唯一無二を追い求める
西陣織は多品種少量生産が特徴の京都(西陣)で生産される先染(さきぞめ)の紋織物の総称であり、12種類の品種(織り方)がありますが、そのすべてを織ることができる織り屋さんはごくわずかだといいます。
──「西陣まいづる」にしかない特徴とはなんですか
「普通の一般的な織り屋さんですと主に力織機(りきしょっき:織物を自動で織る機械)が多いんですけども、弊社は手織りと力織機と両方使って織物を作っているのが特徴です。多くの織り屋さんは京都市内じゃなくて、京丹後市という日本海側のところに外注の機場(はたば)さんがあって、そこに生産を外注しているところが多い。弊社は丹後の外注の機場さんにだすこともあるんですけど、会社の向かいに自社工場があってそこでも生産をしているというところが特徴です」
── 手織りは職人さんの手で一段一段丁寧に織っていくことで、力織機は機械が自動で織り進んでくれるものですよね。その違いはどこにあるのでしょうか
「簡単にいうとデジカメの画素数でご理解いただくのがわかりやすいんですけど、力織機というのは縦糸と横糸をたくさん使えるんです。なので、画素数が非常に高い画像、織物を作ることができます。反対に手織りというのはどうしても人の手で横糸をいれますので、機械に比べると横糸が打ち込めないんですね。縦糸の本数も力織機に比べると少なくなります。なのでどちらかというと画素数が低い画像、織物ということになるんです」


「なんとなく、手織りの方が高いんじゃないかとかそういうイメージがあるかもしれないんですけど、実際はピンからキリまであるんですよ。手織りでも手頃なものもあれば、力織機で織るものでも高額なものがあります。なので、弊社ではどんな生地を作りたいかという目的によって力織機にしようか、手織りにしようか、と使い分けています」
──多くの品種を作ることができる西陣まいづるさんの技法の特徴は何でしょうか
「力織機で織っているものでもおんなじものが手織りでできる。ただ、縦糸の数と横糸の数が違うので、近づいてみたらなんかちょっと生地の風合いが違うなとかあるんですけどぱっと見同じ柄なんです。そこで、じゃあどうやって手織りの付加価値をつけるかっていう話になってきます。そうなった時にこれ手織りですって言っても、何が違うんですかって聞かれたら説明しにくいじゃないですか。ですから手織りだったら手織りでしかできないような表現を徹底的にこだわってます」

確かに、西陣まいづるさんの織物には手織りでしかできないような織り方のこだわりを感じるものがあります。例えば、織っている途中に糸が束ねてある部分を作っていたり、5ミリ程の太い糸が波のように織られていたり。
ただ手織りに限らず、力織機ではデータがあれば機械がほぼ自動で織りあげるので他社と同じものは作らないことを心がけているそうです。
織物文化の長い歴史の中で
──技法はいつからありますか
「織物というのはシルクロードを通って日本に伝わってきているところから始まるんです。794年に織物づくりが産地として確立され、京都に都が置かれたことが一つの転換期でして。御所の中に皇族の方がお住まいになられていた時、その皇族の方々に対して織物を作り、納めることが西陣という織物産地のミッションだったんです」
今でも続いている技法は大陸から伝わったものがほとんどで、柄を立体的に織りあげる”唐織(からおり)”、箔を織り込む”引箔(ひきばく)”など。その様々な組織を織りこなせることも「西陣まいづる」さんの強みです。昔から続いている技法ではありますが、着物を着る機会が減ってきている時代なので、売れるものを作るということを意識しながら生産をしているそうです。
──長い歴史の中で、変えてはいけない部分をどのように考えていますか
「やっぱり今の私たちの会社がしている織物を作るっていうことに関しては、木で言うと幹の部分が織物製造業なんですね。売れへんしやめますわみたいに簡単にやめてはいけないところがありまして、糸屋さんであったり、染屋さんであったり、その他にも関わっている職人さんがたくさんいますので、一連の生産を回すのに本当に大勢の方の助けを借りてるんです」
西陣織は分業制で、それぞれの工程に職人さんがいます。そこで木の幹である製造をやめてしまえば、根まで影響が出てしまうということ。そして、西陣織の伝統が受け継がれていく長い歴史の中で現状は「通過点でしかない。もう次どうするかを今から考えておかないといけない」と仰っていました。

「今弊社が続けられているのが、実はそこの銅像と写真に写っている私の曾祖父さんが今弊社の礎を築いてくれた人でして、曾祖父さんのおかげで今日弊社もものづくりができいるんです。私もこの会社を継いだ以上は、次の代に継ぐっていうところを大事にしたいなと思ってます。子供が『えーこんなんいやや』って言うような状態にしてしまってはいけませんので、それやったらやろうかと言う状態にしておきたいですね」
これまでとこれから
──今まで苦労してきたことや、現在苦労していることは何ですか
「やはり、和装の市場自体の縮小を心配してます。ですが日本人が全く着物を着なくなるかっていうと、そこまでは行かないですし、我々の織物づくりはお金があってもなんとかならないところがありますので、そこで生き残ることができたらまだ可能性があると考えています。もちろんそれ以外にも色んなリスクっていうのは考えておかなきゃいけないんですけどね」
大きな課題に向き合いながらも、それを前向きな力に変えていこうとする姿勢に、芯の強さを感じました。
──織物づくりは簡単には真似できないということなのでしょうか
「そうですね、我々の同業でも『まいづるのやつ売れてるし、パクって作ったら売れるんじゃないか』ってよく真似されるんですね。けれども、それで我々のものより売れてくれてたらいいんですよ。関連工程の職人さんにも仕事が回るということですからそれはそれでいいことなんですよね。我々からすると真似をされるものを作れるっていうことは、先を行っているっていう意味。真似できるもんやったら真似してみいって気持ちです。偉そうですけど(笑)」

──手仕事なので、受け継いでいくことが難しいと思うのですが、その中で気をつけていることを教えてください
「お金の話になるんですけども、食べて行けへんような業種になってしまうと絶対後継者って来ないと思うんですね。まあこんな言い方をすると帯屋さんってお金のことばっか考えてはんかなって思われちゃうかもしれないですけど、”Money is king”って言葉がまさにその通りで、お金がなかったらなんもできないわけです」
実は帯地製造業だけではなく、不動産運用や株の投資もされているそうですが、それもこれも全ては本業に集中するためだそうです。
生々しいお話しかもしれませんが、後継者を大切にしているからこその行動だと思います。
「織物を作るっていうことをずっと続けてきた以上、やっぱ簡単にやめてしまうんじゃなくて歯食いしばって続けていくことに意義があると思っています。どの時代でもいい時代で楽ばっかやったかというとそんなことないと思うんですね。ですから、曾祖父さんとかも大変な思いをして今日まで受け継いで残してきてくれたから我々も受け継いでいけるのであって、次は私たちの番だと思ってます」

──西陣織を伝えることに対してどうお考えですか
「時代の変化の中で若い世代の方とか、お子さんに認知をしてもらうことをやっていかないことには博物館に解説文付きで展示されて忘れ去られてくものになっちゃいますよね。ですから我々が今やっている商品とかサービスの中でどこまで日本人の生活の中に介在できる余地があるかとか、もっと言えば織物がいらないんだったら我々の会社の見学をとかをしてもらうようなことを海外の方や若い世代の方に提案するのも一つの方法だと思うんですよ。それが積極的にできてないところが反省点でもあり課題ですね」
西陣まいづるさんの裏には西陣中央小学校があり、年に1、2回ほど小学6年生の生徒さんが見学に来られるそうです。しかし、ほとんどのお子さんが西陣織のことを知りません。かつて京都の一大産業である織物づくりがなぜ忘れられてきているのか。それは徐々に少子高齢化や生活様式の変化によって非日常的なものになってしまったからだそうです。

「そうなっていく過程の中で、じゃあ西陣っていう織物産地は若い世代の方とか子どもさんに対してちゃんと認知をしてもらえるような取り組みや、触れてもらうことをちゃんとしてきたかっていうと、多分して来なかったと思うんですね。目の前にある商品を売ることばっかり考えて、呉服屋さんもかつては地域に絶対なくてはならない存在だったんです。そういう社会が変化していく中で担ってる社会的役割が変わってしまった部分ってのが大きいと思います」
──これから着物や西陣織に対してしていきたいことや目標は何ですか
「目標として掲げるとすると今の和装の中での帯地製造業一本だけではとてもやっていくことはできませんので、それを続けていこうと思うと今持ってるポテンシャルの中でいかにお客様にありがとうとか、得意先からおおきにって言ってもらえるようにできるかですよね。一つのカテゴリーに囚われずにやって行かないと続けていきにくいですね」
──帯の需要が変化している中で生地の使い方は重要になりますよね
「これも現実問題として市場が縮小していくわけですから、私たちも市場の縮小に合わせて売り上げが落ちていくんですね。それを『厳しいですね』と言ってるだけだったら本当にその通りにしかなりません。なので、今の生活に介在できる商品を提案していくのはすごく大事だと思いますね。バッグを作るとかそういうことはすでにやってるんですけども、それだけでは限界があるのでもっと拡大していくためにどうすべきかっていうのを頭抱えてるところです」

──京都でどんな存在であり続けたいですか
「弊社は”織物を通じて見る人装う人に感動と喜びを提供する”っていうのをミッションとして掲げてるんです。なので、一つは世の中に貢献する、役に立つこと。もう一つは若い世代の方々に業種として志してもらえるような会社になりたいですね。今、伝統産業の世界って年配の人が暗いところでされてるイメージがあるかもしれないんですけども。続けていこうと思うと、若い世代の方にも、我々の業種に『やってみようかな』って思われるような待遇がちゃんとできて、またそれが続いていく背景がないとやりにくいと思いますね」
着物業界全体と真摯に向き合い、考え続けている舞鶴さんの言葉が印象的でした。その揺るがない姿勢に触れ、繊細な輝きを生み出す織物が再び日常に戻ってくるような気がしました。
職人interview
#91
株式会社西陣まいづる
舞鶴政之
文:
片田愛星(イラストレーションコース)
撮影:
井岡玲奈(映像クリエイションコース)

