一〇〇年生き抜く 京都の老舗
#05


千枚漬|村上重本店


千枚漬しか作っていなかった

四条河原町の交差点から高瀬川沿いの小道を入ると、丸に十ののれん、玄関先には花政の花が目印。京つけものの老舗、通称〝まるじゅう〞こと村上重さんのお目見え
です。

名物は千枚漬(せんまいづけ)。京都の漬物屋はどこも千枚漬を作っていますが、村上重のそれはひと味違います。まずそもそも、少し前までは千枚漬しか作っていなかったと書けば、ああこれは只者ではないとお分かりいただけるかと思います。漬物ジェネラリストではなかったわけです。

千枚漬は聖護院かぶらがないと作れないので、11月から2月の寒い時期のもの。看板娘のお上さんによると「私が来た頃、夏の店内は閑散として、誰もいませんでした。その代わり冬は大忙し」と言いますから、なんとメリハリの効いた商売だったのかが想像できます。

では千枚漬を開発したのが村上重かと言うと、そうではありません。京都の大藤さんが発祥と伝えられています。ですから、あくまで「うちはうちなりの」千枚漬という謙虚な態度が村上重です。謙虚、ですが、誇りがあります。

創業より大切にされていることは「うちの味をお客さんにお届けしたいという気持ち。うちの味を崩さない」ことです。「あんたとこの辛いからいらん」と言われても「ああでは少し甘くしたほうがいいのかな」と迷ったりはしません。うちなりの味に誇りとプライドがあるから「変えない」ことができる。付き合う男によって服装を変える女ではないということ。


毎日の昼ご飯に品質チェック

変えないための日々をご紹介。まず、毎日のお昼ご飯には皆その日の漬物を食べます。それが品質審査となっており、ちょっとでも文句があれば、すぐに番頭さんのところへ伝わる仕組み。こうして文字にすると普通のことみたいに感じます。でも毎日食べるって、そんなことしてる所は多くないでしょう。原始的で理にかなった品質管理法です。

それから、量り売りも続けています。昔から通っているお客さんは「はかって」とおっしゃるそうです。樽から一枚二枚三枚と取り出して、はかって、昆布に包んでお渡しする。その一連の動きや、やり取りが目に焼きついて、食卓での美味しさを後押しするのでしょうか。当然、作り方も昔と変わらず塩と昆布と聖護院かぶらと樽のみです。余計なものは一切入れません。

8代目・村上亮平さんは、現在は引退された大番頭と10年間共に過ごし、毎朝市場に仕入れに行くことから、樽に漬けること、泡で発酵具合を見ることなど全て仕込まれました。そしてその大番頭を仕込んだのは、千枚漬のシーズンだけ福井や広島などからやってくる出稼ぎの職人でした。

話は逸れてしまいますが、お抱えの千枚漬職人が遠方から毎シーズン集まってくるという話は、たまらなく素敵に感じます。今は労働基準法などもあって「出稼ぎ」自体がほぼ消えましたが、シーズンになると集まり、終わると解散する、そんな人間関係や働き方をうらやましく感じるのは僕だけでしょうか。「その働き方いいなあ」と言うと「じゃあ一回来てみます?寒いですよ」とお上さん。いや僕は千枚漬を作ってみたいわけではないのです。

このお上が店の空気を変えずに守っています。この方の佇まいを言葉にするのは難しいですが、美人で愛嬌がありよく笑う。これでは何も伝わりませんね。でも、この人が村上重の〝看板娘〞です。間違いありません。


つらいつらいが楽しい

やっぱり漬物作りの労働環境はキツイみたいです。千枚漬の季節は何より寒い。それに加えて温度を下げる効果がある塩だらけ。塩撒いて、水撒いてるみたいなもんです。その場で温かいのは人だけなので、人から湯気が出るそうです。

最近は、冬でも暖かい日があったり、かぶらや昆布の品質が落ちたり、周辺環境が変わったため、「変えないこと」がとても難しくなっています。思う味になかなかたどり着かなくて、「つらいつらいと言いながら」しかし「それが楽しいんでしょうね」と亮平さんは言います。約1時間半、千枚漬の物語に浸りました。さすがにまるじゅうさんのそれを食べたくなります。とはいえ、村上重の千枚漬は冬だけのお楽しみ。寒くなった時期の京都の楽しみがまた一つできました。


村上重本店

天保3年(1832年)創業

150年以上続く、千枚漬けで有名な「村上重本店」。千枚漬け以外にも、季節の旬の野菜を使った京つけものも魅力的。江戸時代天保年間の時に、初代・村上重右衛門が味噌・醤油・漬物業を営んでおり、薩摩の殿様にお召しあがりいただいたところ、漬物の味に感心され、紋の使用を許されたという逸話が残されている。千枚漬けの製造期間は毎年11月から2月末頃までなので、お見逃しなく。

住所:〒600-8019 京都市下京区西木屋町四条下る船頭町190
営業時間:9時00分~19時00分(土・日・祝日は19時30分まで)
電話番号:075-351-1737
アクセス:阪急 京都河原町駅から徒歩1分
HP:https://www.murakamijyuhonten.co.jp/


淡交社 208ページ・1800円+税

「一〇〇年生き抜く 京都の老舗」

100年以上続く、京都の老舗35店を訪ね歩いた市内冒険的著書。
KYOTO T5センター長であり、デザイナーの酒井洋輔がインタビュー、文、写真、デザインと全て一人で行ったもの。
日本一の観光都市である京都は、観光スポットがありすぎて、それらを回るだけで数週間かかるほど。
しかし、京都の京都らしさを作っているのは本当にそのような観光スポットでしょうか。
100年以上続いているということは、住む人に愛されている証であり、確実に京都を形づくる要素と言えます。
「秘密の街・京都」の秘密、京都らしさのソースを知ることになる一冊。
新しいガイドブックの形です。


一〇〇年生き抜く 京都の老舗
#05
村上重本店

文・写真:
酒井洋輔

一〇〇年生き抜く 京都の老舗
#05


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