京都のスープ
#32


中村製餡所

「あんこはすごく幸せな商品だと思います。」
全国のあんこ好きに愛される中村製餡所の4代目・中村吉晴さんにお話を伺いました。



老舗あんこ屋

北野天満宮から徒歩約5分、大通りから少し中に入ったところに「中村製餡所」はあります。
中村製餡所は明治41年創業。115年も続く老舗のあんこ屋さんです。
現在営んでいるのは4代目の中村吉晴さん。主にあんこを和菓子屋さんやお菓子屋さんに業務用として卸しており、店頭でもあんこやもなかを小売りしています。
全国各地に中村製餡所のあんこを使っているお店があり、京都以外のお店に卸している方が多いのだそう。



シンプルに仕上げる

長く愛されるあんこの一番のこだわりは、素材にあります。
中村製餡所のあんこはとてもシンプルです。保存料は一切含まれていません。

「つぶあんのあんこだけは水飴が入っているのですが、それは見た目を美しくするために入ってるんです。こしあんはテカらせる必要がないので水飴は入っていません。100%小豆と砂糖のみです。シンプルな食材なのでごまかしが効かないです。こだわるところはそこなんですよ。小豆と砂糖しか使っていないものをどう仕上げるかっていうことが肝ですね」


それこそが115年変わらず、中村製餡所が愛され続けている理由でもあると言います。

さらに、素材にこだわったあんこの良さをより味わえる「もなかセット」も店頭で販売しています
もなかの皮ももち米だけでできており、京都の職人さんが1枚ずつ手焼きしている一品なのだそう。
もなかセットのこしあんは、原材料が小豆・砂糖・もち米の3つしか入っていないということに驚きました。



京都の水と職人の技

小豆やもち米に加えて、あんこ作りに欠かせないのが京都の水です。

「あんこ作りには、水もすごい大事なんですよ。良い水がないと美味しいあんこが作れないんです。以前、フランスのレストランのシェフにあんこをフランスに送ってくれないかと言われたんですが、品質を保持したまま送ることが難しいのでお断りしたんです。そしたら、作りに来てくれないかと言われたんですけど、フランスは硬水だからおいしいあんこができないと思ってそれもお断りしたんです。その話にもあるように水ってすごく大事であんこ作りでは大量の水を使うんですよ」

特にこしあんは、炊いた小豆を裏ごしして皮を取ったあとの中身の部分を水に何度もさらします。それで嫌味の部分を取り除いておいしい旨味だけを残すため、そのときに使う水がおいしい水でないとおいしいあんこにならないそうです。

「京都ってお豆腐とかお酒とか有名ですよね。それは水がいいから作れるもので、あんこもそうなんですね。だからまず京都でやってることの良さは京都という場所が水に恵まれてるということですね。あとはもうひとつはやっぱり歴史がある町なので、伝統を受け継ぐという空気感っていうのもあるから、大事にしないといけないなとか守っていかないといけないなっていうのを自然と感じられますよね。それも京都の良さかもしれないですね」

あんこ屋として長く続いているのには、京都の土地柄との相性の良さも影響しているのです。

あんこを作っている職人は、5代目である吉晴さんの息子さんを含めて3人。
毎日違うあんこの状態を感じながら、炊く時間や火加減を変えて1年間大切に小豆を使っていくそうです。


「食べられた方がそこまで違いが分からないように作ろうとしてますが、やっぱり違うものは違いますね。でもそれでいいと思っているんです。その違いをまた楽しめればいいかなと思っています」

幸せな商品

「よく買いに来るおばあちゃんからも『昔からの味』だとか『私が子供の時からのあんこの味だ』と言って買っていかれるので、そういう意味で50年前と同じ味をずっと続けているんです」

製法を変えないこと。これが4代続く中村製餡所のモットーです。

常連の方も多くいらっしゃるそうで、自身を常連だと思っている方は100人以上いらっしゃるのではないかとおっしゃっていました。
遠方からのお客様も多く、取材した際にいらした方も岡山県の倉敷市から買いに来られた方だったそうです。
「常連さんとか来られる方はほんとにあんこが大好きなので、あんこだけペロペロ食べちゃうっていう人もいますね。常に冷蔵庫にあんこが入ってないと不安で仕方ないという人とかね」
その気持ち、すごくわかりますと大きく頷いてしまいました。冷蔵庫の前であんこのパックからスプーンで掬い、口に入れるあの背徳感と満足感はひとしおです。

私自身、中村製餡所のあんこの大ファンで、何度かあんこを求めて自転車を走らせたことがあります。
そのことを「あんこが冷蔵庫にあった何日間かがほんとうに幸せでした。ありがとうございます」とお話したところ、中村さんからこんなお言葉をいただきました。

「あんこはすごく幸せな商品だと思います。お会計終わった後に嬉しい!とかやったあ!とかそういう言葉がよく聞こえて来ます。そこまで思ってもらえたら本当に幸せなんですよね。嬉しい気持ちがたぶん自然と声に出ているんだと思うんですけど、それを聞くと本当に嬉しいです。やりがいがあります。」



おいしいあんこの味わい方

最後に中村さんにオススメのあんこの食べ方を教えていただきました。
「本当のオススメはそのまま食べるのが一番。あとは食パンとかに付けてあんバタートーストとか」
中村さんは毎朝あんバタートーストを食べているそうです。
生まれたときからそうだったので、幼稚園にあがるまではそれが日本人の当たり前の朝食だと思っていたというエピソードもお聞きしました。

あんこはつぶあん派とこしあん派で分かれますが、どちらもに違った良さがあると言います。
「つぶあんとこしあんそれぞれいいとこがあって、こしあんはほんとうに小豆のおいしいとこだけを抽出している。手間をかけて皮の部分を全部取ってしまって、アクを全部取り除いて上品な小豆の味にしているんです。それに対してつぶあんは、皮やアクごと小豆を食べます。でもつぶあんのいいところは、つぶあんって場所によって甘さが違うんですよね。砂糖の甘味が皮の部分と中では浸透具合が違うから。
だから口の中で小豆を噛み砕くときに甘さが口の中で混ざるんですよ。それをおいしいと感じるんです。お互い良さがあってどちらもおいしいので食べてみてください」

食べると幸せな気持ちになる中村製餡所のあんこは、これからも買いに来る人々を笑顔にしていくことでしょう。



京都のスープ
#32
中村製餡所

文:
建木紫邑(クロステックデザインコース)

写真:
建木紫邑(クロステックデザインコース)

京都のスープ
#32


中村製餡所

「あんこはすごく幸せな商品だと思います。」
全国のあんこ好きに愛される中村製餡所の4代目・中村吉晴さんにお話を伺いました。