一〇〇年生き抜く 京都の老舗
#12


乾物|松島屋本店


修行はいいことも学んでくるが、悪いことも学んでくる

姉小路通を歩く際、くんくん出汁の香りを感じたら、松島屋本店です。主に鰹節、昆布などこだわり抜いた乾物を料理屋さんへ卸す商いなので、店先に商売っ気はありませんが、声をかければ小売もしてもらえます。さらに運よくご主人に会えたら、安心感に包まれるはずです。長年鰹節を磨いてきたからでしょうか、肌もピカピカ。

松島屋さんでは、名前は襲名制。長男が生まれたら平一と名付けられることが決まっています。そしてゆくゆくは「松島屋平兵衛」を襲名する運命。平一は小さい時から〝松島屋の商いに責任を持つんだぞ〞と意識させられ、育てられます。

現当主、9代目・平一さんも、中学卒業からここで仕事をしています。どこか別のお店で「修行」という選択肢もあったはずですが、8代目は「修行はいいことも学んでくるが、悪いことも学んでくる」と考え、自分の元で一から教えることにします。英才教育なのか洗脳なのか、判断しかねますが、しかし〝自分だったら〞と考えてみたい。きっと〝かわいい子には旅をさせろ〞という言葉を鵜呑みにして、安易に修行に出すことを選びそうです。みんなそうしてるしウチもそうしようか、くらいの気持ち。なのでそうしないという決断は相当に深い考えがあったのではないか。これは「自分の子」という意識ではなく、「真剣商売の松島屋の子」という風に息子を見ているからかもしれません。

それは9代目・平一さんの生き方にも通じていて、話の節々から「自分」より先に、松島屋の当主の意識を感じる。8代目の英才教育は見事に結果を出したなと僕は思います。

9代目は亡くなった父について「真心で接してくれた」「唯一の人間として信頼してくれた」と話します。そんな言葉、出ないでしょう普通。

今振り返ってみても、父の示す方向性は全て正しかったそうですが、30代後半、一度だけ「父の凄味に対して突っ掛かっていく」ことがありました。当時のスタッフの親しい感じや和気藹々とした雰囲気自体は悪いことではありませんが、そこに「もっとええもんを」という創造性を感じなかった平一さんは、無数の思いつきを試していきました。

荒本節の黒い燻をきれいに取り除くために、なんと自動車工場に持参し、蒸気の洗浄機で削れないか試したり、削りたてをとにかく短時間でお客さんに届ける工夫を試したり、乾物のクオリティに対するアップデイトを提案。しかし新しいことに対する風当たりはきつく、四面楚歌で辛かったそうです。「最終的には父にも認めてもらえて、その時は嬉しかったですよ」。


太陽とか風の仕事をもっと大事にする時代がくる

昔はどの家庭でも当たり前に鰹節と昆布があって、毎日の料理に使っていました。いわば生活の空気。今ではそんなことはなかなか。鰹節を家で削るのなんかみたことありません。僕の家も誠に残念なことにパックで出汁をとっています。いつの間にか少しずつ、当たり前が消えた。だから手間をかけて昆布や鰹節から出汁をとる日本料理は「高級」になっていったのではと思います。

乾物は、太陽だったり、風、潮風の仕事によって熟成するたいへん面白いジャンルです。これについて平一さんは、もう永遠に話を続けられますし、そのどれもが面白く熱っぽいのです。僕の抱いた印象、たぶんその辺の料理人より、平一さんの方がうまい出汁を取るだろう(本人は絶対そんなこと言わないけれど)。ぜひ、ワークショップをしていただきたい。なので「これまでに、これぞうまい出汁の芸術、というようなお料理を食べたことありますか」と聞いてみました。「それが夢かもわからないです。そのためにも今よりもっとええもんをと思います。皆さん、本式の日本料理は一生にそう何度も食べられないでしょう、その時に『こりゃ美味しかった!』って感じてもらいたい。その一助になりたいと思います」。

「南は鹿児島から鰹、北前船で北からの昆布、それが京都大阪にやってきて合わさります。昔から昆布は女性、鰹節は男性に例えられてきました。北の昆布はアルカリ性で、南の鰹節は酸性。合わさって、相性良ければ素晴らしい出汁が出る。時々失敗して白く濁ったりもする。まさに男女という感じ。美味しい出汁はすーっと消えた名残までおいしいと言うんですかね……」。

話だけで、口の中に唾が出てきて困ります。そうすると、自分はああ日本人だなぁと思います。日本人の誇りは、だしパックなぞには詰まっておりません。それは温もりや知恵のように形がないものだから、人から人に目を合わせて呼吸を合わせて、伝えていくしかないもの。


時代がそうなら、越えていかななりません

最近は、衛生管理などで昔はなかった様々な附帯経費が増え、温暖化による漁獲高の低下などネガティブな要因も次々と松島屋を攻めてきます。しかし平一さんは「時代がそうなら、越えていかななりません」ときっぱり。

背丈が小さく、ご高齢、物腰優しいにも関わらず、凄みを感じました。本当に。

最後に僕が言いたいこと、平一さんの言葉は借り物の言葉でないです。全て自分の言葉。

それは高い教養が成せることだと思いました。経営だけでなく様々なジャンルの勉強をしておられます(多分)。そしてこの印象は僕が現代の経営者や偉い方々からはなかなか感じ得ないものです。こんなすごい人はきっと著名なのだろうと、インターネットで検索してみましたが、顔も何も出てきやしません。平一さんは、完璧に隠れていました。えらいことです。秘密の街、京都の恐ろしさを感じざるを得ません。


松島屋本店

宝永5年(1708年)創業

出し材料・山海珍味・料理素材を取り扱っている「合資会社 松島屋本店」。削り節の原料は、仕入れ後すぐに削らずしばらくねかせ凝縮な味を出している。進物用・花かつお100g入は847円(税抜き・要予約)。

住所:〒604-8034 京都市中京区姉小路通柳馬場東入る油屋町83 
営業時間:8時〜18時
電話番号:075-221-5054
アクセス:地下鉄烏丸線・烏丸御池駅から徒歩5分
HP:http://www.kyo-matushimaya.com


淡交社 208ページ・1800円+税

「一〇〇年生き抜く 京都の老舗」

100年以上続く、京都の老舗35店を訪ね歩いた市内冒険的著書。
KYOTO T5センター長であり、デザイナーの酒井洋輔がインタビュー、文、写真、デザインと全て一人で行ったもの。
日本一の観光都市である京都は、観光スポットがありすぎて、それらを回るだけで数週間かかるほど。
しかし、京都の京都らしさを作っているのは本当にそのような観光スポットでしょうか。
100年以上続いているということは、住む人に愛されている証であり、確実に京都を形づくる要素と言えます。
「秘密の街・京都」の秘密、京都らしさのソースを知ることになる一冊。
新しいガイドブックの形です。


一〇〇年生き抜く 京都の老舗
#12
松島屋本店

文・写真:
酒井洋輔

一〇〇年生き抜く 京都の老舗
#12


乾物|松島屋本店