京都のスープ
#45


とにかく正直に

理想の篠(しの)笛を求めて祇園の街を歩いていたある日、ふと吸い寄せられるように金善楽器店の戸を引いたのが、店主・石村さんとの最初の出会いでした。天明八年(西暦1788年)創業、花街文化に息づく老舗和楽器専門店・金善楽器店。戸を開けると、「はいどうぞ」と快く迎えてくださる声が。


花街に囲まれた和楽器の専門店

金善楽器店さんは主に箏(こと)・三味線・尺八の本体、そしてケースなどの付属品や楽譜など楽器以外もお取り扱いされています。最近ホームページを開設したことで遠方からのご来訪や問い合わせ、それから修理なども増えてきたのだとか。

「なかなか全国的にお箏・お三味線の店がないらしいんです。全国どこも減っていて、都会ですらも。京都でも昔はね、20軒ぐらいあったんですよ。今はもう京都市内に箏屋さんと三味線屋さん含めてほぼ 6軒ぐらいしかないですね。それと最近の傾向としてはこういう場所なので、外国人の来訪がめちゃくちゃ増えました」

海外からの観光客で賑わう京都。金善楽器店さんにも海外のお客様が多く訪れるようになりました。和楽器には動物由来の素材が使われているものもあるため、海外へ持ち帰る際には国際的な規制への対応が必要になることがあります。また、来日期間が短いお客様へすぐにお渡しできるよう、事前に三味線の革を張っておくなどの工夫もされているそうです。

「ただ国内自体の需要は少なくて、お箏・お三味線もかなり激減しています。もう激減。ちょっと減ってるぐらいじゃないんです。おそらくね、民謡というカテゴリーにおいては最盛期と比較するとおよそ10分の1程度にまで需要が落ち込んでしまっているのが現状です。長唄やお箏系は減っていたとしても、ある程度一定の人数はされているんでね。そこでやはりありがたいのは、京都には花街が 5つもあるということ。 5つもあるところってなかなかないんです。それぞれが個性を出し、競争して頑張ってくれてはる。地方にも花街はあるけど、やっぱりこの辺りへ来るとなんとなく誰かがこの街や文化を支えてくれているような独特な雰囲気があるんです」

金善楽器店が位置するのは京都の花街に囲まれた情緒あふれる一角です。足を踏み入れた瞬間に自然と背筋が伸びるような、どこからか小走りで行き交う下駄の音が聞こえてくるような、不思議な力を持つ街です。そんな花街ならではのエピソードもお聞きしました。

「やっぱり西日本で一番色濃く稽古ごとが残ってる。芸舞妓ちゃんが新人さんとして15歳ぐらいでお茶屋さんのとこへ来はりますでしょう。踊りはもちろん大事やけど、芸事としてはお三味線と笛は必須科目で、笛は篠笛と能管。それは定番ですね。稽古は 原則1対 1なんです。対面稽古。先生がパシャーンパシャンって、しばくんと違いますよ(笑)」

冗談まじりに身振り手振り交えてお話される石村さんに惹き込まれます。そんな石村さんが、この場所にお店を構える中で特に気をつけていることがあるようです。

「京都の独特のものの言い回しを理解するようにしています。慣れてくるとね、表でパッと言うてる言葉と本心の違いがわかるんですよ。やっぱり京都にはそういう文化があるんです。例えば“せいてせかへん”(せく=急ぐ)。お客さんがお店に篠笛の袋を買いに来はって、お気に入りの袋がなかった際に近々新しくこんな色が来ますよとご案内したら、『金善さんせいてせかへんし、いつでもええし』って。だけど、2、 3日したら『まだか』と。せいてせかへんって言われて、普通はああなんて優しい人なんやと思って、“せかへん”の方に注力しちゃうわけ。長年の経験上、早すぎてもあかんので明日とは言いませんけど。だからせいてせかへんって言われたら、なるだけ 1日でも早くご連絡する。そういうふうにしていた方がいい」

「本音と建前」とはよく言ったもので、京都の言葉にはストレートな表現だけでは語り尽くせない奥深さがあります。しばしば「いけず文化」と語られることもありますがそれは意地悪という意味ではなく、相手との関係性や場の空気を大切にするための気遣いの表れでもあります。

また、花街ならではの朝のマナーがあるようです。お昼間はお稽古、夜はお座敷という生活スタイルに配慮し、どんなに早くても連絡は朝10時以降と決めているんだとか。京都ならではの時間の感覚に驚きと新鮮さを覚えました。

曖昧な言い回しの中に隠れた本音を理解するには、石村さんのような長年の経験が不可欠です。


和楽器供養

「和楽器というのは一番処分しにくいんです。お箏(こと)なんかは 183×25(㎝)ぐらいで、重さがだいたい 7キロもあります。 よくあるのがお箏を好きでやってはった方が高齢で施設に入られて子どもさんが家を整理すると、そこにお箏があるわけね。京都市では一つ800円ぐらいで粗大ゴミで出しても受けてくれます。でも、家の前でベッドでもパイプ椅子でも潰すような車がお箏という柔らかい楽器をもうバリバリにするんです!そんなことを想像せずに出されて、自分の家の前で潰されているのを見るもんやから、身を切られるような思いになるんですね。

そこで、年に一回、和楽器供養祭というのがあるんです。箕面(大阪府)の瀧安寺という滝の上にある大きなお寺で、 供養してほしいお箏やお三味線を 1丁2000円で集めてね。うちでもやっぱり供養の希望がすごくたくさんあるので、ここへお持ちさせていただいてます」

石村さんのお話を聞きながら、京都という街そのものが音に支えられている場所なのだと改めて感じました。

花街を歩けば、お座敷へ急ぐ芸妓や舞妓の足音に混じって三味線の音色が漏れ聞こえ、夏祭りの夜にはお囃子の音が町並みに溶け込んでいきます。受け継がれてきた音の文化は、人々の暮らしのすぐそばにあり続けてきました。和楽器は単なる道具ではなく、音と記憶を宿す存在として扱われています。使われなくなった後も粗大ごみとして割り切れず、供養という形で送り出そうとする人が多いのは、その背景に楽器への深い愛着と敬意があるからなのでしょう。石村さんのお話の端々からも、和楽器を単なる商品ではなく、人々の人生や思い出を宿した存在として見つめる眼差しが見えました。


派手すぎず、地味すぎず

そんな石村さんに、和楽器としての本物の音ってなんだと思いますか?という非常にアバウトな質問をしてみました。

「どの楽器にしても派手すぎず、地味すぎず。全然音が出ないのが1で良く鳴るのが 10としたら新品の時はやっぱり 7ぐらいは出てほしいね。弾きこんだら鳴るというのは嘘のようで半分本当なんです。お三味線でもそうやけども、新品を弾くでしょ。バチの響きで振動を与え続ける。そしたら1年経つぐらいから音が良くなる。それはある程度きちんと正しい楽器を作ったお店だったということです。篠笛なんかはあんまりボディが厚くないからそこまで変わらないかもしれないけど、実際そういうことはあるかもしれへんね。すごく長いことやるのがいい」

本物の音に近づくには、演奏者だけでなく楽器そのものと長い時間を重ねる必要があるのかもしれません。派手すぎず、地味すぎず。この言葉を胸に、今の実力におごらず過ごしていたいと感じるお話でした。

最後に、200年以上もの歴史がある金善楽器店さんの長く続いた秘訣をお話していただきました。


とにかく正直に

「とにかく正直にっていうこと。できないことはできないというようにしてるね。なんでも正直正直。たまにあるのは、お三味線のお張り替えとかでもそうやけど、お客さんがお張り替えをしてほしいと持ってきはって、『これは猫の革で貼ってあるんですよ』と。それが破れちゃったというので見てみたら犬の革張ってんのね。そんなこともあるんですよ。そのあたりの手仕事はどっかしらでバレます。だからこそもう正直にということでね」

私は篠笛の購入まで合わせて3回もお店に伺い、試奏もさせていただいたにもかかわらず、悩みたいという理由で購入しなかった日があります。そんな私にも石村さんは変わらず笑顔で対応してくださいました。石村さんの語る「とにかく正直に」という言葉は、和楽器の話にとどまらず、人と向き合う姿勢そのものを表しているように感じます。200年以上続く店の歴史は、そうした一つひとつの誠実な積み重ねによって支えられてきたのでしょう。この店から聞こえてくる音は、和楽器だけが奏でる音ではないのかもしれません。


京都のスープ
#45
金善楽器店
HP:https://kanazen.com/

文:
濱埜結(プロダクトデザイン学科)

写真:
片田愛星(情報デザイン学科)

濱埜結(プロダクトデザイン学科)


京都のスープ
#45


とにかく正直に

理想の篠(しの)笛を求めて祇園の街を歩いていたある日、ふと吸い寄せられるように金善楽器店の戸を引いたのが、店主・石村さんとの最初の出会いでした。天明八年(西暦1788年)創業、花街文化に息づく老舗和楽器専門店・金善楽器店。戸を開けると、「はいどうぞ」と快く迎えてくださる声が。