職人interview
#16


京漆器|02|生きた木を傷つけて漆を採る

CM制作会社に勤めた後に、家業である漆職人になられた石川良さんのお話。
お茶の文化や御所への献上など、京都には“高級品を誂える”技が残っています。それぞれの技で特化した職人、何人もが関わる分業制で京漆器が出来上がります。より良いものを作るため、石川漆工房さんでは機械の導入や職人同士の意思疎通を大事にされています。

生きた木を傷つけて漆を採る

──漆器は完成するまでにどれほどの工程がありますか。

細かく分ければ、30から40ほどの工程があります。木地の継ぎ目が浮き出ないように木の粉で埋めて、布を貼って、布の上に下地を塗ってそれを繰り返します。荒さを変えていくことで段々滑らかな表面になっていって、最終仕上げの色で塗っていく。塗りと研ぐ工程が多いです。

──布を貼って、その上にまた塗るんですか。布が貼られているのを初めて知りました。

そうです。麻布を貼るんです。
でも、漆器の全てには貼ってないですよ。お茶道具の夏目など手のかかっているものなどに。お椀も料亭なんかで出てくる高級なものには、だいたい貼ってある。変形などしないための木に対する補強です。口の当たる部分だけを補強することもある。

今でこそ、その方が高級だと言われるけど昔は長持ちの面で布が貼られていた。作る時間が長くかかってしまうけど、そういうもんやと思ってみんなやってたので。夏目の塗りのものはだいたい貼られています。出来上がりでは布は見えなくて使い込んだり、うっかり落として割れた時に見れる。
手間をかけると40も工程があるけど、全部のものを同じ工程ではせず、ものや素材に合わせて工程を変えています。

──沢山の工程の中でも、一番大事な工程はなんですか。

何やろ…。大事にしてることは人それぞれなんですけど、仕上げの塗りをするまでの工程やと僕は思います。

皆さんのほとんどが塗りの仕上がったものを見はると思うし「綺麗やなぁ」って言われるのは、上塗りももちろん上手なんですけど、一番最後の工程が綺麗なのは大前提なので。それまでの下地から中塗りがいかに上手にできてるかによって最後の仕上がりが特に変わってくると思うので、上塗りを本当に綺麗に生かすためにはその途中までの工程が良くないと、と思う。

やっぱり上塗り師は厳密に上塗りが上手で、昔は上塗りしかしない人もいた。その人は決まった人に途中までの工程をお願いしてた。なんぼ上塗りが上手でもそこまでがヘタクソやったら、出てしまう。
だからそれまでの塗って研いでの単純な作業の繰り返しだけど、直前までがいかに上手か、と言うのがかなり重要やと思います。

──漆掻きの職人さんは京都にいらっしゃるのですか?調べたところでは一人いらっしゃると伺いましたが…。

夜久野町で「京都産の漆を復活させよう」って、街を上げてやってはります。
やけども実際、とれたのを売って、精製して…みんなが使えるようになるほどの流通量にはまだなってないね。まだまだ技術を残すためにやってはるだけで、それが仕事として成り立つかと言ったら、そこまではいってない。

──漆の木を傷つけてとるのが印象的です。何年おきに、という感じでとっているんですか。

とり方も色々あるんです。
中国では木を切り倒して、圧縮機にかけて一気に搾り取るっていう方法もあるし、日本みたいにちょっとずつとるのもあるし…。日本は一本の生きた状態の木を何回かに分けてとって、とれなくなったら切り倒していく。大きく分けてこの二つの方法かな。

結局のところ植えられる広さの問題やろうけど、中国は山ごと切り倒してもまた別の山もあるから、来年はここを切って、再来年はあの山を切って…って。日本はあるものを活かしながらやっていかなあかんから貴重なんやね。木も育つまで時間がかかるからってのもあるやろうし。
でも、どんどん人件費が上がっていて、中国時代も終わろうとしてるらしい。今はもうベトナムとかインドとか、そこらへんが発展してるらしいんです。


他の“黒”とは違う、漆の“黒”

──石川漆工房さんは平成3年に新型ロボットを導入していらっしゃいますが、メリットは何ですか。

吹き付けの塗装ができるようになったんで、塗り方とかも色々できるようになりましたよ。結果的、圧倒的にスピードは上がりますけど、それを管理してんのは人間やし、車の塗装も高いやつは人がスプレーで塗ってますしね。

なんでも楽で安くあがるから機械を使った方がいいかっていったら、ものによってはそういうことじゃないし、特に漆器に興味のある人はハケの動きがわかるような出来上がりが嬉しいとか…機械とかスプレーやったらツルツルでキレイになるけれども、その辺は使う方によって工程も考えなあかんし、使う道具も、仕上げ方も。
作業する上で、いろんなバリエーションを持っておくっていうのが大事なんやと思いますね。

全部の工程をここ(石川漆工房)でできたらいいんやけど、もともと分業でやってる分、この部分はこの職人さんが上手、この部分はうちでやったほうがいいな、っていう見極めをよく考えてやってるかな。

──手仕事の良さとは何ですか。

買ってくれはった人に作った人の存在が伝わりやすいことが良さなんじゃないかな。

100円均一で大量生産されてるボールペン一本やって、実際どこかに作ってる人はいるんですよ。
でも作った人の存在を感じないでしょ。アジアのどこかで作られてるのかわからないけど、どこの誰々さんとまではイメージがつかない。やけども手仕事とかは買った側が作った人のことをイメージできるのが、いわゆる大量消費と言われているものとは違うところかな。

僕が生まれた頃とかは「誰々さんが作った野菜です」とか、そんな風に売ってなかった。ある時期から急に貼られるようになって…あれも結果作った人が見える方が買う側が嬉しいし、しっかりわかることで安心感があって値段が高くても買ってくれる。
それが工芸品とかでも、だんだんそっち側になってきてるっていうのは、やっぱり安心感とか、自分が好きで買うようなものに作った人の存在がわかるようなものの良さがあるんじゃないかな。

──漆は剥がれて来たらまた塗り重ねて修復し、繰り返し使っていくものですが、今は使い捨てのものが多く、消費社会になって京都の街中でも新しい店が増えています。そういう風に移り変わっていく京都をどうお考えですか。

別に変わっていくことにそんなに抵抗感はないので、今の変わり方がいいとか悪いとかも思わないですね。ちょっと昔の変わり方っていうのは京都の人が「こうやって変わった方がいい」と思って変わってたと思うんですよね。
でも今の変わり方はどっちかって言えばスピードが速くて、京都の人というよりは外国の方とか、外の力で変わっていってるなっていう感じがします。

大事なところはうまいこと残していかんと何もなくなってしまう可能性はあるやろうなという気はするね。
でも僕は沢山の方が京都に来るのは悪いことじゃないと思ってるし、ずっと京都の人だけでやっている方がどうかしてるなと思うから。

前は単純に距離が遠くてわからないことがあったと思うけど今はもう関係ないでしょ。パリに住んでいようが京都の方とお金もかからず交流できるし、動画もリアルタイムで見られるし…。距離感がなくなっているからこそ、京都の仲間内だけで京都を守っていこうなんていうことの方が僕は時代遅れだと思うね。

残さなきゃいけない部分は残しつつ、変わるところはもっと変えるように京都の人が主体となっていけばいいよね。今は経済力のパワーでどんどん変わっていってる面の方が強い気がするんで、そこがちょっとずつ変化していけばいいんじゃないかなと思いますね。

──私たちは『old is new』という言葉を軸に活動しています。若者の視点で京都を見つめ社会の最先端にあるものだけが新しいものとは捉えずに、昔からある古いと言われているものの中にも、新しいと感じる価値があるのではないかと考えています。漆という仕事と向き合いながら「新しい」と可能性を感じることはありますか。

これは新しいって言えるかどうかわわからんけど、なるほどと思ったのは他のペンキの黒とか、ピアノに塗ってある黒とか、色々種類はある中で「漆の黒は違いますね」ってみなさんよく言わはるんですよ。

この前漆屋さんと話をしていて、漆っていうのは塗料で液体なんで当然水分を含んでる。塗料ってほとんどが中の水分を飛ばすことで硬化して定着するんですけど、漆はそうじゃないんですよ。水分を抜いて、中に含んでいるウルシオールと酸素が酸素重合っていう科学変化を起こして硬化していくんです。
だから水分はそれほど飛ばない、ある程度保持したままだから、他の塗料より瑞々しく見えたり違って見えるんじゃないかって。

僕らは漆を毎日何も思わずに、そういうもんやと思いながらやってたけれども、根本的にペンキとか他の塗料とかとはもう工程も成り立ちも違うんです。だから他の黒色とは違うんだ、と。ヨーロッパには漆の木は生えないから、ある意味ヨーロッパの人からしたら「この黒違うな、新しいな」ってなるんじゃないかな。
21世紀のアメリカ人やヨーロッパ人など、漆というものをほとんど見たことがない人からしてみれば、ただの黒でもすごく新しいことなんじゃないかなぁと思いますね。

──漆を調べているときに語源として「潤汁」から来ているとあったのですが、「艶汁」でもよかったんじゃないかと思っていたんですけど…。

昔の漆は艶がなかったんです。昔は普通に塗ったら五分艶くらいで仕上がるのがごく一般的なんやけど、それを磨いたりいろんな作業や研究をして艶をあげてきたんです。

多くの人は艶があるのが当たり前やと思ってはるけれども、どちらかといえば普通にやればそんなピカピカの艶にはならないんです。元々の生漆は濁った乳白色をしてるし、黒は水酸化鉄を入れて黒くしてる、多くの人は漆は黒色って印象が多いけど、その辺も実は黒く「してる」んやね。朱色は顔料で色をつけてるけど、黒は顔料じゃなくて鉄を入れてる。なんも入れてなかったらもっと違う色をしてるんやね。


職人interview
#16
石川漆工房
石川良

文:
溝辺千花(空間デザインコース)

石川漆工房HP:
http://www.i-urushi.co.jp/

ice cream gift:
https://wholelovekyoto.jp/2020/08/20/ice-cream-gift-_-%e6%bc%86-%e3%82%a2%e3%82%a4%e3%82%b9%e3%82%b9%e3%83%97%e3%83%bc%e3%83%b3/

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京漆器|02|生きた木を傷つけて漆を採る

CM制作会社に勤めた後に、家業である漆職人になられた石川良さんのお話。
お茶の文化や御所への献上など、京都には“高級品を誂える”技が残っています。それぞれの技で特化した職人、何人もが関わる分業制で京漆器が出来上がります。より良いものを作るため、石川漆工房さんでは機械の導入や職人同士の意思疎通を大事にされています。