
──小嶋商店のほうでは、継ぐきっかけになった瞬間ってあるんですか?
小嶋俊(兄):
それがないんですよねえ。
小嶋諒(弟):
冨田さんとこみたいに、ドラマみたいなかっこいいエピソードまったくなかったなあ。
小嶋俊(兄):
とにかく家がバタバタしてる時だったんで、何となく手伝っているうちに…。
小嶋諒(弟):
そうそう、知らん間になってた感じやったよなあ。
小嶋俊(兄):
ただ、自分の中で「これ」っていうのはちょっとあって。
たとえば学生の頃にバイト行ったり、いろんな仕事をやってみたりはするんですけど、結局やっぱりどれもおもしろいと思えなくなくて辞めちゃうんですよ。
冨田睦海(弟):
それ、わかる。
小嶋俊(兄):
とにかく長続きしないんです。
けど、家の手伝いはぜんぜん飽きひんし、面白いんですよね。
もちろんしんどいんですけど、不思議と苦痛やと思ったことなかったんです。
小嶋諒(弟):
さっき珠雲さんがおっしゃってた「できる」というのと感覚的に近いかもですね。
小嶋俊(兄):
やっぱりそういうのって血なんですかね。
冨田珠雲(兄):
まったくイチからの子が「弟子にしてください!」って来るじゃないですか?
で、ちょっとやらせてみたら、ぼくらが当たり前に知ってることをまったく知らないんですよ。
小嶋諒(弟):
やっぱりそうですよね?
冨田睦海(弟):
なので、もうスタートラインが違う。
ぼくらってもうだいぶ前から知らん間にスタート切ってるんですよね。
小嶋俊(兄):
たとえば道具の持ちかた、とかね。
冨田睦海(弟):
そう!やっぱり?
小嶋俊(兄):
ああ親父こうしとったなあとか、次にはこういうことすんねんなとか、職人さんカミソリとかこう持ってはったなあとかね。
小嶋諒(弟):
あと、道具を持った瞬間とかも。
持ちかたの説明とかも聞かずにパッと道具とか適当に持ってみたときに「あれっ?」て違和感を感じて、それで隣でやってはる職人さんの持ちかた見たらやっぱり間違ってた、みたいなことも結構ありました。
冨田珠雲(兄):
初めて使うはずやのに「あれ?」って不自然さに気づけるんですよね。
小嶋俊(兄):
やっぱり自然に目にしてるから、持ちかたとか次になにしたらいいか、というのがわかってるし、結果的に飲み込みも早いんですよね。

──それはやっぱり「家業」ということの強みなんでしょうか?
小嶋俊(兄):
それはもう完全にその通りやと思います。
冨田珠雲(兄):
だからというわけじゃないんですけど、いまぼくが実践してることがあって、新しいお弟子さんに来てもらう時には必ず「住み込み」にしてるんです。
小嶋俊(兄):
ええ!ああ、そうしたはるんですか?
小嶋諒(弟):
それはすごいですねえ。
冨田珠雲(兄):
やっぱり生活を共にするとね、本気の子と本気じゃない子っていうのがね、すぐわかるんです。
冨田睦海(弟):
これはもう一目瞭然です。
冨田珠雲(兄):
本気でやりたい子は住み込みでもやります。
それはまず職人の生活リズムを知ってもらうというのがありますよね。
9時から5時でというサラリーマンのリズムとは違いますから。
ほとんどが職人の生活リズムなんか知らずに育ってますので、まずもうそこについていけなくて辞めちゃう子が多い。
でも中途半端にいてもらうよりは、そのほうがお互いええかなと。
小嶋俊(兄):
スポーツの強い高校でも、まず走らせまくってふるい落とすみたいなんありますよね。

冨田珠雲(兄):
まあ住み込みいうてもひとりワンルーム与えてるんですけどね。
小嶋諒(弟):
それ、めっちゃ贅沢な住み込みじゃないですか(笑)。
冨田珠雲(兄):
ただその代わり、そのマンションが工房の横にあって隣に僕が住んでるという地獄がオマケでついてます(笑)。
小嶋俊(兄):
怖っ!
冨田珠雲(兄):
なので、ある子がその日お休みでも他の人らは皆さん働いてはるんで「すんません、ちょっと遊びに行かせてもらいます」っていう感じになりますよね。
でも、その気持ちがあるのとないのとではだいぶ違うんですよ。
小嶋諒(弟):
ああ、めっちゃわかります。

冨田珠雲(兄):
やっぱりぼくらは親が師匠なんで、仕事も生活も一緒でしょ?
だから最初にまず言葉遣いから直されました。
師匠には敬語を使え、と。
小嶋俊(兄):
お父さんに敬語で話せ、ということですか?
冨田睦海(弟):
そうそう。
冨田珠雲(兄):
朝はお茶出せ、新聞はココに置け、外に水が撒いてない、ちゃんと掃けてない、いちいちそういうことを言われるようになった。
そうやって生活の規範を教わるのと同時に仕事の基礎を教わったんです。
でも自分の中であのころが一番勉強になったんかなって思いがある。
だから家業じゃなく、美術大学とかから来た子らにも、それと近い経験してもらおうと思ってね。
冨田睦海(弟):
だからおもしろい話があって、ぼくら先に仕事場にいるでしょ?
で、親父が仕事場に向かって路地を歩いてくる足音が聞こえるんです。
その歩く足音だけで、今日の機嫌がだんだんわかるようになってきます(爆笑)。
冨田珠雲(兄):
なんかチラチラ、チェックしながら親父歩いとるぞ!っていうのが足音でわかるんですよ(笑)。

冨田睦海(弟):
あ、やばい!親父、今日機嫌悪いぞ!って(笑)。
でも、そういうことなんちゃうかなあって、いまは思うんですよね。
親父は逆にそれを徹底してたんやなあって。
自分が教える立場になったときに気づかされましたね。
冨田珠雲(兄):
やり出した時に最初はまだ子どもとして見てくれてたと思うんです。
だからこっちもなあなあのタメ語で話すじゃないですか。
「ちょ、親父ここ教えてーなあ」みたいなね。
小嶋俊(兄):
それがふつうの親子の会話ですよね?
冨田睦海(弟):
そうそう。
冨田珠雲(兄):
でもある時にね、気づくんです。
ぼくがいちばん早かったと思うんですけど、父親に敬語を使い始める。
「教えてーなあ」じゃなく「教えてください」と。
そこで親父の目がキラッと光るんです。
「おう、お前わかってきたやないか」ってね。
(一同爆笑)
冨田珠雲(兄):
そのへんからちょっと認めてもらえた感じでした。
まず刃物をちゃんと砥げ。
刃物を砥ぐには砥石を真っ平らにせなあかん。
とりあえず砥石を真っ平らにせえと。
まあ雑用ですけど、作業をやらしてもらえるようになった。

──小嶋さんとこはいかがでした?
小嶋俊(兄):
うちはまったくの真逆でしたね。
冨田睦海(弟):
ああ、そうなんや?
小嶋俊(兄):
いまでもわりとタメ口というか、ふつうに親父と息子の距離感のまんまで話してますね。
小嶋諒(弟):
たぶんですけど、おじいちゃんは昔カタギで「なんでも見て覚えろ」というタイプやったんですけど、親父はそういう教えてもらえなかったことが不満やったらしいんです。
あと、とにかく早く一人前にしたかったと。
なので、ぼくらにはなるべく具体的に教えてくれましたし、あんまり師匠と弟子という感じではなく垣根は低いですね。
小嶋俊(兄):
めちゃくちゃ低い。
なんでも聞けってよう言われました。
もちろん職人なんで「見て覚えろ」という面もあったし「コツは自分で会得しなさい」と言われますけど、わからんことはとにかく細かくきっちり教えてくれましたね。



小嶋諒(弟):
あと「お前らのやりたいようにやれ」というのはよく言ってますね。
小嶋俊(兄):
そうそう。
だからぼくら自身も親父に教えられたことそのままをやってるわけではないんです。
でも技術的なことについてはひとつひとつ指導してくれるし、作業については厳しい人ですけど、敬語を使えとかそう言うのはなかったなあ。
冨田珠雲(兄):
「オマエら勘当じゃあ!」みたいなのなかったですか?
小嶋俊(兄):
それは何回もあります!
(一同爆笑)
小嶋俊(兄):
「もうオマエみたいなモンいらん!出ていけ!」って何回も言われました。
小嶋諒(弟):
ぼくはなかったで(笑)
冨田珠雲(兄):
ここやり始めたんも、二十歳で親父に放り出されてるんですよ。
小嶋俊(兄):
あ、そうなんですか?
冨田睦海(弟):
「もうオマエら一人で住め。一人で家賃払って生活せえ」と。
冨田珠雲(兄):
それで親父とは別々に住んでるんで、親父から「工房は朝8時半スタートやからオマエら先に来て仕事の準備しとけ」とか言われるんです。
でも親父はたいてい9時半ごろにならないと来ないんで、こっちもまあ9時ごろまでにいてたらええかなと思うじゃないですか?
そうしたら急に8時半に来たりするんですよ。
冨田睦海(弟):
もうそれはそれは、地獄が待っています(笑)
冨田珠雲(兄):
「帰れ!」「何しにきたんや!」と鬼の形相。
こっちも「いやなにしにって仕事やけど」って言うんですけど「もうそんなんいらん」と取り合ってくれない。
もう、なんて意地が悪いんやと思いましたけど、親父はそういう感じでいわゆる昔の職人さんでしたね。
温新知故
#04
小嶋商店×冨田工藝
文:
松島直哉
撮影:
福森クニヒロ
小嶋商店 HP:
http://kojima-shouten.jp/
冨田工藝 HP:
http://www.tomita-k.jp/
いわゆる「古きを訪ね新しきを知る」という視点からではなく、むしろその逆、新しいものの向こう側にこそ垣間見えてくる京都の先人たちの、技や知恵。
この対談シリーズでは、若い職人さんやアーティスト伝統文化の世界ではない人からの視点も交えた異色の対談集というかたちで京都の伝統文化に新しい光を当ててみたい。