温新知故
#19


ポップスの未来と、未来の伝統音楽。

京都のアートやクリエイティブ活動の最新事情を訪ねてみると、その奥には必ず伝統という財産が豊かに広がっていたりする。
いわゆる「古きを訪ね新しきを知る」という視点からではなく、むしろその逆、新しいものの向こう側にこそ垣間見えてくる京都の先人たちの、技や知恵。

この対談シリーズでは、若い職人さんやアーティスト伝統文化の世界ではない人からの視点も交えた異色の対談集というかたちで京都の伝統文化に新しい光を当ててみたい。

──CDのパッケージング作業が手作業だったというのは、なかなかの衝撃だったのですが、それも含めて手作業というもの、手ざわりというものが社会から失われている。
伝統工芸の世界なんかもそうですよね。
機械で画一的に作るものばかりになっていて、それはそれでもちろん便利なんですけど、それだけでいいのかという思いもあります。
これについてはおふたりどう思われていますか?

岸田繁
それはやっぱり便利なほうがいいとは思うんですよね。
でも、本気で守るとしたらもう法規制するしかないですからね。
誰が決めたか知らないけど、階段が危ないから段差は均一でないといかんとか。
逆にガタガタに作っといたほうがみんなが気をつけるから事故減るかもわからないですよね。
古いものを守るっていうのは、ほんまもんにふれる機会とかを法的にとかでも
強制的に作っていかないとムリなんとちゃいますか。

野中智史
そのレベルなんですよね。
むかしは作らんでもわかってたし、そういう世話焼きがいたし、身近にあったし。

岸田繁
便利なほうが良いからって便利なほうに進んできて、その便利をちゃんと受け取れているかっていうたら、その渦中にいるとわからないと思うんです。
むしろ不便になってることだって、いっぱいあると思うんですね。

野中智史
ありますよね。

岸田繁
伝統工芸とかも「すごいんです」とか「貴重なんです」とかいうだけやなくて、実際にふれてもらう機会を作っていくほうがいいと思うんです。
そうしたらそのうちに、もしかしたら「金出そう」って人も出てくるかもしれません。

──デジタルレコーディングと生楽器・生演奏なんかについてもいえると思うんですけど、便利は便利でこれは進歩なんで、それはそれで必要なこと。
でもそれで逆に不便になってる部分っていうのはたしかにありますね。
いままでは「反応」みたいなところで自然に身体が微調整していたことなんかもぜんぶ数値化して、ボタンひとつでできちゃうので、自分の子どもを見ていても「こいつら大丈夫かなあ」って不安になります。

岸田繁
さっき松島さんもおっしゃってたみたいに視覚情報に頼りすぎっていうことの象徴がスマホだと思うんですよね。
ぼくらがテレビばっかり見てた時代でも、見てる時間ってもっと短かったはずですし。
そう考えると視覚に偏っているっていう実感はありますね。

──そうなんですよね。右脳回路しか使ってないので、アナログ的な補正ができない。

岸田繁
なんかそういう感じありますね。
物騒な話ですけど、流行病とかが流行った時にそういう補正がダーって一気にかかったりとかするんかもしれないですね。
他とえば自閉症の子どもは頭をよく叩いたりぶつけたりするっていう話をなんかのテレビで見ましたけど、つまりそれをすることによって脳みそ自体の動きのバランスを取ってるらしいんです。
貧乏揺すりとか、あくびとかもそうなんかもしれないですね。
ものすごく便利なものが出てきた時って、身体機能がいくつか失われるように思うんですよ。
冷蔵庫が普及したときとかね。
なんかそういう感じがするので、フィジカルな動きでバランスを取り戻さなあかんなあと思います。

──そこはやっぱり難しいところなんですよね。
とくにこれからの時代は、伝統文化のみならずいろんな局面でフィジカルな部分やアナログなものは失われつつあって、その流れ自体は変えられないと思います。
だからこそ、小嶋商店さんも新しいアートプロジェクトとコラボしていたりしますけど、野中さん、もしくはこの三味線職人の世界で生きている人たちが、今後生き残っていくために必要なことってなんだと思いますか?

野中智史
まだその答えは出てないですね。
でも、いま作ってる当事者たちがまず他人を頼る前にきちんと情報発信をしていかないとしゃぁないよねっていう話はよくしています。

岸田繁
そこは本当にそうですよね。

野中智史
ええ。いまでもこうやって手仕事で三味線を作ってる人がいるとは思ってなかった、という人が多いと思うんですね。

岸田繁
ああ、たしかに。そこからですよね。

野中智史
はい。みなさんそこから知らないんです。
むかしはぼくも宣伝とか企画とか、あーでもないこーでもないっていろいろ考えてやってみたんですけど、いまはシンプルにとにかく「ここに三味線屋がいます」って言うようにしてます。
そうしたらどこかからお仕事の話を持ってきてくれはるんです。
だから業界としてこうやったら良い方向に行くっていうのはもちろん思うところはあるんですけど、まだいまは伝統産業がどうのこうのとかそういう次元ではなく、野中智史という三味線屋の存在を世間様に知らしめるところからでええかなと思ってます。

──前回の対談で登場された小嶋商店のおふたりも同じことをおっしゃってました。ここで、こういうことをやってる人がいるってことをまず知ってもらうことがスタートなんだと。

岸田繁
SNSなんかも活用されていますか?

野中智史
はい、それはしてます。
それが上手いこといってるのかはわからないですけどね。
どっちかっていうと、むかしは職人の世界というのは、人とコミュニケーションすることより、ひとつの技術を磨き上げることに専念していった人たちのフィールドだったんですけど、いまは営業的というか前に出て、顔も名前も出していかんとダメですね。

岸田繁
野中さんはそういうのはお好きなんですか?

野中智史
飲むのは大好きなので(笑)。
あと、どの伝統産業にもいえるんですけど問屋さんが崩壊してるのでね。
むかしは問屋さんに縛られてる反面、守られてる部分も大きかったんです。
ぼくらが頼る問屋さんがいまは力がないので、問屋さんがむかしみたいにリーダーシップも取れへんってところもでかいですね。

岸田繁
産業構造も変わってきてますもんね。

野中智史
それが大きいですね。
ぼくらのところでも三味線は小規模産地で問屋さんが存在しないくらいなので。

岸田繁
個人でやられて、自分でPRをして。

野中智史
そうなりますね。
いまのところそういう自分の行動で成果を得てるので。
まあこの先また変えるかも知れないですけど。

岸田繁
難しいですよね。

──いまの時代、職人になりたい人も減っています。業界的な部分で後継者問題もあったりするんですか?

野中智史
それはもちろんありますね。
とくにぼくみたいに「同じ寸法・同じ形」でしか作らへん分野やとおもしろみがないですからね。
まだ陶器の成形やら絵付け、蒔絵の絵付けなんかには成り手がいてるんですけど、ウチみたいにビシッと寸法通り作ってツナギをピシャッと合わせて「フフ」って笑ってるようなタイプの仕事は
あんまり人気ないです(笑)

岸田繁
本当の職人ですね。

野中智史
こないだも芸大の人が見学に来て「毎日おんなじような三味線ばっかり作ってて飽きないですか?」って質問されて「まぁ飽きはしないですね」って苦笑しました。

岸田繁
なかなか直球の質問ですね(笑)。

野中智史
そもそも「飽きる」ということを考えたことがなかったくらいで。いつも同じではないですしね。
けど、芸術やりたい子からしたら創作性も感じられないし、同じ寸法で切って、同じ寸法であげて、はめ込んで、なにがどうオモロいの?と思うんでしょうね。
でもじつは形ができて完成じゃないんですよ。
完成というのは音を出してみてからなんです。

岸田繁
あぁそうか。楽器って形を作って完成じゃないですよね。

野中智史
はい。音出してみて、実際に使っていただいて完成なんですね。
お客さんの思う音があるので、その通りになって初めて出来上がりなんです。

岸田繁
それはめっちゃわかります。

野中智史
そのぶんお客さんは演奏家さんで玄人のお客さんが多くなります。
なので、まだほかの伝統産業みたいに数作って安く売るとか、パッケージをキレイにして、っていう部分はあまり考えなくてもいいです。
お客さんがほぼほぼ玄人さんなので、良い仕事さえしておけば、そのぶん高く評価してくれるジャンルであるので、まだ助かってますね。

岸田繁
良い音が鳴る、つまり良い仕事してるっていうことがわかってもらえるお客さんなので、お仕事に専念できる部分があるんですね。

野中智史
そこが楽器づくりっていうジャンルのありがたいところです。
お客さんも紅木が一番ええもんって言われてますけど、これに代わる木が出てきて良い音鳴るっていうなら、そっちで良いよって言ってくれはるんで。
確かに伝統技術と技法は使ってますけど、楽器っていう部分では新しくなっても、良い音が出るものができればお客さんが受け入れてくれはる。

岸田繁
伝統産業でも、見せ方とかデザインがいまっぽくわかってもらいやすくないとダメっていうことで
苦労されているところもありますが、そういう苦労はしなくてもいいということですよね。

野中智史
いまのところは、ですけどね。
伝統芸能の世界は感覚がひとつふたつ古くて、いまでもカセットテープが最強みたいな世界なので(笑)

岸田繁
それはまだ救われる部分ですね。

野中智史
そうですね。
でもその世代も交代していくので、それはこの先の様子見て考えなあかんですよね。
直面していないだけに予想しにくい部分もあって。

岸田繁
それは玄人のお師匠さん自体が減っていくということですか?

野中智史
そうですね。こだわる人は原木から見に来はるので。
原木叩いて「これ削ったら硬そうやな」とか(笑)。
こりゃ下手打たれへん。
でもそれが逆に怖さでもあると同時に、ものづくりの楽しい部分でもありますよね。



温新知故
#19
野中智史×岸田繁

文:
松島直哉

撮影:
平居 紗季

岸田繁オフィシャルサイト
https://shigerukishida.com

くるりオフィシャルサイト
http://www.quruli.net

温新知故
#19


ポップスの未来と、未来の伝統音楽。

京都のアートやクリエイティブ活動の最新事情を訪ねてみると、その奥には必ず伝統という財産が豊かに広がっていたりする。
いわゆる「古きを訪ね新しきを知る」という視点からではなく、むしろその逆、新しいものの向こう側にこそ垣間見えてくる京都の先人たちの、技や知恵。

この対談シリーズでは、若い職人さんやアーティスト伝統文化の世界ではない人からの視点も交えた異色の対談集というかたちで京都の伝統文化に新しい光を当ててみたい。