軽くて美しいかつらを作る
──かつらには種類があるんですか?
康夫さん:日本髪かつらというのは、大きく3つに分かれております。1つ目は歌舞伎のかつらですね。それが昔からあるかつらです。その流れで出来たのが2つ目、日本舞踊や大衆演劇のかつらです。我々がやっている芸妓さん用のかつらというのがこれにあたります。3つ目は時代劇や映画などに使われるかつらです。これらはそれぞれに特徴があり、別々のところで作られています。
僕はこの世界に入って70年になります。中学を出てすぐにこの世界に入りました。当時の日本髪かつらは重いし痛いって言われてました。だからなんとか楽に1日過ごせるようなかつらをということでひたすら修行中に勉強しました。
今自分たちが作っているかつらは、自分なりに改良や開発を重ねてきたものなんです。それで今は、息子(康文さん)に後を引き継いでもらっています。
──芸妓さんや婚礼用のかつらを作っていらっしゃるんですね。
以下回答康文さん:うちは、芸妓さんが毎日自分で被ってお座敷に行かはるためのかつらを作っているんです。京おどりとかの舞台で使ってはるかつらは、主に舞台用を専門にされているかつら屋さんが担当されています。
──舞台用に自分のかつらを持っていってるわけではないんですね。
舞台では、自分のかつらでやらはる時もあるけれども、演目によって髪型も色々違うので、主に舞台のかつらっていうのは貸しかつらなんです。
なにが違うかというと、舞台用のかつらは舞台映えするように遠目で見てもきれいじゃないといけない。でも、僕たちがやっている仕事はお座敷など近くで見てきれいでないといけないんです。
花嫁さんもそうなんです。婚礼用のかつらも近くで見て、きれいでないといけないんです。
──他に芸妓さんのかつらを作ってらっしゃるところっていうのはあったりするんですか?
やっていらっしゃるところもありますが、うちには祇園とか京都の五花街だけでなく、全国の芸妓さんからも注文があります。
一番忙しい時はお正月前です。12月になったら、全国から百何人分もの数のかつらが結い直しに来るんですよ。ひとつのかつらを結い上げるのに、癖直しや下準備を含めて2時間半から3時間ほどかかります。
──1年間ほどで、結い直しが必要なんですか?
お姉さんになったらあんまり被らないのですが、芸妓さんになりたての人なんかは毎日被らはるから、1ヶ月に1回ぐらいのペースで結い直しに来るんです。
教えるに教えられへんような、センスと技術
──軽量化というのは、素材を変えているんですか?
歌舞伎の方のかつらでは台金(だいがね)という、かつらの土台の部分が銅板なんですが、こっちのかつらはアルミでできているのでだいぶ軽いんです。素材が軽量化されているだけでなく、髪の分量とかも関係してきますね。少なすぎたら髪は結えないし、多すぎても重たい。髪がきれいに結い上がるぎりぎりの範囲の長さと量の髪を付けているっていうのが、自分のところの売りなんです。
こういうのは教えるに教えられへんような、センスと技術が必要になります。
あとは、生え際が自然に見えるというのが一番大切。自然に見えるといっても、ほんまに生えているように見えるわけじゃなくて、かつらはかつらでわかるんやけど、それでもきれいに見えるというのが大切なんです。
──だいたいどれくらいの重量があるんですか。
一応、公表してるのは650g前後で、フルフェイスのヘルメットを被らはったことある?あれがだいたい1300gとかなんです。
──だいぶ軽いですね。
昔は素材なんかの関係もあって、やっぱり1kgぐらいあったんです。
ですので、相当軽量化は進んでいますね。
──芸妓さん用のものと婚礼用のかつらは結い方が違うのでしょうか
そうですね、基本的に婚礼用のかつらっていうのは文金高島田がメインです。
芸妓さんのかつらは島田の中でも芸者島田とかですね。中島田と言ったりもします。芸者島田は粋に見えるように、ちょっと髷(まげ)が低くなっているんですよね。シルエットも大きくなっています。お姉さんになるほど髷が低くなるのも特徴で、この芸者島田は若い方のかつらなのでちょっと高めの髷になっています(写真右)。お嫁さんのかつらも髷の部分が高めなんですよ。
芸妓1年目の方のかつら(右)と芸妓数年のお姉さんのかつら(左)の前後から見た様子
職人同士で支える世界
かつらの結い上げに使用する道具たち。特に櫛は様々な種類があります。(上記写真)
──結上げには何工程くらい作業がありますか。
工程としては、髪を解く・コテなどを使って古い油を落とす・油を付け直す・結い上げやすいように癖をつける。これらを大体合わせると、2時間から3時間の作業になりますね。
鬢付け油(びんづけ油)っていうのを使っていて、これは原料が蝋なんですね。その原料自体はハゼの実というものです。こういうのも、やっぱり職人さんが少なくなっているらしいですね。うちで使ってるものとしては、鬢付け油もそうですし、髪を結う時に使う元結(もっとい ※結上げ用の水引)なども職人さんが居なくなってきています。
──そうですね。私たちも他の職人さんのお話を伺うなかで、道具を作る職人さんが少なくなってきているというお話をよくお聞きします。
やはり職人の世界は職人同士で支えてはりますからね。材料や道具を作る職人さんも合わせてもっと盛り上がっていけたら良いですよね。
使い続けられる強い髪
京かつら今西さんでは和装挙式で花嫁さんが着用するかつらにも力を入れておられます。ここからは婚礼用かつらについて伺いました。
かつらの販売は芸妓さんの方が多いです。婚礼用は全部貸しかつらなんですよね。
婚礼の方はもう本当に日本髪のお嫁さんというのが少なくなったんです。あるとき流行で和装に洋髪の花嫁さんに変わってしまった時がありました。ただ、最近またそれが見直され日本髪を選んでくださる方が多くなっています。京都は神社仏閣が多いので特に実感していますね。
それでも数でいうとまだまだ少ないんですよ。でも求められている方もいらっしゃるので、そういった方へ少しでも届くようにSNSなどを使って宣伝を頑張っています。
芸妓さんのかつらって、支度しはったら家に帰らはるまで何時間も被ったままなんです。それはお嫁さんも一緒で、長い式の途中で痛くなったり、しんどくなったりしたら大変じゃないですか。
そういうことがないように、芸妓さんのかつらを作る技術を婚礼用かつらの方にも活かしています。
──人によってかつらの形が違うんですか。
もちろん顔によって形も変えるし、まずサイズが違う。貸しかつらの場合は、たくさんある中から最適なものを選んで合わせています。
婚礼用のかつらは、美容師さんがかつらを購入していてお仕事されている場合や、うちに花嫁さんをお連れして直接借りに来はる場合など、いろんなパターンがあります。
うちに来てくれはる人には全部僕たちがかつら合わせをして結上げているので、当日はその花嫁さんのために結上げられた、ピカピカのかつらを準備させていただいています。
──日本髪のかつらってすごく黒色なのかと思っていたのですが、目で見た感じだと意外と茶色っぽい色なのですね。
これは自然色って言って、真っ黒じゃないんですよ。
踊りのかつらには真っ黒の髪を使わはることが多いけど、婚礼用のかつらはどちらかというと自然に見せるために真っ黒は使わないんです。
──生え際もめちゃくちゃきれいですね!
自然でしょう。これがね、髪が一定にずっと植わってたらこうはならないんですよ。そこを考えて植えないと自然に見えないんです。
これは前髪をつける作業なんですけど(上記写真)、こんな作業もほんまに髪結わはる人によって、出来上がりが全然違ったりするんです。
──先ほど結い直しをするとお話があったのですが、このかつらは何回ぐらい使えるんですか。
かつらの頭皮の部分にあたる、網になっている部分さえ痛まなければ何回でもいけますよ。だけどやっぱり婚礼とかで使っていくと網の部分が痛むし、お化粧がついたりして汚くなってきたりするから、それを定期的に修理し直すわけです。その繰り返しのおかげでずっときれいなかつらを提供できる。
──網以外の他の部分はずっと使い続けられるんですね!
他の部分はずっと使い続けられます。髪はほんまに強いんですよ。
一人ひとりに合うかつら
実際にT5取材メンバーが婚礼用のかつらを着けさせていただきました!(上記写真)
初めてかつらを被ったのですが、想像していたよりずっと軽くて驚きました!サイズも私の頭の形に合わせてピッタリのものを選んでもらいました。かつらに合わせて白無垢も着せていただき、花嫁さん気分も味わえ、良い経験になりました。(照) 研究員、西岡より
かつらは、着装があかんかったり、かつらの質が悪かったりサイズが合ってなかったりいろんな要素でお笑いみたいになっちゃうことがあるんですよ。それがやはりマイナスのイメージに繋がって、かつらのお嫁さんが減る原因になっちゃうんですね。
でも挙式で見た日本髪かつらのお嫁さんがきれいやったら、まわりのお友達の日本髪に対するイメージは絶対悪くならないと思うんですよ。
お嫁さんがここに来たらまず、私の顔ってかつら似合いますかって言わはる。
でも、ご本人がかつらの方に寄ってもらう必要はないんですよ。お客様に似合うかつらを準備させてもらうのが、プロの仕事です。だから心配しないでくださいって言ったら納得してくださる方がたくさんいます。
──それを聞いたら、すごく安心するでしょうね。
そうやったら一番嬉しいんやけど。
──生え際がほんとに違和感ないですね。
それが売りなんですよ。今の位置だと全然違和感ないですけど、わざとちょっとずらしてみましょうか。(かつらを1cmほど後ろにずらす)
──「かぶってる感じ」がすごくなりました。
知らない人は自分の生え際がここやから、このかつらの生え際も一緒でいいんだろうて思うはずですね。でもそれだと台無し。これをずらすことによってすごく後ろに引っ張られる感じがあると思う。重いでしょう?
──重くなりました。
これが不思議とこの位置で被っていくと、その重みっていうのが半減されていくわけです。
確かに軽いです。
──なるほど、被る位置には美しく、軽く着装できる定位置みたいなものがあるんですね。
──和装の挙式を挙げる人って、伝統文化とかに興味ある人だったりとかするんですか。
どうなんやろうね。でも、たとえばこの角隠しっていうスタイルですが、これは日本髪でないと格好良くつけられないんですよ。なので、角隠しをしたい人は必然的に日本髪になりやすい。このスタイルにしたい人は、やっぱり日本髪に興味がある人、もしくはそういうお写真を見て憧れている人かな。
──最後に、今後の展望を教えてください。
和装花嫁のヘアスタイルでは花嫁さんの好みはあるとしても、日本髪と洋髪が同じテーブルで検討されていないことが多いんです。SNSなどで、サイズが合っていなかったり、正しく着装されていない人の姿を見て、日本髪かつらを選択肢に入れてもらえないこともありますし。日本髪かつらの正しい知識が無い担当者に「流行らないです」などと一言で終わらされてしまうこともありました。日本髪かつらも洋髪も両方ともちゃんと体験して、同じテーブルで検討してもらいたいと思っています。そのためにも、お客様一人ひとりに合ったかつらをご用意できるように、頑張っていきたいです。
職人interview
#85
京かつら今西
今西康夫
今西康文(やすのり)
文:
西岡菫(文化財保存修復・歴史文化コース)
撮影:
建木紫邑(クロステックデザインコース)
西岡菫(文化財保存修復・歴史文化コース)
京かつら今西 HP:
http://kyokatsura.ecnet.jp/