京都のスープ
#43


お部屋見舞いの定番、中村屋の助六

歌舞伎、能、芸舞妓、とあらゆる伝統芸能が育まれてきた京都にはそのための劇場も数多く、実はそのそばに「お部屋見舞い」という独特な文化がひっそりと存在しています。今回はそんな特異な文化を支える老舗のお店に注目し、「京都だからこそ」の粋な風習について深掘りしてみます。


助六寿司一筋

「お部屋見舞い」とは、贔屓にしている役者や演者に対して、労いの意味を込めておくられるお見舞いのこと。本来その内容はご祝儀からお花、楽屋で楽しめるお弁当まで多岐に渡りますが、ここでは「花より団子」のわがままに正直に、お腹と味覚を労うご馳走に厳選しました。

今回は、お部屋見舞いの中でも格別ファンが多いと言われる「万里小路中村屋」さんから。左京区百万遍で、「助六寿司一筋」のお商売を始めて約七十年。鞠小路の角を曲がると、うっかり通り過ぎてしまいそうなほどさりげない看板が見えてきます。ですが、中村屋といえば京都で伝統芸能に携わる人に知らない人はないと断言できるほどの大看板。避けては通れない京都の口福です。

「助六」というのは歌舞伎の演目「助六縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)」に登場する主人公のことで、助六寿司はその恋人の花魁「揚巻(あげまき)」の「揚げ(いなり寿司)」と「巻(細巻き)」を洒落た粋なお寿司の組み合わせのこと。江戸時代末期から、肉や魚を使わない「精進の寿司」として不祝儀や法事の席で重宝されていたという歴史があるそうです。

三代目の中村一郎さんは、花街にゆかりのあったお母様のもとにこのお店で生まれ育ち、初代の味を家族で守り続けています。

「うちの母が祇園町で舞妓さんをしていて、辞めてからおはぎを作って祇園町や自分がお世話になってたところに売りに歩いていたんです。そのうち、おはぎだけではなんやしお寿司でもしたらどうや、と周りからアドバイスを受けてお寿司を始めました。そうしたら花街の人たちが買うてあげる、持っておいでと。そんなふうにして助六寿司を始めたんが私が2つか3つの頃やと思います」

当初は知り合いのみに向けて始めたお商売も、気づけばその美味しさや場面を選ばない使い勝手の良さから評判が評判を呼び、花街、旦那衆、そして当時多くの催事を行っていた呉服業にまで、まさに口コミのみでその名が知れていったそう。

こういった初代の成り立ちから、一般的なお弁当と違いほとんどが予約注文の贈り物として注文される中村屋の助六寿司は、お部屋見舞いのみならず様々な意味付けがされています。聞いていると、場合に応じて書かれるのし紙の言葉も多様です。

「うちで一番数の多い注文はお茶関係。『御水屋見舞い』といいます。毎月28日の千利休の命日にお茶会が開かれるんですが、そこへまとまった数の注文があります。これは年間を通してやね。それから『陣中見舞い』というのは、楽屋に届けるお部屋見舞いとは違うけど、頑張ってという労いで贈らはるときに使う言葉。例えばお祭りの時だったり、選挙事務所だったり、そういう時に使います。お部屋見舞いの場合でも、関東の方からの注文なんかでよく『差し入れ』という言葉を指定されるけど、もともとその言葉は収監された人に対して物を渡す時に使っていた言葉やからあまり良くない、というのが私の中であって。そんなときは『こころばかり』という言葉を提案させていただいています」

また、伝統芸能などの業界では「粗(粗品)」と書くところを平仮名一文字で「そ」としてほしい、など同じ言葉でも細かなニュアンスの違いを伝えられることもあるんだとか。贈る人、贈られる人どちらにも気持ちの良い配慮が提案できるのも、伝統の世界と仕事をしてきた中村屋だからこそ。商品は助六寿司のみですが実際には用途に合わせてその姿を自由自在に変えているという面白さがあります。


京都のやり方

さて、その日の楽屋の士気が高まるとまで言われる中村屋の美味しさの秘訣に迫りましょう。小巻はきゅうり巻きと新香巻きの二種類。特に時間が経つと水分が出てしまうきゅうりは種の部分を取り除いて使うのだそう。海苔の風味のあとにおとずれるシャキシャキと心地よい歯応えには必須の一手間です。そして、日付の書かれた大きなお鍋には数日煮込むというお揚げの姿が。じっくりと時間をかけて甘く炊かれたお揚げと、黒ごまが混ぜ込まれた酢飯の相性は口の中を優しく満たすご馳走です。お酢は「村山造酢」の千鳥酢、醤油は「澤井醤油」、とどちらも京都の老舗の味が創業から変わらずに使われています。

多い時には一口の注文で100人前も珍しくない、という中村屋の朝は6時半から。親子3人、チームとなってその日のお寿司を握ります。折り箱の中で輝くお揚げと細巻きの行列はシンプルながら圧巻の光景!

取材中もひっきりなしに鳴る予約の電話をとりながら、短い言葉で注文の確認をし合う中村さん一家。助六寿司一筋という潔さで看板を守り続けることは、京都ならではのお商売、という一貫した姿勢からだと言います。

「別にうちが鯖寿司しなくてもいづうさんがあったり、握り寿司やったら蘭さんがあったり。それでいいんちゃうかなと。それを全部うちでもやろうっていうのは、言い方悪いけど関東の会社のやり方でしょ。それとやっぱりいつも思ってるのはみんなお寿司が良いってゆうてくれはるけど、お客さんが一番いいねん。中村屋が一流なんやなくて、お客さんが一流なんです」

それにはやはり初代の味が人伝に評判を呼び、京都の街に広まっていったという成り立ちがあるからなのかもしれません。注文の受付から配達まで、親子3人でなにもかもしている面白さがある、と語る中村さん。中村屋の助六は事前予約必須、そして鞠小路の店舗でしか買えないので、もちろん百貨店などで出会うことはできません。なんでも簡単に手に入る時代に、ご馳走にありつけるまでちょっと一手間かかる。そんなアナログなやり方こそが中村屋のあたたかさと気品を守り続ける大切な肝となっているのです。

一郎さんが幼い頃に遊んでいたひらがなのおもちゃを注文の仕分けに使う独自の管理スタイル

京都のスープ
#43
万里小路中村屋
HP:https://nakamurayasukeroku.com

文:
井口友希(文芸表現学科)

写真:
只木遥(環境デザイン学科)


京都のスープ
#43


お部屋見舞いの定番、中村屋の助六

歌舞伎、能、芸舞妓、とあらゆる伝統芸能が育まれてきた京都にはそのための劇場も数多く、実はそのそばに「お部屋見舞い」という独特な文化がひっそりと存在しています。今回はそんな特異な文化を支える老舗のお店に注目し、「京都だからこそ」の粋な風習について深掘りしてみます。