職人によって尺の単位が違う
──物差しがたくさんありますね。
これは1尺差しというものです。職人によって尺の単位が違うんです。
私たちの単位は大工と同じ基準。
──なぜ大工と同じ基準なんですか?
そういうことです。
昔は一軒一軒に、4尺あまりの床の間があったんです。今は床の間があっても3尺あまりで奥行きがほとんどない。ほんまは床の間が広ければ広いほどいいんです。せやけど時代に合わせて家の面積が狭くなってきてますからね。畳の部屋がなくなってきてるでしょ。しゃあないですけどね。
床の間が減ると掛け軸が減る。段々この京表具はダメになりますね。
最近「壁にかけれる掛け軸を作ってほしい」と言われるんです。せやけど掛け軸は壁にかけるもんやないから、考えられない。私らでは感覚がないから難しいんです。
やから若いもんに「そういうの考えて」と言うてるんです。
変えていかないとダメですね。
買った絵なんかも、掛け軸にせずに額に入れるでしょ。やから需要が減っていくのはしゃあないです。今は美術館、博物館、お寺、神社とかの掛け軸や屏風の修復作業の仕事ばっかりです。
──刷毛にもたくさんの種類があるんですね。
刷毛は動物の毛からできてるんです。糊刷毛は馬やムジナ、羊。水刷毛に鹿。
毛の硬さや、形が筒のように空洞になっている等の特性で糊ごとに使い分けているんです。表具専門の刷毛屋があって、毛の多さなどは刷毛屋さんにオーダーすることもあります。
──時代ごとに刷毛の動物の毛の変化はあるんですか。
あります。
筆の中心に命毛というのがあるんですが“ネズミの毛” がいいんです。筆の持ちが変わります。昔は船にいたネズミの毛を使ってたんですけど、今は船にネズミいないでしょ。だからだんだん命毛がなくなっている。刷毛に使う毛の動物の種類も減っています。それで京都府庁が、「今どういう動物がいるのか」や、なくなった道具等を調べているんです。
自分の技に誇りを持っていた。そういう時代がもう一回こんかなぁ。
──表具づくりで大事にされていることは。
やっぱり絵や作品の現状を維持することですね。それが第一に大事。そして絵を上手く引き立てること。表具屋にとって一番大事なのは、表具に使う裂を買う段階です。「この裂はこの時代のあの作家に合うな」というのが
頭にないといけない。感性がとても大事。
でも、買った裂がいつ使えるか分からない。10年先か、20年先か分からない。そんなこと関係なしに、「この表具に、この裂いいなぁ」というのを買っとかないといけない。いつでも使える裂はダメなんです。
──感性はどのように磨かれていますか?
一番いいのは一流のものを見ることです。綺麗なものを見ること。
今の若い子は、そういうのを見ようともしないでしょ。とても残念に思いますね。一流のものは東京、京都が多いね。
東京のいいところはファッション。
インターネットではなく現物をみなあかん。昔から東京、京都に一流のものが多いから伝統工芸も発展していったんだと思います。
今は一流のものを見る目がないわね。もっと求めなあかんわね。ええもん見て、それを分かるのは最低20年以上かかります。見たものがいつ、ものになるかは分からないけど、いつかは必ずものになっているはず。
そう思って一心に見てるんだけど、私もまだまだあかん。
あと、感動を覚えなあかん。「ええなぁ」 と言う気持ちを忘れないこと。
表具屋にとって知識と技術というのはね、数こなして年数経てば覚えられるもんなんです。けど感性だけはそんな簡単なものやない。
時代によって、世代によって感性は全く違う。大正から昭和の掛かりが最高やったんです。その頃はパトロンがいて、なんぼでも惜しまずお金を出してた。でも今は、なんでも見積が大事でしょ。そんなんでは絶対ええもんはできないんです。
そして大正から昭和の頃は、職人も育って、いいものがようけできたんです。
技術が高すぎて、戦前のものを真似することはどうしてもできないんです。作るものに対して限度がなかったから、「これでもか、これでもか」っていうものを作って自分の技に誇りを持っていた。
そういう時代がもう一回こんかなぁって思う。
職人interview
#22
岡崎清光堂
岡崎昭
文:
溝辺千花(空間デザインコース)
様々な和紙、道具を使い分け 布や紙を張ることで、絵を掛軸や屏風に仕立てる表具師。古くから残る表具の修復も手がけます。紙を張るスペシャリストで、貼り合わせた紙と紙のつなぎ目が全くわかりません。生活様式の変化で変わる、芸術品と建築物の関係や“一流のもの”についてお話ししていただきました。