HANAO SHOES JAPAN
#05


東京|江⼾更紗|社団法⼈染の⾥おちあい

伝統的な手仕事は「日本の美」として世界に誇れる、なくしてはならないものと私たちは日々感じています。HANAO SHOES JAPANは織物・染物の伝統が多くの人の目に触れ、見る人それぞれがゆかりある地場の手仕事に興味を持つ機会となるプロジェクトです。
ここでは47都道府県全ての工房にインタビューをお願いし、ここでしか聞けないお話を聞いています。

今回は社団法⼈染の⾥おちあいの 5 代⽬、⾼市洋⼦さんにお話を伺いました。
社団法⼈染の⾥おちあい_05

かつては東京の川が作業場だった

──新宿に染⼯場があるなんて、お聞きした時は驚きました。

新宿区は地場産業として印刷業と染物業を掲げていて、今では50軒程まで少なくなっていますが、昔は300軒の染⼯場があったと⾔われています。神⽥あたりに紺屋町という街があるのですが、そこにあった染⼯場は、元々紺⾊しか染めていなかったので、染物屋=「紺屋」と呼ばれるようになりました。

その場所にほとんどの染物屋が暮らしていたんです。明治から⼤正に変わった頃に、宅地開発などが著しく進んで染物がしずらくなり、神⽥川を上った今の場所に移りました。

──地域とどのような繋がりのある染物なのですか。

川との繋がりが強いです。妙正寺(みょうしょうじ)というお寺から流れてくる妙正寺川沿いにうちは建っているんですけど、創業当初は妙正寺川で糊を落とす作業をしていました。

当時は川で作業をしている職⼈さんの隣を⼩学⽣がケンケンしながら川を渡ると「コラ、邪魔だ!」と怒られたりするような⾵景だったんです。

昭和30〜40年代は公害の問題も叫ばれ、川が汚れることで、川での糊落とし作業は段々としずらくなってきました。

今は⼯房内の⽔槽でやっています。

だから、ここが染物の町だったということが、だんだん地元の⼈たちの記憶から遠ざかってきている。最近では「染めの⼩道」というイベントを地域の⽅とボランティアスタッフが⼀緒になって開催し、ここは染物の町なんだよ! ということを広める活動を⾏っています。実際に川で糊を落とす作業はできないけど、川の上に反物を掛けて染物の町としての昔の記憶を思い出してもらう企画を進めています。

──川と⽔槽での違いはあるんですか。

川には流れるという⼒があるけれど⽔槽は平らなので、川の流れを⾃分の⼿で作らないといけなくて、かなり苦痛なんですよ。冷たい⽔の中での作業が⾮常に⼤変なんです。あと、川はやっぱり次から次へときれいな⽔が流れてくるので、⽣地が汚染されるリスクが無いんですよ。⽔槽の場合、染料が溜まって⼆次汚染が起こりうる。川だと糊を落とす作業だけで集中できるんですけどね。

ただ川は川で、布を落としてしまってそのまま流れていってしまう、問題があったみたいです(笑)。川の上の所から流れてきた布を⾒ては、「どこどこさんのだね」と(笑)。

社団法⼈染の⾥おちあい_01

⼀つひとつ、⼿で染めていく

──創業当時の主な染め⽅はどういったものがあったのでしょうか。

「型染め」といって⽂様が彫られた型紙を⽤いた染物が中⼼で、江⼾⼩紋や江⼾更紗という⽂様の染めを中⼼に⾏っていましたが、特にこれと決めてやっていたよりかは、売れるものをなんでもつくる感じだと思います。

三代⽬の⼩林⽂次郎さんという⽅が、更紗の技法を⽤いた染物でロンドンでの展⽰会を⼤成功にさせ、「二葉苑といったら江⼾更紗」と⾔われるようになりました。

──どういった⼯程か、詳しく教えてください。

僕の代になって変化してきたというのは厳密にいうと、ちょっと違うんですね。

型紙を使った⼯程は、うちの場合ですと4つあります。どの⼯程も⼿作業なんです。

1つ⽬は綺麗に染めるためにまず汚れを落とす「⽔通し」。簡単に⾔うと⽔で洗います。そうしないと⼿の脂などが付いて、脂の所だけ染料の⼊りが悪くなったりします。⽪脂って結構脂っこく、染まりがムラになることが多いので、まず洗います。

2つ目は「型紙で柄をすること」。

更紗の最大の特徴である、版を使って重ねて沢山の柄を入れていく作業です。

3つ⽬は「糊を置く(糊を全く使わない場合もある)」。

そして最後に、染めない部分を糊で覆って「引き染め」という作業があります。⼯房内に反物を宙吊りにして、⼤きなハケで⼀気に染めていくんです。⼀反を⼤体30分くらいで染めます。その後乾かして、その上から⽂様に⾊を刺していきます。更紗の場合は糊を使わず型紙を複数枚どんどん重ねて、地⾊まで染めていくというやり⽅で染めています。

──⼀つの柄をつくるのに、どのくらいの型紙を使⽤するのでしょうか。

更紗の型紙は、多いものだと300枚程使います。通常の商品ですと10~20枚ぐらいが平均です。60cm×60cm程のサイズの型紙を⽤いて⼀反を染めていくので、作業量としては結構多くなります。

社団法⼈染の⾥おちあい_02

伝統的な染め⽅を現代に置き換える

──商品を⽣み出す過程で苦労した事などありますか。

加⼯品の場合は、加⼯賃っていうものが当然かかります。企業にとっては加⼯賃は「投資」です。作ったからといってすぐ売れるわけではないですから、投資に⾒合う回収がきちんとできるかを⾒極めなければいけない。これはどのメーカーも同じだと思いますし、同じだけ難しいと思います。

例えば去年、綿や⿇の⽇傘をうちの布で20本作る取り組みをしました。加⼯賃としては20万ぐらいの投資でした。

この⽇傘は⺟の⽇に百貨店に出店するつもりで作ったんですが、ドンピシャで緊急事態宣⾔。

その結果、⼀番の商戦期を逃してしまったので現⾦回収が、1年経ってもできていない。

20本作ったんですけど売れたのは10本くらいかな。半分残って帰ってきました。これが苦労ですね(笑)。苦労が絶えないです。また、⼿染めは⼈間がやりますからミスもあります。どうやってそれを次に繋げていくか、ということをみんなで議論することが重要だと思います。なかなかそういう空気にならなかったり、責め合ったりする状況もあるんで、それを次に活かすような動きにしていくのは苦労しますね。

──職⼈さんから⾒た江⼾更紗の魅⼒や他とは違うこと、素材の特徴などはありますか。

伝統的な⽅法で染めているので、染め⽅そのものに技術があると思います。

ただ伝統のまんま売ったのでは、現代には受け⼊れられない可能性が⾼い。配⾊が少し古臭かったり。うちは、現代に置き換える作業を得意としています。

⼀つの⽂様に⽤いる20〜30枚の型紙でも、型紙全てをあえて使わずにあっさりとした染め⽅にすることによって、現代の⼈にも馴染む柄に。

逆にコッテリと染め、古典的なものをわざと極端に対⽐させることをしながら、現代的なものと古典的なもの両⽅が売れるように⼯夫もしています。

職⼈が全員40代で若いんです。なので、現代的な配⾊にどんどんチャレンジしていく。この⼆つは特徴的じゃないかなと思います。

社団法⼈染の⾥おちあい_03

その布が、命を全うするまで使って欲しい

──染物を扱うときの注意点など教えていただきたいです。

やっぱり⼿で丁寧に染めていますので、洗濯や⼿⼊れは丁寧にして欲しいなと思います。現にうちの職⼈は丁寧に扱うので、30年経っても布がそんなに古くならないですね。そして、⽇に当てないことも⼤事です。

それから⽇本⼈の⼼の中には、物を丁寧に扱ってなるべく⻑持ちさせる、エコな気持ちが根付いてると思うんです。例えば着物ならもう⼀度元に戻して⾊を染め直す。その着物を何代も着て、ボロボロになったら布団に、草履の⿐緒に、カバンにという⾵に形を変えてまた使うといった感じで。

だから作ったものはできる限り、その布が命を全うするまで使って欲しいという気持ちがあります。この⼯房でも布は⼤切にしていて、あんまり捨てないからゴミがたまらないです。

──江⼾更紗と京都との関わりはありますか。

まずインドからポルトガル船に乗ってやってきた織物が、⻑崎に定着し「⻑崎更紗」が⽣まれました。その後、⻑崎更紗は今の佐賀県で「鍋島更紗」へ。それが京都に伝わり「京更紗」へ。さらに、同時に江⼾へも伝わり「江⼾更紗」……。という⾵に順番に伝わっていきました。

京都と江⼾は⽔が違います。より軟⽔に近いのが京都で、硬⽔に近いのが江⼾。さらに⾊合いも、⾵合いも、好みも違います。

江⼾の⼈たちは割とくすんだ⾊が好きです。江⼾時代に奢侈禁⽌令(しゃしきんしれい)が出て贅沢を禁⽌されたために、⿏⾊を混ぜたりしてなんとなく⽬⽴たせないものが好まれるようになった。例えばピンク⾊は禁⽌されているけど、⿏⾊はオッケーだから⿏⾊っぽいピンク

⾊を作る、みたいなことが盛んに⾏われていたそうです。そういう影響があるので、江⼾更紗は京更紗と⽐べるとくすんでいます。


多彩な⾊で⾃分を表現してほしい

─江⼾更紗という染物をどう使って欲しいか、どういう場⾯でどんな⼈に使って欲しいのかを教えていただきたいです。

⽇常着として使いつつ、更紗というものを感じて欲しいなと思います。なので、⾊数の多さや配⾊については随分とこだわっていると思いますね。でも作ったものが売れないと困るから、濃いものとあっさりしたものを組み合わせながらやっています。

江⼾更紗の語源はインドにあって、柄⾃体もインドから渡って来ているんですね。とても配⾊が豊かで多彩なんです。⾊数も多くて、型紙の枚数だけ⾊数があります。最近は単⾊で薄い⾊が流⾏っているんですよね。草⽊染めのようなうっすらとしたような単⾊が近年の流⾏だと思います。

昔は⽣活の中でも沢⼭の⾊を⾝にまとい、楽しくなったり豊かになったり⽬を楽しませてもらえるものだったのに。最近はやっぱり⿏⾊や⽩⾊⼀⾊という⾵にほんとに⾊が薄くなっていて、柄というものがどんどんなくなっていっている。世界中で⾊が無くなっている傾向があるそうなんですよね。私たちはそこに抵抗していて、⽇常の中で多彩な⾊を使った豊かな⾃分の表現の仕⽅を提案したいんです。

⼈がそれぞれなんとなく似たようなユニセックスなものを着るのではなく、ヒョウ柄を着たり。ヒョウ柄といってもヒョウの⾊合いではなくて、ヒョウ柄の⾊合いにインドの更紗の柄が組み合わさっているような。そういう感じ、で⾊彩豊かな⽣活づくりに更紗が活かせていけたらなと思っています。

社団法⼈染の⾥おちあい_04

HANAO SHOES JAPAN
#07
社団法⼈染の⾥おちあい
⾼市洋⼦さん

文:
宮川滉清(⽂化財保存修復歴史⽂化コース)

撮影:
社団法⼈染の⾥おちあい

HANAO SHOES HP:
https://wholelovekyoto.jp/category/item/shoes/

社団法⼈染の⾥おちあい

場所:〒161-0034 東京都新宿区上落合2-3-6
TEL:03-3368-8133
HP:https://www.ochiai-san.com/

HANAO SHOES JAPAN
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東京|江⼾更紗|社団法⼈染の⾥おちあい

伝統的な手仕事は「日本の美」として世界に誇れる、なくしてはならないものと私たちは日々感じています。HANAO SHOES JAPANは織物・染物の伝統が多くの人の目に触れ、見る人それぞれがゆかりある地場の手仕事に興味を持つ機会となるプロジェクトです。
ここでは47都道府県全ての工房にインタビューをお願いし、ここでしか聞けないお話を聞いています。

今回は社団法⼈染の⾥おちあいの 5 代⽬、⾼市洋⼦さんにお話を伺いました。
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