぎるので、1回柔らかくする作業があります。刀の「焼入れ」みたいに、真っ赤にした刀を水につける作業ですね。刀の場合は硬くなるんですけど、おりんの場合は柔らかくなるんです。普通は「焼入れ」ですけど、佐波理の場合は「焼きなまし」。柔らかくなるんです。これをしておかないと、切削加工したときに割れちゃうくらい硬いです。
「工房の音」がある。
──焼きなましで変形したりはしないのでしょうか?
うまくやらないと大きく歪んじゃいますね。完璧にきれいなまま柔らかくする事は無理なので、次の切削加工で歪みを取るんです。なるべく歪まないようにやって、なおかつ柔らかくしておく。これを削ることで調節するって言う感じですね。
切削加工では、まず手動の旋盤で表面を削っていきます。旋盤って言うとハンドルを回して正確に縦と横を削っていくイメージだと思うんですけど、私たちが使ってる旋盤は、縦も横も自由に手動で動かせるのでおりんの形に沿ってスムーズに削れます。ただハンドルが固定されてないので、体でハンドルをしっかり固めて削らないと歪みがとれません。この旋盤はおじいさんがオリンを削りやすいように作った旋盤みたいで、3次元に削れるイメージ。こういう旋盤はあんまり他にはないと思います。削った粉は、握るとパキパキ、って割れちゃうんですよ。普通、針金とかって割れないでしょ。でもこの素材は、柔らかくなっても元々の配合が「硬い」ので、折れちゃうんです。基本的に「曲がらない」し「へこまない」。それくらい硬いんです。削った後の粉も、また溶かして使いなおせるんですよ。ここで分厚さのブレを削って調整しています。機械で削った後は結構ざらざらしていて、粗めの仕上がりになっているんです。この表面を手で持つ刃物を使って、轆轤(ろくろ)で回転させながら削っていきます。つるっとした状態になります。仕上げの削りをする工程ですね。
──柔らかくしたあと、もう一度硬くするんですか?
そうです。焼きなましをしたあとのおりんは、音がのびません。ただ柔らかい状態にすると割れないんです。だから加工ができる。この状態にしておかないと硬すぎて加工ができないんですね。おりんが割れたり、刃物がすぐ切れなくなたり、刃物が割れたりするので。切削加工の後は、ガスで鉄板を炙って熱くした上に置いて焼きます。焼いていくと色が変わってくるので、色によって焼け具合がわかってくるんです。大体僕らがいい色って思うのは紫色くらい。次はそのまま置いてゆっくり冷まします。そうすると、ぎゅっとしまって硬い状態になるんです。
焼きが入ると、音の伸びがしっかりなるんですよ。この時点で音の検品をして、「私たちの工房の音」の基準をクリアしたおりんだけが出荷されるんです。その後に仕上げの作業をします。磨いて、きれいな色に戻して、蝋をコーティングして、変色止めを施して完成。一般的なおりんの音って、音の揺れがあるんですよ。私たちの作るおりんの音はそれがなくて、ずっとまっすぐ伸びる。これが1番の違いです。僕たちは、まっすぐに鳴るおりんにならないとダメなんです。「自分たちの作る音」が明確にあるからこそ、音にこだわりを持ってできていますね。私たちが佐波理にこだわって作っているのも、「工房の音」があるから。他のところと同じ音を出してしまうなら、私たちの金属で作る意味がないんです。
ここだけはしっかり守って作っています。自分の耳で検品して確かめる。
普通金属って、叩くとへこんだり曲がったりするだけですけど、うちの金属はトンカチで叩くとパキっと割れちゃうんです。それくらい固い。「金属であって金属じゃない」感じですね。だからこそあの音が出せる。これにつながっているんです。
良い音をつくる
──「佐波理」の錫の割合が高いのに理由はあるのでしょうか。
私たちが作っているのは「鳴り物」。音が鳴る製品しか作らないので、そこにより合った配合に変えています。錫を多量に入れる方が金属がより硬くなって、澄んだ音色と独特の余韻が出やすくなるんです。
一般的に佐波理って言っても、配合自体も工房によっていろいろ違ってきます。割合によって鋳造の難しさも変わってくるみたいです。錫の配合が多いほど鋳造が難しいと言われてます。私たちの配合は、焼き型の鋳造方法じゃないとできないんです。普通の砂で型を作るような鋳造だと、私たちの配合率では鋳造できないみたいで。
仏具を作っているって考えるよりかは、南條工房の作り方で出せる「音色」を作っているってイメージですね。形はどうあれ僕らにしか作り出せない音色がある。それを守るために全部の作業があるんだなって思うようになって。最近は仏具として使ってもらわなくてもいいし、どんな使い方でも音を楽しんでくれるんだったらいいな、と思っています。使う人がその音が好きで、それを必要とするんだったら、自由に使ってもらえる商品があればいいんちゃうかなって思うようになりました。仏具って言うところにあんまりこだわらなくなりましたね。最近は音が良いものだったら何でも作りたいなと思うし、おりんを楽器として使ってもいいし、使い方は自由でいいなと思います。だから仏具というところにこだわりはなくて、いろんな鳴物を佐波理で作って良い音が作れたらそれが1番いいなって思います。
「新しいものを作ろう」
──おりんって、楽器の音とは違うけどすごく心地の良い音ですよね。
そうなんです。15年目ぐらいまでは工場の外に出るって言ったら、問屋さんへの配達くらいしかなかったんですよ。あとの時間はほぼ工場で腕を磨く時間。ただ、それではあかんなって思い始めて。職人さんの集まり、他業種の方との交流に行くようになってから意識が変わってきて、「新しいものを作ろう」って考えるようになったんです。いろんな人としゃべるようになって気づいたことがあって。おりんの音を聞いて、「この音嫌いやな」って言う人はいなかったんですよ。「やっぱおりんの音っていいな」って、みんな言ってくださるんです。それなのに、使ってるシーンって本当に少ないんですよね。そのあり方ってもったいないなって思って、新しく「LinNe(りんね)」っていうブランドを立ち上げました。Chibiっていう名前の、仏具ではなくて、小さいおりんとしてのプロダクト。
いつも作ってるおりんと製造方法はほとんど一緒です。おりんの音って昔からあるけど、使い方をどうするかだけで価値が変わるので、そこが面白いなと思って。これまでのおりんって、使いたいように使ってる人も中にはいたと思うんですけど、やっぱり「仏具」という部分が前に出ちゃって、叩くまでのハードルが高い。スタイルが変わっていく中で、マンションで仏間自体が基本ないじゃないですか。
このLinNeで扱うプロダクト自体は、使い方を定めていないんです。どういうものに使うっていうのは一切言っていません。
これがおりんとして新しい形かなと思っています。
職人interview
#50
南條工房
南條和哉
文:
川口水萌(ビジュアルコミュニケーションデザインコース)
撮影:
中田挙太
南條工房HP:
https://linne-orin.com/
その音を作り出すために、様々な工夫と研究がされていました。
今回お話を伺った南條工房さんは、まさに「おりんを作るために構成された工房」。
おじいさまから代々受け継がれてきた技術が、ギュッと詰まっています。
「良い音が作れたらそれが1番なんです。」 そうおっしゃる南條和哉さんに、おりんの魅力についてお話を伺いました。