四条通りから麩屋町通りを少し南に下がると、藤の花の暖簾が見えてきます。少し緊張しながらその暖簾をくぐると藤澤哲也(ふじさわてつや)さんがお出迎えして下さいました。藤澤萬華堂の始まりは、浮世絵の版元。
明治10年「錦絵」という多色の木版画の印刷から始まり、その後お菓子の見本帳も作るようになった縁で「菓匠会」に出会ったことが今のお仕事に繋がっています。
インタビューの前に、少し離れた場所にある印刷現場を見学するため、お車で連れていただきました。車の中でも気さくに話してくださった哲也さん。印刷をお願いしている古谷印刷さんとは、100年以上の親戚関係で、長年印刷をお願いしているそうです。錦小路通を突っ切って、古谷印刷さんに到着しました。
入ってすぐ、活版印刷機のゴウゴウという音と、インクの匂いがツンとしました。


一般的な活版印刷機では1色ずつしか刷れないところ、ここでは改良して一度に3色が印刷できるようにされています。それゆえ、活版印刷でのグラデーションも得意です。この機械は1975年から使われていますが、もう新たな部品は作られていないとても貴重なものです。


この活版の亜鉛版は、板を腐食させることで凹凸をつけて作られています。洗って何度も使えるので、サステナブルですね。

白玉屋榮壽(しらたまやえいじゅ)さんの銘菓「みむろ」の包み紙は10以上の色で印刷されています。芸術品のような繊細な1枚。手に取る機会があったら、ぜひインクの柔らかな色合いと、裏から触った時の凹凸を感じて欲しいです。
活版印刷はやっぱり柔らかい雰囲気が出る
「元々は手刷りでやってたんですよ」
哲也さんの運転で本社に戻り、社長の藤澤欣也(ふじさわきんや)さんも合流してインタビューが始まりました。欣也さんによると、当初は木版・手刷りで印刷をしていましたが、オフセット印刷の普及によりコストや納期の要望に応えられなくなりました。そこで、大正・昭和初期に作った版木を活版印刷機にかける「機械木版印刷」で手刷りの風合いを残す形になったそうです。
印刷製品の9割以上がオフセット印刷になった今でも、昔ながらの木版の風合いを残したいという要望に応えるため、古谷印刷さんの機械木版印刷の技術でお客様のこだわりを守り続けています。
哲也さんが持ってきてくださった活版印刷とオフセット印刷で刷った紙を見せてもらうと、やはり違いを感じました。見せていただいたのは鯖寿司で有名ないづうさんの掛け紙。

どちらも素敵ですが、活版印刷の掛け紙は黄色が鮮やかで手刷りに近い柔らかい雰囲気を感じます。哲也さんによると活版印刷のインクは和紙との相性がよく、色の発色が良くなるそう。
他にも「浮き出し」という手法があったりと、印刷一つとっても奥深い世界だと感じました。
デザインについて
包み紙のデザインは、お菓子屋さんの紹介で知り合った京都モトイデザイン事務所さんとタッグを組み、すでに約30年のおつき合いになるそうです。
「これまでの経験などからお客さんの使い方、使い勝手を考えてデザインに落とし込んでいます」
驚いたのは、デザインをつくるなかで一番難しいものは包装紙とおっしゃったこと。

「包装紙はいろんなもの包むから、包むものによって見え方が変わったり、包んだ時にどんな模様が見えるかとか、見せたいものがうまく上にくるか、とか考えると難しいんです」
なんの気無しでは気づかない、包装紙だからこその難しさだと感じました。
菓子図とは
事前の下調べのためにインスタグラムを拝見しているとスクロールする手がぴたりと止まった可愛いお菓子の木版画。

これは菓子図といい、和菓子屋さんのお菓子の見本帳のようなものだそうです。
「宮内庁から『新年歌会始』で『今年のお題』っていうのが出るんですけど、昭和31年から菓匠会(京都の上菓子屋で結成された同業組合)の会員が、それをお菓子で表現して『勅題菓』として、宮内庁に献上しています。今年の勅題、干支に因んだ菓子のデザイン図案の参考したら良いですよというのをまとめてあるのがこの本なんです」

「京菓子がお菓子の始まりと言っても過言じゃないっていう自負があるお菓子屋さんが多かったので、全国に洋菓子が出てきた時に『和菓子ってこういうもんやぞ』ってもっと知らせたいということで刷って、売られたというのが『京菓図譜』です。婚礼の時はこのお菓子とか、春になったらこれとかが書いてある。全国に知らせるための教科書みたいなものです」
これらの木版は藤澤萬華堂さんで大事に保管されています。
初代さんはこれらの本を作るプロデューサー的立場でした。絵描きさんが描いた絵を彫り師の元へ、そして次は刷り師の元へ、と菓子図作りが浮世絵の版元から今の会社に変化する一つのきっかけになったのかもしれません。
コロナ禍がある意味いいきっかけやったかも
コロナ禍、お菓子を買う観光客がいなくなり、百貨店も閉まってしまいました。
1年ほど仕事がない日々が続きましたが、逆にそれが良いきっかけだったかもしれないと欣也さんはおっしゃいました。

それまでは日々の仕事に追われていましたが、空いてしまった時間でインスタグラムやクラウドファウンディングを始められました。それが今につながっていることも多いそうです。
いくつか行ったクラウドファウンディングのなかに、9つの京都にある会社のお菓子の詰め合わせをコロナ禍で仕事を失ったお母さんたちが作り、売る先をクラウドファウンディングで募るという支援の取り組みをされました。
「旅行とかができなかったから、京都のお菓子をお家で楽しめるし、その上お母さんたちのお仕事にもなっていますよという形でやりました」
どうしたらお客さんに喜んでもらえるかを目指す
最後にこれからについて聞かせていただきました。
「印刷物を通してのれん作りをしていきたいというのとSNSも頑張って発信して、そこからもお客さんのお手伝いができたらなと思います」
哲也さんは、「自社内で完結できる製品以外の取り扱いも多いから、うちはあんまり印刷会社やとは思ってなくて、お客さんの商品がたくさん売れるためのお手伝いというプロデュース的な仕事、元々の原点に戻っていけるように頑張っていきたいです」

「お客さんが使われるのは包装紙や掛紙だけじゃなく、シールや手提袋などいろいろなものがあります。それらすべてを一つの会社でしようと思うと相当大きい会社じゃないと難しい。京都では伝統工芸など分業をされることが多く、うちも先程見ていただいた親戚の印刷現場も100年以上の付き合いですし、シールを作れたり、手提げ袋まで作れたりするのも分業してもらえる、協力してもらえるからです。包み紙と言っても印刷だけじゃないので、お客さんも色んなところに頼むより、よく知ってるここに頼みたいと思ってもらえるように、いろんな協力会社とタッグを組んでやっています」
お客さんが売りたい商品、それに付随するもの全部を承り、その商品の魅力と品格を表現できるように頑張っていきたい。とまっすぐ口にされた言葉は、とても心強いと感じました。
ただ作るだけでなく、どうしたらもっとたくさんの人に届けられるか、お客様に喜んでもらえるかを目指す。
和菓子の包み紙たちは当分捨てられそうにないなと思いました。
京都のスープ
#38
株式会社 藤澤萬華堂 藤澤欣也 藤澤哲也
取材:
井口 友希(文芸表現学科)
濱埜 結(プロダクトデザインコース)
鎌田 あおい(空間デザインコース)
文:
鎌田 あおい
写真:
濱埜 結

印刷を通して「のれん作り=企業のイメージ作り」を長年手がけ、現在はSNSを使った発信、ブランディングも行っています。お仕事が時代と共に変化していく藤澤萬華堂の成り立ちやこれからについて伺いました。