職人interview
#84


金彩|身に着けるための華やかさ

淡い花に金の蝶、華やかな暖簾をくぐると、金粉が舞う幻想的な工房のなか、黙々と作業をされている女性がふたり。
着物の絵付けから金彩まで、親子で全ての工程を行い、さらには着物リメイクもされている金彩上田さん。今回は上田京子さんと娘さんの上田奈津子さんに、実際の作業を見せていただきながら、お話をお聞きしました。

最後まで手で描く

牡丹の絵の下書きに色を付けてぼかしたり、糊を置いて金を貼ったりする工程を見ていただこうと思います。

うちは友禅ではないので、特殊加工染めという方法で色を染めていきます。ピースガンという道具を使って、上から色を吹き付けます。友禅の場合は、生地の表につけた色が裏まで染み込んでうつりますが、特殊加工染めでは、裏にうつることはありません。

これから絵柄に陰影をつけるのでマスキングのため、絵柄に縁蓋とよばれるフィルムを貼り、カッターで花びらを一枚一枚切っていきます。通常はデザインカッターなどを使用しますが、今回は効率を考えヒートカッターで切っていきます。このヒートカッターは絹や棉、麻などのような自然素材には使えますが、ナイロンのような科学繊維は溶けてしまいますので不向きです。

──牡丹の下絵は何か参考にしてるのですか?

そうですね。
もちろん、図鑑を見ることもありますし、花の写真を撮ることもあります。京都はそもそも分業ですから、本来は図案師さんや絵師さんが絵を描いてくださるんですけど、うちは絵を描くところから、最後の加工まで全部ひとりの職人がやっているんです。

とりあえず、花びらは色が付きましたが、これだけでは立体感がでないので、花びらの先だけ白っぽくしてぼかしたり、根元に影を入れたりすることもあります。
影やひかりの付け方は好みやからね。今回は明るくしてみましょうか。

──色はどれぐらい重ねられるんですか?

それは自由です。
もちろん、この2色だけで仕上げることもできますし、もっといろんな色を重ねることもできます。

──色を付ける工程はどのくらい時間がかかりますか?

ものにもよりますし、人それぞれ時間のかかり方は違いますが、小さい花になればなるほど作業が細かくなってくるので、時間はかかりますね。

たとえば、こんなものもあります。
これは刺繍の様に魅せるために1本1本線を引いているんです。

——すごいですね。金箔はどこから仕入れているんですか?

金沢の材料屋さんから仕入れています。

次は葉っぱに色をつけていきます。
他の場所に色がうつってしまわないように、ビニールでおさえます。

——これはどんな道具ですか?

うちの工房では箔を生地に馴染ませるときに使っています。

──箔の種類はどう使い分けされていますか?

素材によっては付きにくい相性の生地と箔がありますので、そこは使い分けする場合もありますね。
あっ、あまり顔を近づけると金砂子で落とした箔が舞ってるので吸い込んでしまったり顔や体に付いてしまいますよ!

お花の部分は光をあてて白を吹いて、葉っぱの部分は、今回は黒を吹いて影を入れています。絵としてはこれで完成で、これで終わってもいいんですけど、もう少し立体的に、華やかにするために糸目とよばれる絵柄の縁取り作業を行います。
今やっているのは「平金」といって、平たく金が付きます。基本的に盛り上がりがない。でも、乾くのははやいです。

逆に少し盛り上がっているところは「盛り金」といって、筒の中の糊を絞ってこの形を出しているんです。シンナーと、金のりっていうドロンとした糊の中に金の粉を入れて作ります。だからシンナーが蒸発すれば乾く。でも、盛り金の場合はしばらく時間を置かないと乾きが遅いんですよ。ここでも作業効率は変わってきます。

──それによってまた値段とかも変わってくるんですか?

はい、変わってきます。
ただ、平金も平金のよさがあるので、手を抜いたからこうなるというわけではないんです。例えば平金は重ねて描くことができるけど、盛り金は重ねられません。


経験の活きる場所

──京子さんは18歳のとき、京友禅のお仕事をされていたようですが、その経験が活かされているなと思うところはありますか?

もちろんあります。活かされていますね。
友禅って、柄を縁取って、土手を作って色が外に流れないようにするんです。
私は昔、その土手をつくる作業をしてたからこうやって糊を線で引く作業ができるんです。

──その働かれていた工房は今でもあるんですか?

もうないですね。
やっぱり、工房の数は減る一方ですしね。

──友禅の工房に入られたきっかけはありますか?

親戚の人が友禅の工房で働いていて、それを見ていたからなのかもしれないけど、ちょっと面白そうやなと思って。

──京子さんはジュエリー販売員のご経験もあるという情報をホームページで拝見しました。身につけるものとして今のお仕事となにか共通点があったりしますか?

京子さん:それはもう関係ないのではないかと思っているのですが…

奈津子さん:いや、本人はそう言いますけど、私はすごく関係あると思います。着物雑誌とか見てもらったらわかるんですけど、やっぱり宝飾品と一緒に出てますし、何かその辺、いいものを見てるっていうのが私は大事だと思ってます。

素敵な小物や素晴らしい宝飾品とかに不釣り合いなものを作るよりは、何かバランスが取れるようなものを作るっていうのは大事だと思います。

──ご家族でお仕事をされていて、良かったなと思うことはありますか?

奈津子さん:はい。
母からしたら苦労はいっぱいあると思いますけど、私は聞きたいことも聞けるし、師匠と弟子みたいなきっちりとした感じではないので、自分が新しいことをするときも一緒に考えてくれます。それは良い点かなと思います。
やっぱり、自分が雇われてるっていう状態だったら好きなことはできないですもんね。勝手に作品を作りはじめるわけにもいかないですし。


わたしたちだからできること

──デザインにこだわりはありますか?

ないですね。
ないというか、お客さまの要望が基本になっています。
そうすると、華やかで、やわらかい、女性らしい雰囲気のものに自然となっていくので、それはこだわりというか、うちの特徴なのかもしれません。

男性の職人さんの方が圧倒的に多いので、そこではちょっと差をつけたいなっていう気持ちはありますね。あと、男性の職人の方はご高齢の方が多いので、「できるだけ新しいデザインを」とは思っています。やっぱり、くすみ系とか、リップの色とか、女性の中で流行っている色っていうのはありますし、メイクと合わせられるような色にすることもできます。

──そこは金彩上田さんの強みですね。

そうなんですかね。
だから、おばあちゃんとかお母さんの着物をリメイクして娘さんに着てもらえたらいいのにと思うんですよね。新しいものを買うだけじゃなくて。
今の時代に逆に合ってるかなと思うんです。

──お客さんも女性の方が多いですか?

そうですね。
男性の着物は無地が多いし、柄が入っていても、目立たないようなものが多いので、やろうと思えばできるけど、基本的には女性の方が多いかなと思います。

──お客さんの年齢層はどのくらいですか?

バラバラだと思います。
でも、さすがに20代とかのお客様は少ないです。
本当は若い子が自分でリメイクに来てくれたら一番いいなとは思いますけど、それはなかなか難しいですよね。お母さんが娘の着物を直してあげようと思って来てくれることの方が多いです。

──リメイクすることは、一から作ることよりも難しいのかなと思うのですが、その点で苦労することとかはありますか?

そうです。難しいんです。
やっぱり、感覚で調合していくので、色を合わせる作業が一番難しいです。
もとの着物と同じ色を作らないといけないから、作っては合わせて、作っては合わせて。何回も何回も確かめてから色をつけています。

なんで難しいかっていうと、着物ってちょっと古かったり、時間が経過してるものだったりするから新品の色じゃないんですよ。古びた感じと同じようにしないと、その一部分だけ違和感があるものになってしまいますよね。絵画の修復とかと一緒で、決して綺麗になりすぎてはいけないけど、剥げた部分とか破れた部分とか汚れだけは取り除かないといけない。全部変えていいですよって言われたら一番楽ですけどね。


リペア、リメイクで広がる着物の世界

──着物の柄をさらに増やす場合、どのように雰囲気を整えているんですか?

それはシンプルに、すでにある柄を増やせばいいんです。
でも、同じようには描けないので、やっぱりセンスとか手の癖とかは出てくると思います。

例えば花があって、蝶を飛ばしてくださいって言われたら別にそれは新しくていいと思うんです。だから、全く別のものとして豪華な着物にしたいんだったら、全く別の柄を持ってくるということもできます。お花の色を変えたり、まわりに植物足したり、蝶を足してみたり、雰囲気はいくらでも変えることができるんです。だから、親とかおばあちゃんが着ていたものが地味すぎるから、今風のパステルの色にしたいという要望もかなえることができます。

奈津子さん:私も母の着物を友人の結婚式に着ていきたくて柄を足しました。
胸のあたりに花を置いてもらったりして。
着物はこの柄だからこうしなきゃいけないという決まりはないんです。

──そうなんですね。お着物の柄には決まりがあるというイメージがあったので、そんなに自由なんだと驚きました。

お客様の中には愛犬を描いてほしいとおっしゃる方もいらっしゃいます。愛犬のお写真をお預かりして着物や小物類に加工することもあるので、何をしちゃいけないなんてことはないんです。

だって、着物はこういうものですって決められてたら、もう欲しくなくなってくるじゃないですか。もちろん、柄にしっかりと意味はあるんですよ。
でも、やっぱりそれ以上に自分が着たいなと思うものが大事ですよね。

オーダーメードっていうとすごくお金がかかるイメージがあるけど、今は古着とかも安く買えるし、そういうもの買って、好みの柄を付け足すこともできます。色んな手の加え方があるので、着物でも帯でも、そうやって着る方が安く仕上がるかなと思うんやけどね。

──すごく楽しい世界ですね。

すごい自由やと思いますよ。
着物なんて高くて買えないということじゃなくてね。

呉服屋さんでオーダーするのも良いし、それが本来のかたちですが、お客様の選択肢として職人と直接相談して作ることもできると知ってほしいのでもっと職人としてアピールしていかないといけないですね。職人と相談して作ると細かな点までこだわることができるので大満足していただけると思います。


着物を軸に

──内装のお仕事とかもされているという情報をお見かけしました。

奈津子さん:あのお仕事はね、イレギュラーやったんですよ。
京子さん:すごかったね。

奈津子さん:お店の壁に飾る作品をうちだけではなく、様々な職人さんと協力して作ってほしいという依頼があったんやけど、本来であれば数カ月かけてやることを短い期間で仕上げなければならなくて、もう、ほとんど寝ずにやりました。

やっぱり、この工程をちゃんと知っている人は完成までの時間を待ってくれるんですけど、工程を知らない人は待ってくれないんですよ。だから、こういう風に取材してもらったときはしっかりとどういう工程があるのかというのを皆さんに知ってもらうことをとても大事にしています。

──最後に今後の展望をお願いします。

奈津子さん:私と母では考え方が少し違うかもしれないですけど、着物の世界がこれから盛り上がるっていうことはないのかなと思っています。だけど、そんな中でも私たちはこの仕事を続けていきたいという気持ちを持っています。

この技術、文化をどういう風に残そうかということをすごく思案してるところなんです。いろんな人とコラボしたり、SNSで発信したりすることも大事なことだと考えています。だから、展望っていうよりは、今の状態を守り続けることを重要視しています。

京子さん:だから、着物とか帯とか和装に限らず、例えばドレスにこの金をどうやって貼ったらきれいなものができるかなとか、他のものにも活かしてこの技法を残していけたらいいなと思っています。ただ、着物は軸になっているものなので、それはずっと続けていきたいなと思っています。

奈津子さん:そうだね、着物に関するお仕事を止めるわけにはいかないです。
どんなにユーザーが減っても、これが背景にある。着物が軸にあるという部分を見てもらわないと多分意味がないし、価値もないんじゃないかと思っています。



職人interview
#84
金彩上田
上田京子
上田奈津子

文・撮影:
工藤鈴音(クリエイティブライティングコース)

インタビュー:
工藤鈴音(クリエイティブライティングコース)
安彦美里(基礎美術コース)

金彩上田HP:https://kinsaiueda.jp/

職人interview
#84


金彩|身に着けるための華やかさ

淡い花に金の蝶、華やかな暖簾をくぐると、金粉が舞う幻想的な工房のなか、黙々と作業をされている女性がふたり。
着物の絵付けから金彩まで、親子で全ての工程を行い、さらには着物リメイクもされている金彩上田さん。今回は上田京子さんと娘さんの上田奈津子さんに、実際の作業を見せていただきながら、お話をお聞きしました。