実は私がアルバイトとして働くお店。姜尚美さんの著書「京都の中華」を姉のバイトが終わるのを待つ合間に買ったことが、このお店を知ったきっかけでした。読んでいく中で目が留まったのが、「からし鶏」。味は全く想像できないし、聞いたことがない料理名。偶然近所だったため、父にお願いして連れてきてもらいました。

運ばれてきたからし鶏からは独特の酸っぱい香りがして、さくさくに揚げられた鶏肉にタレが絡まって他の食べ物では表しがたいおいしさでした。
バイトの面接で来た時は、電話したのはいいものの中華料理屋の大将ってきっと怖いだろう、働けるかなと思っていました。しかしお話してみると、ものすごく気さくであたたかい人たちで驚いたのを覚えています。
占いで導かれた場所

創業は1982年。初代の隆さんが京都の中華料理店として名高い飛雲、第一樓、その後鳳舞で料理人として働き、その3つを経営していた大将が亡くなったことをきっかけに、ここ鳳飛を始めました。
当時、お商売ができる場所を弘子さんと二人で探しましたがなかなか見つからなかったそう。ある日、弘子さんのご友人の紹介で拝みやさん、今で言う占い師さんに話を聞きにいくと、「あんたとこの嵯峨野の家からちょうど鬼門の方角で商売ができます」とのこと。
怪しいなあと隆さんと言っていたそうですが、来てみたらびっくり。即、ここが見つかりました。この家は元々、隣の家と2つでご兄弟で住んでおられたところを1つ売ってくださった普通の住居なので、お商売ができるように知り合いの大工さんと一緒に手を入れてお店の形になりました。
お店の品格を落としたくない
物心ついた時から家が中華料理店。私なら羨ましくて仕方がないですが、普通の家の方がええなあと思っていたと拓哉さん。当時は初代の隆さんと弘子さん二人だけで、しかも現在は使われていない2階の席も切り盛りしていたのです。
拓哉さんに子供の頃からこのお店を継ごうと思われていたのか伺うと、「それは全然なかったな」とのこと。しかし、料理の道に進んで神戸と大阪で働き、隆さんが一時体調を崩されたことをきっかけに鳳飛に戻られました。「向こうで働いてる時は継ごうと思ってなかったし、継げるとも思ってなかったなあ。八年ぐらいの修行で何になんねんって。でも、家帰って仕事してたら、それが当たり前になってた」

大切にしていることは、なるべく味を変えないこと。もうひとつは、お店の品格を落とさないこと。「昔からこの味を気に入って注文してくれてはる訳やし、味は変えへんように。営業日数とかは減らしたけど、質は落としたくない。
やっぱり、初代の時はよかったけど、息子の代になったら違うわとか、行く意味ないわって言われんのが一番嫌やな。実際言われたこともあるし。じっちゃん(隆さん)が倒れた時に、他のみんなで何とかやろうってやってて、何とかじっちゃんも復活したっていう時に、お客さんに『これおたくが作ってはるんやろ。ご主人のときと味がちがう』って言われて。もうその時にはじっちゃんが作ってたんやけど、ご主人倒れはったみたいっていう噂が流れてたんやろうな。もし、じっちゃんが作ってますよって言ったらお客さんに恥かかせるから、黙って聞いてて。でもそのとき、じっちゃんが作っても、俺が作ったって思わはったら違うものになるんやって気づいて逆にそれで気が楽になった。変にお客さんのことに従うんじゃなくて、自分が美味しいって思ったものを味が変わらへんように作るんが大事なんやって。今までは、じっちゃんの味ってどんなんやっけ、こんなんかなって作ってたけど、それで気が楽になったな」
メニューは基本、鳳舞にあったものから引き継がれています。
鳳舞で人気だったものや、隆さんが弘子さんと二人でお店をするにあたり、材料の確保や仕込みを考えて選ばれました。
実は、現在の人気メニューであるからしそばは元々はメニューには載ってなかったそう。

「鳳舞系列のお店では結構やってて裏メニューやったけど、うちにもそのお客さんが来てくれはって『あれできひんのか?』って言わはったら、できますよって作ってた。けどそのころは1日に1個でるかぐらい。その後、お客さんからの要望が多くてメニューに追加させたというか、陽の光があたるようにしたっていう感じやった」
招き猫屋敷を目指して
お店の特徴でもある招き猫。1年経ったら1匹、10年経ったら金色の招き猫が1匹増えます。

なぜ招き猫を置き始めたのかを伺うと、弘子さんが「この人(隆さん)の同級生が開店して最初の頃ようけ来てて、そのうちの一人が『小杉頑張れよ!』持って来てくれたんが始まり。そっから1年に1回おこうかな、ってなってん」
これから
「年もまあそこそこやし、がむしゃらにって感じでもないし、サポートに徹していく感じやな。あとはボケへんように笑。自分の親が今も働いてる訳やし、ギリギリまで頑張りたいなって思う。」と拓哉さん。現在は、娘さん夫婦もこのお店を支えています。
皆さんが口を揃えておっしゃったのがお客さんを大切にするということ。
「無茶言う人とかもおったけど、ある程度は聞いてたよ。やっぱお客さんも無理言うたのに、作ってくれたって思ってくれはったりね。そうしたら、喜んでくれはってまた来てくれるようになったり。せやけど、なんて言ってもお客さんは大事にしなあかんねん。喧嘩してもしゃあないしね」と隆さん。
弘子さんがお茶を注ぐとお客さんはみんな笑顔になります。拓哉さんも隆さんも真面目だけど、お茶目でとても優しい。そんな優しい味だから穏やかなこの町で愛され続けているのかもしれません。

京都のスープ
#41
鳳飛
小杉拓哉 小杉隆 小杉弘子
取材・文・写真
鎌田 あおい(空間デザインコース)

