使っていくうちに育っていく
──これはシルクスクリーンでしょうか?
そうですね、主に糊を置くときに使います。これなんかは抜染といって先に染めた反物に型で糊を置き柄の部分だけ色を抜いています。他に防染糊っていうでんぷん系の糊を置いてそこだけ避けて塗っていく塗り方もあります。デザインとかによって技法は使い分けてますね。
──独特な匂いがしますね。
そうですね。笑
柿渋は柿(渋柿)を搾った液を熟成・発酵させたものなのでちょっと独特な匂いがします。
──良い色ですね。
使っていくと色が変わっていくのでしょうか?
柿渋は最初のうちは徐々に濃くなっていきますね。柿渋に含まれるタンニンは紫外線によって発色していくので使い込むほど色に深みが増し、独特の赤みが出てきます。なのでこの工房も陽の光がしっかり入る造りになってます。
──面白いですね。染めた後に濃くなるなんて中々見ないです。
そうですね、中々無いです。笑
柿渋のことをあまり知らない業者さんから染加工の依頼をいただいた時、去年染めてもらったこれと同じものをとお願いされることがよくあります。しかし染めたばかりのものと一年間じっくり発色の進んだものとでは全く色が違うので「全然色が違うじゃないか」と言われてしまうこともあります。そういったトラブルもあるのですがやはりこの色の変化も柿渋の魅力の一つですね。
実は京都造形芸術大学の日本画コースの卒業生なんですよ。
──先輩なんですね。ここで働いてるのは日本画コースでの経験があるからですか?
そうですね、芸術系の大学に通っていたのでもともとものづくりには興味がありました。ここには在学中に友人の紹介でアルバイトとして入って卒業後もそのまま就職したという感じですね。
大原の水を使える特権
──ずっと水が流れてる音がしますね。
そうですね。これも全部大原の山の水をひいています。塩素が入ってたりすると色にも影響がありますし。水を豊富に使えるっていうのは染めをやるのにかなり大事なことなので、染めに向いた環境ですね。
この大原の山水をひく権利があるのは元々ここに住んでいた人だけなんですよ。いま大原で染めをやろうと思っても山水を使えないんです。
──ええ、すごく貴重。特権ですね。
気になったのですが、梅雨の時期ってどうされてますか?
大雨が降ると水源で結構土砂が詰まったりするのでその都度直しに行きますね。 それでもかなり泥水が混ざったりするのでするのでできる作業は限られますね。まあ自然相手のお 仕事なので、そこは臨機応変に対応してます。
──これは何が入っているんですか?
これは媒染液といって草木染めの技法で染料の発色や定着をさせるものですね。ちなみにこちらは鉄媒染液で柿渋に使うと黒っぽい色になります。もうひとつは茜染めに使用するアルミ媒染液です。
──すごい。きれいな赤ですね。
これは藍で染めた生地に抜染で柄を入れたものですね。日傘に仕立てる生地です。
京都の道具を受け継ぐ
──型はどれもシルクスクリーンでしょうか?
そうですね。
昔の伊勢型紙の柄とかもデータにしてシルクスクリーンとかにしています。
──柄のデザインはオリジナルのものが多いんでしょうか?
はい、基本的には先代の社長の奥さんのデザインです。最近だと自分のデザインした柄も増えてきています。この会社はもともと社長のご家族だけでやられていたのですが、その頃は家族みんなでいろいろなデザインを持ち寄って商品を作っていたいたそうです。
──刷毛(ハケ)は使い分けているんですか?
そうですね。色で分けたり、上の方は色で見てわかるとおり、さっきのアカネやザクロに使用して
いるものですね。
──すごくきれいに色が分かれていますね。
そうですね。基本的には使用する染料や媒染ごとに分かれています。
これはシケ刷毛といって先っぽをちょっとギザギザにして、これで渋とかの模様を入れたりします。
主に柿染で使うのは、この水に浸かっている大きい刷毛ですね。
──ええ大きい。
ずっと水が流れてますね。
本当は水につけっぱなしというのは刷毛にはよくないんですけど、柿渋ってどうしても固まってくるので。これを完璧にキレイに洗おうって思うと、ひと作業ごとに30分とか1時間はハケを洗わなくちゃいけないので。
──それは大変ですね。
適当に洗っておくと、根本から洗えてない渋がどんどんが固まってきてすぐダメになっちゃうので。刷毛にはあまり良くないんですけど、どちらかと言ったら水に浸けっぱなしの方がまだマシかなって。
──なかなか刷毛が大きいですね。
そうですね。確か特注だったと思います。
──これは日本の職人さんが作ってるんですか?
これも京都で作られていますし、向こうにある張木(はりぎ)っていう反物を張る道具だったり伸子(しんし)っていう皺を伸ばす道具も京都のものです。
──そうなんですね。
今はこの道具を作る人がどんどんいなくなっていて…。
──そうですよね、他の職人さんのところにお話に行っても「道具がなくて」と聞きます。
そうなんです。ちょうどこの前も、もう工房を閉めるって言っているところから伸子を結構大量にもらい受けてきました。
──道具の先に針みたいなものがついてますね。
柿渋って紫外線によって発色があるので、シワがある状態で干すとどうしてもムラができちゃうんです。それをピンと伸ばすために使いますが、反物はどうしても張ったときに縦にシワができるので、両端に針をひっかけて伸ばします。
──道具はやっぱり京都のものが多いんですか?他府県のものもあるんですか。
そうですね、基本的には京都の物を使っています。麻生地が多いので針の間隔もちょっと太めです。着物の生地とかの印染*をやってるようなところだったら、もっとたぶん細かい針が付いてるかなと思います。
*印染(しるしぞめ)屋号や家紋などの印を入れた染物のこと。
──なるほど。これで挟むんですね。
そうですね。
──友禅の職人さんの工房を見せてもらった事があって、反物はもっと幅が狭かったんですけど、結構広いですね。
そうですね。
たまたま広いものが並んでますが、ウチも基本的にはのれんが一番多いんです。
ウチで出しているのれんの規定のサイズもだいたい横幅90cmと縦が150cm。
幅もだいたい45cmの麻生地。あと日傘が60cm幅ですね。主にこれぐらいなんですけど、たまにこういうデカ物もあったり。
──デカ物っていうんですね。
そうですね。友禅とかだとちょっと前に見学に行ったことがあって、日傘とかやってたりするんですけど、そこでは60cm幅で幅広っていう扱いしてましたね。
──この生地は何になるんですか?
これはワンピースです。このあと抜染でドットの模様を入れていきます。
──ここまで大きい生地だとムラなく塗るのが難しそうですね。
そうですね。これなんか結構濃い色なんで、割と何とかなるっちゃ何とかなる。薄い方が逆に一発勝負だったりするんで。これはリネンの生地なのでまだ大丈夫ですけど。やっぱ綿とかですかね、刷毛跡が残りやすいのは。
──やはり刷毛を動かすのは職人技でしょうか?
はい。さっき見せたように刷毛自体も大きいですし水を含んでるので、最初のうちはかなり筋肉痛になったりしますね。笑
──アルバイトから始められて、どれぐらいで仕事が手についてきましたか?
どうだろう。作業自体には2~3年で慣れてはきたんですけど…。さっきも言ったように、この仕事は自然相手な部分もあるので、長くやっていてもいまだに新しい発見みたいなものがあったり。
作業の改善点は日々出てきますね。
伝統工芸に興味がある人の入り口に
──段々生地が乾いてきましたね。
今日なんか天気がいいので乾きが速いですね。
──今日はすごく暑いですね。
はい。笑
夏場は40度を超えますね。年々暑さが増しているように思えます。
──大変な作業ですね。
そうですね、年々夏は暑くて冬は寒くなってきて。昨年とかは雪も結構多かったです。天気のほうはなかなか大変ですね。
──田中さんが一番楽しいと感じる作業は何でしょうか?
青空のもと、引き染め(柿渋染め)をするときです。余談ですが、猫たちと一緒の休憩時間は癒されます。
──柿渋の魅力とは何だと思われますか?
やっぱり使い込んでいくと色が出る、深みが増すところですかね。
昔から柿渋は物を丈夫にするために使われてきたので、布はもちろん和紙だとか、木の柱とか物を丈夫にして長持ちさせる。今でも防虫効果だったり。渋で染まったものはかなり強くなります。
わりと昔の人の生活の知恵みたいなもので、使い込んでスレとか出てきたり色あせたものにまた染め重ねますやっぱり独特のむら感と渋の発色は柿渋にしかできないものなんで、使い込んで自分で育てていくっていうのが、柿渋の一番の魅力かなって思います。
──愛着が湧きますね。
みんな渋って言うと博物館とかでもよくあるような、深い焦げ茶色のものとかを欲しがるお客さんが多いんです。でもやっぱりそれって年月をかけて出した色なんで。皆さん欲しがるんですけど、年月かけてできたものなので、もうそれだけでかなり値打ちのあるものです。
──どういった方からの需要が多いんですか?
うちだと百貨店とかでの催事も行っているので、少し年配の方、ちょっと裕福な方かと。家でのれんやタペストリーといった手作りのいいものを使いたい、家のインテリアとか小物にもこだわりたい、という人ですかね。あとは自然のものが好きな人とかやっぱり多いですかね。天然のものだったり手作りのものを使いたいというこだわりのある人。
それからやっぱりのれんをやってるのでお店からの注文もありますね。ちょっとお高くはなるんですけど、お店の顔なんです。こだわりたいなっていうお客様も結構いますし。うちは染め直しとかもできますし、そういうところで気に入って使っていただいている方も結構います。
──オーダーメードでこだわっている点や気にしている点はありますか?
一応、自分は使う状況を最初になるべく詳しく聞くようにしています。例えば飲食店とかで店内の厨房の前に掛けるものなのか、店先にあるものなのか。日当たりがどのくらいのものなのか、なるべく聞くようにはしていますね。
店内だったら、そこまで退色のことを考えず提案できる色とかもたくさんあります。日差しの強いところで使うとなるとできる染めが限られてくるので。なるべくお客様の希望も聞きますけど、それと同時に生地や色の丈夫さとかそういったものをなるべくお伝えして、長くお使い頂けるものをお届けできるよう心がけています。
──やっぱりオーダーメードだったらなるべく長く使いたいですね。
使ってすぐに色あせてるっていうのもアレなんで。マメな人とかは年に一回見に行ったりとか、染め直しに出してくれる人もいます。そういったアフターケアもするので。
──染め直しってどういう状態になったら持っていくんでしょうか?
一応、生地が丈夫だったらっていうのは前提としてあるんですけど。単純に色が褪せてきたらですね。草木染めの淡い色なんかはどうしても褪色が早いのですが、それでも「天然のこの色が良い」というこだわりを持ってご注文してくださるお客様もいますね。
──他の柿渋をやっておられる工房とみつる工芸さんの違いは何でしょうか?
うちは規模の割には商品数もかなり多いですし、のれんとかも結構やってたりとかなり幅広いニーズに応えられるかなっていうのはあります。別注のれんのご相談とかでも、丁寧になるべくそういったご希望とかは聞きます。
言ってしまえば不自由な上で作ることになるんですけどそれでもやっぱり幅広く色んなものを届けたいですね。コンセプトとしては伝統工芸とかそういったものにちょっと興味はあるけどなかなか手が出せないっていう人たちの入り口になればと社長がいつも言っています。
──確かに着物とかよりは全然手に取りやすそうですね。
うちはTシャツとかも染めていて、やっぱり値段設定がちょっとお高く見えるんですけど、こういった手作りの染めの他のところと比べると、かなり安い値段だと思いますね。
──日傘も他ではそんなに見ないですね。
そうですね、結構個性的なものが多いと思います。
──持ち手のところも木でできているんですね。
日傘商品も長くやってるんですが、持ち手をずっと探してうちのものに合うものを見つけて今の形になリました。
仕立屋さん自体も相当色々探したらしくて過去結構コロッと変わって。それでやっと今の所にたどり着いたっていう話を聞きます。そのへんはうちにあった業者さん選びっていうのを先代の社長のころからずっとかなりこだわってるんやろうなって思いますね。
──本当にいろんな色がありますね。
そうですね。渋ひとつとっても結構いろんな発色方法があります。
──藍と渋を重ねたり、レパートリーがすごくありますね。
うちも渋メインといいつつやっぱ色々レパートリー増やして、お客様に楽しんでいただけるようにしてます。スカーフとかは基本的に草木でやってますね。鮮やかな色が出るので。
──グラデーションもすごいですね。
さっき水槽に浸かってたのがこれですね。最終的にはこういったものになります。
──グラデーションがすごく綺麗ですね。これもちゃんと止めるところが、跡がつかないようになっているんですね。
そうですね。ここで止めていると、ここだけ焼けてしまったり色むらになったりだとか、あとは生地同士のスレがおきてしまったりするので。
──使うときのことを考えてデザインもこだわっておられるんですね。
結構お着物と合わせて使う方とかもいるので、ヒラヒラとしているとそれだけでかわいいです。
チタンの媒染液でやると柿渋がこのようにちょっと黄色みが強く発色して、藍と重ねるとグリーンになって。柿渋ひとつとってもかなりいろんな色が出せます。
──こういう生地の加工は別のところがやってらっしゃるんですか?
のれんの仕立ては身内の方にお願いしてます。日傘なんかは仕立て屋さんに出していますね。
この和紙も染めです。今はもう新たに作ったりはしてないんですけど、昔こういったものを作っていてそれを置いています。
──他の地域と違う京都の魅力とかはありますか?
やっぱりお店が多いですよね。こういった染め物の店とかも大きいですね。
道具とかも京都のお店で仕入れてますし、ものづくりっていうものがかなり身近だなと思いますね。地元と比べて一番思うのはそこですね。
──最後の質問ですがみつる工芸さんの今後の展望を教えてください。
自分としてはやっぱりいいものを作り続ける。なおかつ今までできなかったお客様の声とか聞きつつ、よりこの渋の魅力を伝えられるような質のいいものづくりをこれからも続けたいですね。
職人interview
#74
麻と柿渋染め・草木染めのみつる工芸
工場長 田中克典
文:
鈴木はな佳(ファッションデザインコース)
鈴木穂乃佳(基礎美術コース)
撮影:
鈴木穂乃佳(基礎美術コース)
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