京都のスープ
#40


日本一の鯖寿司を作りなさい

皆さん、鯖寿司はお好きですか?
鯖寿司とは、塩とお酢で締めた鯖を酢飯の上にのせ、棒状に握る押し寿司の一種です。福井県から京都まで続く運送路の通称「鯖街道」を通り、一日をかけて人の足で運ばれた鯖で作られたという鯖寿司は古くからある京都の代表的な食文化のひとつとされています。
実はここ京都の鯖寿司は、昔からお祭りなどの「ハレの日」に食べられる、家庭料理。すなわち家庭ごとの味があり、お嫁入りには自分の家の鯖寿司のレシピを持たせたという話もあったと言います。
そんな京の町衆にとっての「家庭の味」である鯖寿司を、料理人の知恵と技術でプロの味とし、日本で初めて鯖寿司を名物に京寿司専門店として暖簾をあげた「いづう」の八代目当主 佐々木勝悟さんにインタビューさせていただきました。


歴史のはじまり

「創業は天明元年の1781年、ここ祇園です。初代いづみや卯兵衛の頭文字をとって屋号はいづう。その前は元々、錦市場の近所で魚屋さんをやってたんです。肉屋さんが焼肉屋をやるみたいな感じで、魚屋をしながら寿司屋さんもやっていたそうです」

錦市場といえば江戸時代から「京の台所」として知られ、京都の食卓を支える食文化の中核。いづうさんの起源はそんな京の味の源流にありました。しかし、そこで魚屋さんとお寿司屋さんをやっていたさなか突然の火災に見舞われ、場所を錦市場から祇園に移動させてお寿司屋さんを始めたのが、現在まで245年続くいづうさんの始まりです。

家庭的な味へ支持があった錦市場に対して、祇園での需要は舞妓さんや芸妓さんに会いにくる旦那衆へ提供するものに変わります。

「錦市場と同じような、晩御飯に出るお寿司をご主人さん達に提供したかて、笑われるでしょ?そこで高級ラインのものを出していかないといけないということで、創業者の卯兵衛さんが考えはって出来上がったのが、素材も作り方もこだわってプロの味に仕上げた鯖姿寿司です」

こだわったのは鯖寿司だけでなく、華やかなお座敷の場で目を彩るお皿たちも。江戸時代につくられた伊万里焼の総称古伊万里、そして石川県輪島市で生産される日本最高級の漆器である輪島塗を使用したそう。どちらも品質、技術、価値において極めて優れた一流品です。

そんな工夫は味もよし、器もよしと旦那衆や芸妓さん、舞妓さんからも評判を呼び、長く愛される秘訣となりました。


料理人の知恵

「かつては福井県から鯖街道を通って人の足で持ってこられた鯖、お米は滋賀県産、味付けの為の周りに巻いてある昆布は北海道産のものを使用していましたが、現在は日本海近海で獲れた鯖、お米はいづう特撰米を使用しています」

流通が便利になったここ数十年は、美味しい食材が手に入りやすくなった半面、激しい気候変動により、同じ産地のものでも原材料の味が年単位で変わってくるようになってしまったと言います。その影響を特に受けているのがお米。安定した味を提供するためにも、決まった産地からではなく全国からお米を選ぶようにされています。新米の時期にはお米屋さんと「もう少し甘い米を入れようか」、「固めの米を入れようか」などと話し合い、毎年いづうの鯖姿寿司に合うお米を探す工程を欠かさないそうです。

8代目当主 佐々木勝悟さん

「製造工程は鯖を塩につけ、お酢に一分ほどつけた後、氷の冷蔵庫に入れて一晩寝かします」

調理師専門学校や、一般の料理教室で講師もしているという佐々木さんですが、生徒で来るお母さん方に「お酢に漬ける時間が短くないですか?」と質問をされるそう。

「そこが料理人の知恵なんやろうね。うちは一分程しかお酢に漬けない。その代わりその鯖をすぐに使う訳ではなく、一晩氷の冷蔵庫で寝かします。上に氷がおいてある冷蔵庫でその下に食材をおく。そうすると氷と食材の間に少し隙間があって、その冷気で保湿しながらお魚を冷やすことができます」

電気の冷蔵庫はよく冷える良さはあるものの、冷風で食材を冷やすためにどうしても食材が乾燥してしまいますが、氷の冷蔵庫は、氷の冷気が循環してお魚を保湿しながら冷やしてくれる効果があり、乾燥を防ぐことができるのです。

メイクを落として何もしないまま乾燥した部屋で寝てしまうと、次の日の朝お肌がぱさぱさになってしまうのと同じ。とても理にかなっているなと聞き入ってしまいました。

さらに氷の冷蔵庫は約15度と温度が高く、そのおかげでお魚の脂が浮き、ういてきた脂とお酢とお塩がなじんで新しいうま味が出てくるそうです。わざと食品にダメージを与える調理法。熟れ(なれ)寿司とはそういう意味なんですね。


京都の四季を鯖寿司と共に

いづうさんの歴史と共にこだわりぬかれた「美」は、お土産用の包装紙と、共に付けられる掛け紙にも現れています。

包装紙には富士山と三保松原が描かれており、どちらも「日本一」を象徴するもの。日本で初めて鯖寿司を専門とし商いを始めた原点から、日本一のお寿司を目指す一貫した思いがそこに乗せられます。また掛け紙は、藤澤萬華堂さんの木版画。一枚ずつ人の手で彫られるため、一つの芸術品のような魅力は勿論、京都の四季を映す掛け紙は鯖姿寿司とお客さんとの間に思い出を生む存在であるのではないでしょうか。

鯖寿司一本 二人前    掛け紙 「紅葉」9月~11月

朽ちていく美

長い歴史の中で残されてきた、古くからの道具についてもお話してくださいました。

「お寿司を入れる折につけている焼き印があります。作られた当初は焼き印の文字が綺麗に見えますが、鉄はあまり頑丈なものではないですから、使い続けるにつれて形が変化し、朽ちてきてしまいます。でも僕はそれが美しいと感じています。先代からいただいた宝物です」

245年という圧倒的な歴史をこの道具が体現している、強い説得力を感じます。新しいことをすぐに始められるような便利な時代。一見新しく最新なものに目を惹かれがちですが、長い歳月とともに変化してきたものが生み出す美しさには勝らない。人の力で紡がれてきた文化は簡単に真似できるものではありません。

また、先代からあまり説明深く教えてもらったことは無く、自分で学んでいったという佐々木さん。

「おじいさんが手で書いていた帳面とかも残っています。それを見て先代や先々代の経営方法や考えていたことが感じられる。直接的な言葉ではないけれども、道具を通して先人の声ではないメッセージが残っていると思います。鯖姿寿司が名物ですから、一番でありながら引っ張り続ける存在でありなさい。日本一の鯖姿寿司を作りなさいと」


時代と共に順応することが大切

いづう本店では「お召し上がり処」で作りたての京寿司を味わうことができるのも魅力の一つです。

「大昔は店先で食べさせないのが最高級のお寿司屋さんだったんです。今ではカウンターからお客様の目の前で握ったお寿司をお出しする寿司屋が一見高級に見えるけれど、京都ではお客様の前からお料理をお出しすることは提供の仕方としてあまり丁寧なことではないとされていました」

実は、店内に腰掛が据えられたのは今から約50年ほど前。1970年に大阪で行われた日本万国博覧会を期に、京都が世界中から注目を浴び観光客が増えたことから、六代目当主が始めたんだとか。

驚いたことに、それまでの約200年間はお茶屋さんへの出前と、ご進物(お土産)の販売、この2通りしか行っていなかったそう。

100年以上続く老舗の数が全国一位と言われる京都ですが、先祖代々の家業が世代を超えて続いていく老舗のすごいところは、「いい時もあれば、悪い時もある商売の波を、沢山乗り越えてきているところ」だと佐々木さんは言います。うまくいかない時に諦めて辞めてしまう訳ではなく、食いしばって回復する。ぐっと立ち上がって戻してきたからこそ、いづうさんの245年という歴史は紡がれ、今の佐々木さんに力強いバトンが渡されてきたのだと感じます。


祇園が故

京都の食文化を担う存在、また祇園の文化を体現するお店であるいづうさん。祇園という町はいづうさんにとってどんな存在なのか、最後に貴重なお話を聞くことが出来ました。

「うちのお寿司を見てよく思うんは、『品がある』ということです。それはなぜかと考えると、祇園という町で芸妓さんや舞妓さんたちを相手にしてできたお寿司やから、どことなく品がある。鯖寿司って京都の郷土料理なんですよね。元々は家庭料理の延長である郷土料理をベースに作ってはいるものの、うちの鯖姿寿司が上品なのは舞妓さんや芸妓さんに食べてもらう需要があるからやね。あんまり大きい口を開けて食べるわけにもいかないから、二口で食べれるようなサイズじゃないとあかんし、盛り付けなんかもそうです。彼女たちがお座敷でお寿司を小皿に入れて取り分けるじゃないですか。その時にぐちゃぐちゃに分けるなってお客様に怒られてしまったらあかんから、取り分けやすいような盛り付け方を意識しています。それは祇園町が故なんです。お茶屋さんや芸妓さん、舞妓さんにご贔屓いただいてるから。恵まれているものだと思います」

京寿司盛り合わせ

出前箱

鯖寿司一つ紐とくだけでも、これほどの歴史と文化、知恵と技術が詰め込まれているなんて京都、祇園という町は本当に面白いですね。天明元年から極めぬかれたいづうさんの鯖姿寿司は、ただ味を楽しむものだけでなく、おもてなしやこだわり、器・盛り付けの美しさ、季節、文化と歴史、これら全てをいただくものだと感じます。

私もいづう本店の「お召し上がり処」にて鯖姿寿司の食べ比べをいただきました。まだお魚の柔らかさと新鮮さが残り、ほのかに昆布のうま味を感じる作りたてを二貫頬張る。続いて製造から一日たった熟れ寿司へ。昆布を外すとお寿司と昆布の間に糸が引きます。これが昆布のうま味が十分に移ったサインのようなものだそうです。

食べてみると、鯖もお米もより引き締まった食感。酢と脂が調和し、しっとりして全体に一体感を感じます。これもまたとても美味しい。時間と共に変化する味を楽しむのが鯖寿司の醍醐味。自分好みの頃合いを見つけてみるのも通な楽しみ方です。


京都のスープ
#40
いづう 佐々木勝悟

文:
井岡玲奈(情報デザイン学科)

写真提供:
いづう 

京都のスープ
#40


日本一の鯖寿司を作りなさい

皆さん、鯖寿司はお好きですか?
鯖寿司とは、塩とお酢で締めた鯖を酢飯の上にのせ、棒状に握る押し寿司の一種です。福井県から京都まで続く運送路の通称「鯖街道」を通り、一日をかけて人の足で運ばれた鯖で作られたという鯖寿司は古くからある京都の代表的な食文化のひとつとされています。
実はここ京都の鯖寿司は、昔からお祭りなどの「ハレの日」に食べられる、家庭料理。すなわち家庭ごとの味があり、お嫁入りには自分の家の鯖寿司のレシピを持たせたという話もあったと言います。
そんな京の町衆にとっての「家庭の味」である鯖寿司を、料理人の知恵と技術でプロの味とし、日本で初めて鯖寿司を名物に京寿司専門店として暖簾をあげた「いづう」の八代目当主 佐々木勝悟さんにインタビューさせていただきました。