職人interview
#65


京焼・清水焼|自ら仕事を取りにいく

京焼・清水焼の上絵付け(うわえつけ)職人の並川昌夫(なみかわまさお)さん。
上絵付けとは、釉薬をかけて焼いた表面に絵柄を施すことをいいます。今回は、並川さんの個展にお邪魔しました。
会場は、アートサロンくらという清水寺近くのギャラリーで、外からは賑わう観光客の声が聞こえてきます。ほとる光に満ちた空間で、どのようなお話が聞けるのでしょうか。私たちと一緒に覗いていきましょう。

覗いた未来と修行10年

──本日はお時間いただきありがとうございます。
まず、このお仕事を始められたきっかけについてお伺いしたいです。

きっかけについてはよく聞かれるんですけど、小さい頃から絵を描くのが好きだったんです。ずっと絵を描く仕事に就きたいと考えていて、今後CGやコンピューターグラフィックスの分野には仕事が増えてくるだろうから、そのあたりの方面に進みたいなと思っていた時期がありました。
でも、基本的には手で描くことが好きだったことに気付き、陶芸の訓練校の図案科に進んだことで職人の仕事に就くことになりました。

──画家やイラストレーターといった道もあったと思うのですが、陶芸の道を選ばれたのですね。

そうですね。
とにかく、絵を描く仕事ならどんなものでもしてみたかったのですが、たまたま僕の父が京焼を好きだったこともあって、この仕事を覗いてみたことがありました。それがきっかけで陶芸を学ぶ学校はどういったところなのか調べて、自然とこの道を選んでいました。

──訓練校を卒業されたあとは、「現代の名工」と呼ばれる加藤如水(かとうじょすい)さんに師事されたと経歴を拝見しました。

訓練校を卒業する頃になると、生徒が食べていけるように先生方が仲立ちをするんですね。陶器の窯元さんからお誘いがきました。絵を描く仕事というのは狭き門なので、選択肢が限られていて、ほぼ強制的に進路が決まっていきます。
今のご時世では、求人がほぼない状態だとお聞きします。そういった厳しい状況下で、如水の工房を先生方から紹介いただきました。如水の工房は東山の泉涌寺(せんにゅうじ)のあたりにあるんですけれど、気が付けばそこで10年修行していました。

──修行期間、10年ですか。
そこではどのようなことを学ばれたのですか?

どんなことだったかな。
清水焼の上絵付けは、金で輪郭を描いてその中を彩色していく仕事が多いのですが、普通は何年か経験を積んでからじゃないと輪郭を描かせてもらえないんです。色を安定して塗るまでにかなり時間がかかるので、色塗りから始めるんですよ。
茶碗に絵を描く仕事が多いのですが、100個ほど並べられた茶碗にザザっと先輩が輪郭を描いて、そこに後輩が色を塗っていく流れです。でも、ありがたいことに訓練校に通っていた頃から如水の工房にアルバイトで行っていて、技術を認めていただいていたので、早くから自分で輪郭を描かせてもらえていました。

ただ、未熟なところも多いので先輩方に教えてもらいながら仕事をしていました。
基本的には自分で見本を問屋さんのところに出して、それが通ったら仕事がくるし、その仕事は自分の仕事になるので自分で仕事を取っていく感じですね。
その形は今もずっと続いていることで、認められなければ仕事がない業界です。辞めていかれる方もたくさんいますね。

──技術が必要な大変な仕事なんですね。

与えられたものだけをしていては駄目です。
自分で仕事を取らないといけない。


狭間の中で選び取るもの

──作業工程で苦労されていることはありますか?

耐熱性ガラスの上絵付けは、ここ10年15年ぐらいやっていても難しいと感じます。
絵の具は厚く塗るとムラが目立たず綺麗に仕上がるのですが、ガラスに厚く塗ると収縮率が合わなくて剥離してしまう恐れがあるのです。だから、ガラスは薄くムラなく塗る必要があって、それが難しいと感じています。
素地によって塗り方が異なるので、使い分けは重要ですね。

──できて当たり前が職人にとっては大切なんですね。

お客さんも当然綺麗なものを選ばれるので、下手なものをお店に置いても売れないし、売れなかったら注文もこなくなる。逆に、綺麗に塗れたものを問屋さんに出したときは、すぐに次の注文が来たりすることもあります。

──仕事を続けてこられて、変わったことや見えてきたことはありますか?

変わったことでパッと思いつくのは、京都の問屋さんですね。
今までの僕の仕事は、問屋さんに見本を出して見本市で売っていたんです。それで、注文がきたときに昔は数が多かったんですよ。見本1個を付けたら、それで100個とか200個とか注文がきて、その在庫を抱えて問屋さんは売りに行っていました。でも、今ではそれほど多くの発注がありません。

──職人側の負担が増えてきているんですね。

僕も問屋さんと取引をしているんですけど、それとは別でオンラインショップで販売することも増えてきています。問屋さん向けの商品とは少し違う作品を展示会に出品したりすることも始めました。

──自分で動かないといけない時代。

それ以外にも、SNSでの発信は大切だと思っています。
今回、SNSのダイレクトメールで取材の依頼をしてくださったみたいに、色々なギャラリーさんからも展示のお声掛けをいただきます。
そこでは作家としての活動もあり、僕は職人なので本来そういう仕事はないんですけど、職人だけでは多分続かない時代だと思いますので。

──作家としても活動できるようにしたいと考えられているのですね。

ただ、お客さんからの注文に応えられるのが職人だと思っているので、技術面では確かなものを持ちつつ、自分の作品も作ることができるようになりたいと考えています。職人としての仕事をこなしながら、なおかつ作家活動も行い、どちらも続けていけることが重要であり必要だと思います。
問屋さんがなくなると、職人という仕事がほとんどなくなってしまうので。「僕は職人なので、こういう作品を製作してほしいという依頼があれば製作します」とギャラリーさんには言うんですけど、なかなか向こうもそれを理解してくださらない。「何でもいいですよ」って言われるので、何でも良かったら作家になってくるんですよね。難しい問題ですが、大切な問題です。


伝統と彩色するオリジナル

──少し質問が変わるのですが、並川さんが考えられる京焼・清水焼の魅力を伺いたいです。どういったところがいいなと思われますか?

京焼・清水焼というのは、いろんな産地の技術が集まってできたものなので、「他の産地ではこれが主流」というものが恐らく全て入っているんですね。そこが魅力だと感じています。
一方で、京都にいると多くの技法を目にすることができるので、その技術をマスターしてないと京焼・清水焼の職人にはなれないと思います。偏った技術だけを身に付けてしまうと、それこそ作家と同じになってしまうので、色々なことができないと駄目だと思いますね。

──京都に多様な技法が集まったのは、やはり各地から職人が集まっていたのが大きいのでしょうか?

恐らくそうですね。
昔、僕が工房に入って5年ぐらいまでは、問屋さんが昔の技法を使った商品を次々注文してくれていたのですが、次第に問屋さんの動きが悪くなってきてしまいました。
伝統的な技法を扱う仕事ができなくなったんですね。例えば、金襴手(きんらんで)と呼ばれる色絵の具で下地を塗り、その上から金彩で描く技法ができる職人は、だんだん少なくなってきたと思います。
古くからの技術は、何年か修行を積んでいないと上の人から教えてもらえないので。僕より後から入ってきた方達は、金襴手を知らないまま「自分は職人なんだ」と思っていますが、本当はもっと多くの伝統的な技法があると言いたいです。

こちらの机の上には、金砂子(きんすなご)と呼ばれる金箔を細かく粉にして扱うものや、下地に金泥を塗った金地(きんじ)、赤絵の具が塗られた下地に金彩を施して焼く赤金襴(あかきんらん)といった技法を使ったものを並べています。

──裏側は鏡になっているんですね。美しい。

これには値段をつけているわけではないんですけど、こういった伝統的な技法を使ったものも展示のときには持ってくるようにしています。
伝統的な技法について説明するときに、手に取りやすい可愛らしい商品ばかりを並べていては説明しにくいんです。

──こういったものを見ると説得力がありますよね。

そう言っていただけるとありがたいです。右下にあるのは、素地に赤絵の具を全体に塗って焼成を数回繰り返し、その上に金彩を施して再度焼成する赤金襴手といった技法です。
仕事を続けてこないと、やり方や温度設定などが分からない技術もあります。

仕事を続けてきた職人にしかできない。
問屋さんで販売すると値段が安いので、皆さんはすぐに売りたいと作家活動をされる。そうして作家さんに「赤金襴を作ってくれ」とお願いしても「いや、自分はそういうタッチではなく、自分はこれを専門に売っているから」となる。職人さんの場合、お客さんのご依頼には「分かりました」の一言で断ることはできない。
断ることができないというよりも、全てできないといけない。
それが職人だと思います。

──伝統的な技法を踏まえて、他の職人とは違う並川さんオリジナルな部分は、ご自身でどういったところだと思われていますか?

色を作ることや、配色の点だと思います。陶器にのせる絵の具は色数が限られているので、自分が違う色を出したいというときに、違う色同士を混ぜ合わせて新しい色を作るといったことをしています。
色々試しながら、色の制作や配色を試みています。

──色の制作や配色は、感性で選ばれているのでしょうか?

そうです。陶器にのせる絵の具自体、普通の水彩絵の具のようにパッと見て何色と分かるものではないんです。
例えばこの風神の緑色を見てください。

上の緑色は、下の白っぽい絵の具を焼いて化学反応させることで発色しているんですよ。

──え、全然違いますね。

塗っても焼き上がりがイメージできないので、慣れるまでには時間がかかりますね。この白っぽい絵の具が緑色になるとは思わないじゃないですか。
ちなみに、この緑色も自分で混ぜて作りました。他にも、こういう磁器に塗るのと陶器に塗るのとでも、微妙に焼く温度や混ぜる絵の具も変わってきます。

──自分のような素人には違いが分からないです。
並川さんでも失敗されることはあるのでしょうか?

失敗はあまりないのですが、もう少し濃い方が良かったとか、薄い方が良かったなといったことはありますね。試行錯誤の連続です。


手から伸びてく自由なコツコツ

──伝統工芸の魅力のひとつに「手仕事」が挙げられると思うんですけど、手で作ることのメリットはどういったところだと思われますか?

どうだろう。大量生産で作られた商品は僕も使っているし、でも、そういったものは作り手からすると自由がきかないですよね。もう少し工夫を加えたいと思った部分も機械だと簡単に変えることができない。
一方で、京焼・清水焼は量産品の物でも全て手作りなので、細かい変更を行うことができます。気軽になくしたり、足したりできる自由がありますね。

──作り手側の温かみが感じられて、消費者の私たちに寄り添ってくれるような印象も受けますね。

でも、正直に言えば機械で綺麗に描かれている商品の方が好きだったりもします。大量生産で作られるものと、手で作られるものは全然違うものとして考えているので、比べたりはできないです。
ただ、問屋さんはそれを比べられることが多いんですよ。「安くないと売れない」と言われるんです。他産地のものでいえば、美濃焼は安価で売られているんですけど、それと張り合おうとしてしまう。張り合う必要はないと思うんですね。京焼の良さをもっとアピールできると思うんです。

──最後の質問になるんですけど、並川さんの今後の展望みたいなものがあったらお聞きしたいです。

大それたことは、これといってないですよ。
ただ、自分も社会も変化していくと思うんです。今までは問屋さんとの取引がほぼ9割でした。その形が今後変わっていくので、考え方の切り替えが大切になってくるように思います。どんなときも前向きに、この仕事をコツコツと続けていけたらと思っています。


職人interview
#65
小手鞠窯 (洛描工房小手鞠)
並川昌夫

文:
谷口雄基(基礎美術コース)

撮影:
谷口雄基(基礎美術コース)

小手鞠窯 並川昌夫 Instagram:
https://www.instagram.com/kodemarigama/

ハンドメイド通販・販売サイト Creema(クリーマ):
https://www.creema.jp/creator/4482239

京もの認定工芸士会 響 HP:
https://kyomonohibiki.wixsite.com/kyomono-hibiki

京もの担い手プラットフォーム HP:
https://www.ninaete.kyoto

職人interview
#65


京焼・清水焼|自ら仕事を取りにいく

京焼・清水焼の上絵付け(うわえつけ)職人の並川昌夫(なみかわまさお)さん。
上絵付けとは、釉薬をかけて焼いた表面に絵柄を施すことをいいます。今回は、並川さんの個展にお邪魔しました。
会場は、アートサロンくらという清水寺近くのギャラリーで、外からは賑わう観光客の声が聞こえてきます。ほとる光に満ちた空間で、どのようなお話が聞けるのでしょうか。私たちと一緒に覗いていきましょう。