持ち味を生かす料理はいくら食べても飽きない
三条大橋から東山の方へズンズン歩くと、小さな白い看板が現れます。出張懐石の専門店、辻留さんです。
玄関に入ると、料理人が「どうぞ〜、どうぞお上がりください」とはっきりした声で案内してくれました。京都店主人・平晴彦さんが堀炬燵に入って準備万端。懐石とは疎遠な僕のために(あるいは読者のために)まずは懐石って何かを教えてもらいます。
「お茶会のための料理です。茶の湯にはムダなものがなく、華美でもない。だから料理もそのように素材の持ち味を生かす料理ということになります」。あれこれ手を加えるとおいしくなると錯覚している料理人が多い中、平さんは「そういうものは長生きはしないものです。持ち味を生かす料理はいくら食べても飽きない」と、例として菜っぱとおあげの炊いたのを挙げました。
茶事・茶会では、空腹よりある程度お腹に入っていた方がお茶をおいしくいただけるため、懐石の量は少なめ。だからこそしっかり味わいたくもなるし、一つひとつの印象が自分の中に残ります。
とか書きましたが、僕はお茶事で懐石を食べたことがありません。でも懐石と名の付くものは何度か食べたことがあります。温泉旅館やホテルのレストラン、他にもたくさんのものに懐石の名が付いていて混乱しませんか。お茶と関係ないじゃないかというわけで、それらと区別するために、本式が「茶懐石」と呼ばれることもあります。これは利休さんにすれば不本意でしょう。せっかくのシンプルな名に、余計なものを付けることになるとは。
裏千家の台所
さて、辻留は言うなれば裏千家の台所です。「お家元の台所で育ててもらったという思いが強い」。長く続く理由は一つ、裏千家のための料理を作ってきたこと。しかし、これは幸運といった言葉だけで片付けられるものではありません。「お家元のお考えを汲みとって、献立を持っていく」ことを代々続けて、その都度期待に応えてきた、長い歴史の積み重ね。それは生半可なことではないはずです。
だいたい人は自分の色を出すために変えたくなるものだし(新監督は必ず何かを変える)、オーディエンスもそういうニュースを喜びます。にも関わらず、初釜など裏千家の大事なお茶会は、辻留が腕をふるい続けているのです。
当然、素材も最高のものを使います。「悪い素材を美味しくすることは神様にだってできない」ので、取引先が悪いものを持ってきた場合はすぐに返します。欲しいものがなければ、「探して」と。僕は材料の良し悪しを見分けられない者ですが、それは「毎日触ったり食べたりしていると少しずつ分かってくるものです」。
また、辻留の中心は裏千家なので、どなたでも来ることができるお店を出すことはせず、裏方に徹しています。そう、辻留の暖簾は店先ではなく、玄関を入って土間と調理場の間に掛かっています。だから一般の人が飲食店と誤解することもありません。
平さんは青森で育ち、NHKの番組に出ていた2代目・辻嘉一さんを見て「こんな世界もあるのか」とツテを頼って面接を受けました。
何事もせっかちだった嘉一さんに「お前、明日から来い」と言われ、慌てて準備して青森から上京しました。包丁の握り方も分からないところから、洗い物やゴミ出しの雑務を1年程、その後先輩に教えてもらいながら、まかないを作るようになり2、3年と、懐石修行の道を歩きます。八寸場(はっすんば)と呼ばれる盛り付け役、火を使う仕事、煮方(にかた)、向こう板(板前)と順々にできる仕事が増えていきます。
辻留の料理人になるための、この順序とペースは今も変わっていません。話はそれますが、どうやったら辻留に入れますか、料理のこと何もできなくてもいいですかと聞いてみました。平さんは「調理師学校で勉強してから来るよりも、そのまま来てくれる方が料理屋も助かる。変な癖が付いてなくて真っ白の方がしみ込みやすいからね」とおっしゃいました。採用方法は面接のみです。
馴染みができるのが大切
そして嘉一さんの号令で京都の辻留をあずかることになり、さらに嘉一さんのすすめで、娘さんの嘉代子さんと結婚と相成りました。
京都では「老舗の旦那は仕事せんと遊んでて、おかみさんが働き者」というようなことをよく聞きますが、嘉代子さんの働きも辻留の大きな支えになりました。「調理場ではなかなか直接お客さんに会えないので、嘉代子が(お茶会の)お客さんと馴染みになる役でした。お馴染みができるというのが大切なんです。それは大きかったですよ」。
馴染みから馴染みへ仕事が依頼されるのはいつの時代も変わらない。お家元のお茶会で会った方から仕出しを頼まれることがつながって続いて、今の京都の辻留がある。
「私が京都に来た頃は、暇な店やったんですよ」。平さん夫妻が繁盛させたのです。
お茶会がなければ、どなたからの依頼でも仕出し料理をやってくれるので、僕が頼んでも来てくれますかと聞くと「ご予算さえ合えば」と。それはいくらくらいなのかなと帰り道に思いました。
一緒に来ていた淡交社の編集者に聞いてみると「1人3万円くらいからでしょうかね」と推測。こういうアホな会話がまたいいですね。辻留さんになんでもない日に家に来て料理してもらう贅沢、やってみたいなあ。
懐石 辻留
明治35年(1902年)創業
懐石料理の名門といわれる「辻留」。初代辻留次郎が、裏千家の十三世家元・圓能斎宗室から茶懐石について学んだことが辻留の始まり。お茶席などに料理人が出向いて懐石料理を作ります。120年続く、京都の老舗の懐石料理屋さんです。
住所:〒605-0005 京都市東山区三条大橋東三町目16
営業時間:9時00分~18時00分
電話番号:075-771-1718
アクセス:三条京阪駅から徒歩3分
HP:http://www.tsujitome.com/
「一〇〇年生き抜く 京都の老舗」
100年以上続く、京都の老舗35店を訪ね歩いた市内冒険的著書。
KYOTO T5センター長であり、デザイナーの酒井洋輔がインタビュー、文、写真、デザインと全て一人で行ったもの。
日本一の観光都市である京都は、観光スポットがありすぎて、それらを回るだけで数週間かかるほど。
しかし、京都の京都らしさを作っているのは本当にそのような観光スポットでしょうか。
100年以上続いているということは、住む人に愛されている証であり、確実に京都を形づくる要素と言えます。
「秘密の街・京都」の秘密、京都らしさのソースを知ることになる一冊。
新しいガイドブックの形です。
一〇〇年生き抜く 京都の老舗
#04
辻留
文・写真:
酒井洋輔