職人interview
#64


京扇子|扇子と箔

京扇子には伝統芸能に用いられるものと、日常生活で使用するものがあります。
米原康人さんは金彩扇子の職人である一方で、作家としては「日本のアイデンティティーを表現する京扇子」をコンセプトに、現代のライフスタイルに合う扇子の在り方を追求したモノづくりをされています。
「もののあはれ」「幽玄」「詫び寂び」とよばれる東洋独特の美的感覚をどのようにとらえて「箔」に落とし込まれているのか、金彩扇子作家の米原康人さんにお話を伺いました。

扇子と箔

──普段はどういうお仕事をされていますか?

そうですね。僕の仕事は基本的にはお茶とか、茶道とか能とかそういうので使わはるような、使い方がちょっと決まっているような扇子の「箔押し」っていう加飾作業をするのが、大枠の仕事ですね。

──1日に何個くらい作っていますか?

作業によるので、パパッてやったら終わるようなやつもあります。
そういうものは何百とかやりますけれども、複雑な作業だと1、2枚しかやらないときもあります。結構、待ちが多い仕事なんですよ。
乾かしたり、湿気を入れたり、作業と作業の間に待ちが入るんで、作業効率を上げるのにいろんな仕事を同時進行でやっています。

── 一般の方が使うような扇子も作られていますよね。

そうですね。一応、箔を使った夏扇子は昔からあったんですけど、安価な商品に押されて売れ行きがあんまり良くなくて。価格帯とちょっと暑苦しいっていうので、あんまり作られなくなりました。
今は時代が変わって必要とされる物も変わってきているので、少しずつやっていこうというのか、魅力を伝えるっていう意味で、一般の人に向けてやっている感じです。

──芸事に使われる扇子と一般の人が使う扇子にどんな違いがありますか?

機能的には変わらない場合も多いんですけど、用途や目的が違うんです。

例えば、舞扇子では踊るだけで扇いだりはしないですね。使う目的があるセンスが舞扇子であったり、茶扇子であったりします。扇ぐのとはまた違う用途がある扇子という感じですね。
扇ぐものに関しては、雑貨屋さんにも売っているものになると思うんですけど、それで踊ったりすることはあまりありません。舞扇子と呼ばれる規格があって、形や大きさが決まっていたりするんですよ。

──規格が決まってるんですか?

そうですね。
女性ものや男性ものなどもあって、流派や演目によっても使う扇子が決まっていたりします。

──普通の扇子よりも舞扇子の方が大きいんですかね?

そうですね、舞扇子は大きいですね。

──扇を閉めるときの音が良いですね。

そうですね。しまうところも踊りの作法の中に入っていたりして、その音も表現のひとつになってくるので、やっぱりそういうところもしっかりしてないと。舞扇子の場合は踊り手さんの表現に関わってくるところになるので。
普通の扇子もガバガバやったらあかんし、パチってしっかり閉まったりとかが大事になってくる。仕立てっていう部分では、京都の扇子は良いものというか、しっかりしているものと言えるんちゃうかなと思っています。

──扇子自体はどこかから仕入れていらっしゃるのですか?

そうですね、骨屋さんというところがあって、そこで骨組みを作ってもらって仕入れます。紙屋さんからも紙を仕入れています。

──別々にですか?

はい。京都は全部分業なんですよね。
ここで加工したあとも、次は紙を折る人がいて、仕上げやつけ屋さんと呼ばれるところが最後におられます。分業が京都の文化なので、そこはあまり崩さないのが良いと思っています。

──米原さんがされているのは、結構最後の方の工程になるんですか?

箔押しという仕事は、他の業種だと最後の方になってくるんですけど、僕らは最初なんですよ。
扇子の場合、紙が来て、箔を入れて絵を入れますってなったときに、やっぱり箔を先にやらないと絵が描けないじゃないですか。下地の仕事なんですよ。

──逆に最後に箔押すってことはあんまりやらないんですね。

最後にはやらないですね。
よっぽど剥がれることがあったら、修正とかは多少ありますけど、基本的には一番最初ですね。

──箔押しをしてから色を乗せるんですか?

そうですね。
上からスクリーンや上絵などが入るので先に箔を押します。オリジナル商品の場合は様々な箔を絵の具のように使って箔だけで完結させる事があります。

──贅沢な感じがしますね。

僕のところで使う素材の中では、そういう着色ができるのは基本的に銀だけなんですよ。銀には変化しやすい性質があって、着色が可能であったり、箔を焼いて色を発色させたり、絵の具のように使うことができる素材です。
本金になると値段も上がってきますし、いかにも金色になってしまって普段使いしにくくなってしまいます。なので、僕のところでは銀を使うことが多いですね。

──扇子にも色々な種類があって価格も2、3倍違っていますが、それの違いはなんですか?

扇子の場合、値段の違いは大体が材料の値段なんですよ。
どんな骨を使っていて、どんな箔を使っているのかとか、塗りの作業が1個入ったら値段が上がっていきます。

──素材が良いものになっていたりとかですか?

そうですね。高値で売っていても、僕らの工程では少ししか取ってない場合もたくさんあるんですけど、箔を使うと高見えするので、そういう風に扱う店もあります。
でも、基本的にはその作家さんのプレミアムが付いてて価格が上がるっていうのは、あまりある世界ではない感じがしますね。作家さんを呼んできて、それを作りましたってなったときは作家さんの相場に合わせて値段とかを付けはりますけど。扇子屋さんがなんかやるってなったときには全部材料費ですね。

──コラボでがま口やハンガーの柄の部分にも箔を施されていましたが、紙以外にもできるのでしょうか?

そうですね。仏具以外にも西陣の帯、着物の金彩といった他業種の箔を扱う方にも相談して行なっています。
やっぱり、扇子だけをやってるとなかなか難しいというのか、扇子に合う柄だけしか残っていかないので、いろんな柄やパターンがある中で活かしてもらえるところがあれば、それは絶対やった方が良いなと思っています。

──初心者の方でも、箔は貼れるものですか?

箔自体は工夫を施せば色々なものに貼れます。
でも、接着剤として使用しているものの良い乾き加減を感覚的に分かっていないと駄目だったりするので、そういうノウハウがある人が事前に接着剤となるものを塗って、そこで体験してもらうような形でしか素人の方には難しいのかなと思っています。

──箔を貼るための道具はどこで売られているのですか?

画材屋や箔屋で売っています。

──至るところに金箔がキラキラ落ちてますね。

この部屋はずっと金箔が舞ってますよ(笑)


職人として、作家として

──箔押しのお仕事は家業を継ぐ形で始められたのですか?

そうですね。自分はそんなに深く考えていた訳ではないんです。
大学に通っているうちに「就職するのはしんどいだろうな」と感じ始めて、家業であるこの仕事の手伝いから始めたんです。すると大学4年生のときに就活が始まるじゃないですか。自分よりちゃんとした人がだんだん就職決まっていく状況の中でリーマンショックが起こって、内定が決まっていた人も取り消しになっていきました。
これはもういよいよ無理やなと思って。「外に出てからでも全然遅くない仕事やで」って言われていたんですけど、結局「いや、多分無理や」って入らしてもらった感じです。拾ってもらった様なもんです。

──時代背景もあったんですね。箔押しを始められたのは大学生の頃からでしょうか?

そうですね。それまでは全く関わっていなかったです。
大学では全く箔とかには関係ない人間文化学部に通っていました。高校のときは家族が家で箔押しの仕事をやってるなという認識はありましたけど、それに関わることは無かったですね。

──最初はどういったことから始められたんですか?

金の細かい砂状になったものを振りかける作業があるんですけど、それは道具があれば誰でもできるのでその辺から始まりましたね。

──仕事を始められてから10年くらい経つと思いますが、お仕事に対するお気持ちで変わったことはありますか?

やっぱり最初は何をしたら良いのか分からなかったです。「こういう仕事があります」って仕事を持ってきてもらったときに、完成形が見えなくて1人でやるのが難しく感じました。でも、始めて3年ぐらい経つと何となく勝手が分かるようになって自分のものになっていったような感覚があります。

難しいなと感じるのは、もし自分が技術を誰かに伝えるとなったときにマニュアルがないことですね。
例えば膠(にかわ)や漆(うるし)という接着剤を使う仕事があって、それらはどれぐらいの量でこの硬さになるとか決まっている訳ではないんです。その日の気温や湿度など環境に左右されるものなので、実際に経験して慣れていくしかないんです。
他の仕事だったらある程度型に当てはめたらできることが多くて、人材がすぐに育てられると思うんですけど、その部分が工芸の難しいところなのかなと思います。

──デザインを考えるときにテーマなどは決めていらっしゃいますか?

着物に箔が押されたデザインは多く残っているものが多いんですけど、その中から自分が「このデザインだったら扇として持ちたいな」とか「このデザインだと箔の魅力が伝わりやすいな」って思うものをセレクトしたりすることが多いです。
箔の持っている魅力を伝えたいので、今までに作られてきたデザインをどうやって扇に落とし込もうという発想で制作することも多いです。

──素材の良さをどうやったらよく見せれるかも考えていらっしゃいますか?

そうですね。
金箔って聞いたらものすごく豪華な感じがしますけど、そう見せない表現もあったりしていて、多様な表現をして興味を持ってもらえるようにしていきたいです。

──職人としての活動と作家はどう違うのでしょうか?

まだ僕が職人の世界に入るぐらいのときは、言われたことを完璧にこなしていたら良い職人と呼ばれていたんです。言われたことを言われた以上の完成度でこなしたり、数あるものを均一に綺麗に作業できることが良しとされてたんですね。
ただ、今の時代それってもう機械の方が上手になっているんです。均一に綺麗にしていたら機械に仕事を持っていかれる。

実際リーマンショックが起こったときも、問屋さんが持ってきてくれた仕事がなくなっても守ってもらえるっていう感覚があったんです。でも、実際そういう仕事もパツンと切られたんです。だから、そういう常識でいると職人は滅びていくんだなと思うようになりました。

そうなったときに、今の職人は自分が一番知っているところをしっかり伝える作家であるべきだと思うんです。職人というよりも、作家とした方が主張が伝わるのかなと僕としては屋号みたいな感覚なんです。
本来の職人っていう役割だけでは、もう今の時代生き残れないのだと思います。

──技術の方に目がいってしまいがちですが、そういう考えに至った何かきっかけとなる出来事はあるのでしょうか。

昔の場合は、技術を追求していたら喜んでくれる人がいたんですよ。
問屋さんが「こんなこともできるのか」と驚いてくれたりだとか。そういうことがあったので技術を磨いていた訳ですが、今の時代、僕が箔を並べるのがものすごくうまくなっても、その需要はある程度箔が扱える人と同じになるんですよ。
だから求められてることが全然違うのかなっていうのがちょっと思うところで、その技術も必要やし、上手ければ上手いほどもちろん良いと思います。

──技術があっても結果につながらないという感じでしょうか?

いや、それは言い過ぎかなと思うところはあるんですけど、努力する向きやベクトルみたいなものが昔と変わってしまっているのに、そっちを向いていると「僕はこんなにうまくできるんですよ」って自己満足になってしまうというのか。

──世間のニーズと職人さんの答えみたいなものが、ちょっとギャップが生じてるんですね

それこそ技術を磨きまくって、これはもう僕しかできないんですよってなったら、それはもう作家さんになってるかなという感じがして。大量生産でやってきたような仕事がそれじゃできなくなってきたわけで。
じゃあ今度はどういうふうに方向転換していかなあかんのかっていうことを自然と考えさせられる時代に職人になったのかなって思います。
でも遅すぎるんですけどね。本当はもっと前からそういう話はあるんですけど、みんな変わりたがらないっていう状況だったので。


日本の精神を箔に込める

──日本人ならではの美徳は、現代の日本人にもあると思いますか?

僕は脈々と受け継がれていると思っていますね。
例えば、能には幽幻という言葉があるんですけど、それはエモーショナルなというか、情緒的な感情みたいなところにフォーカスして演目が組まれていたりするんです。それって今の映画とかアニメとか、今の表現の媒体でも思いっきり中核になっていると思うんですよ。
外国の映画祭とかで評価されている作品も、日本人が大事にしているものの描き方をしている気がするんです。それが海外にあるかないかは知らないんですけど、日本人は今でも心に響くんちゃうかなと思います。

具体的に何かって言われたらすごい難しいなと思いますけど、そうやって言葉にできへん感覚はみんな持ってる。「日本の物って良いよね」って多くの日本人は言うと思うんですけど、それも具体的じゃなくて何となく感じている部分があると思うので。
みんな日本人の美徳を持ってるんじゃないかなと思っているんですけどね。

──言葉にできないものを箔で表現されているんですね。

やっぱり言葉では表せないものになるので。
連歌とかが流行った時代に言葉にされたものを、茶道で視覚的なものが作られて、そこにのっとって現在まで来ている感じがするんです。だから僕が提供できるものっていうと、やっぱり茶室みたいなとこから感じるようなものかなと思っているんですけど。

──言葉の表現からはじまり、多様な表現方法が生まれてきたんですね。

例えば「わびさび」っていうのはこういうもんですよって見せられるようになったのは、茶道が出てきたあたりやろうなっていう感じがしますね。
もっと前からあったかもしれないですけど、辿れる限りやとそんな感じかな。でもわかんないですね、主観です。

扇子の歴史はとっつきやすいというか、お茶の仕事とか能の仕事から知ることができるので。でも、他にその時代にそういうものがあったのかと思っても調べようが無くて。やっぱり残ってるのは能とか茶道とか踊り、あとはお祈りの物とか宗教的なところにしか残ってなかったりする。
今僕らが簡単に手に入れられる情報は限られているので、自然に辿り着くようになっていた気がするんですけどね。

──発表されている作品のタイトルはどのように決めているんですか。

実はタイトルを決めたくないんです。作るときに多少のテーマはあるんですけど。作品を展示しますよってなったとき、絶対にタイトルを聞かれるんですよ。それでなにか付けないと駄目だってなるんですよね。そのテーマにうまくはまる言葉があれば連作で続けていければ良いんですけど。だから、1年前に出したものを今出したらタイトルが変わってるときはあります。

──見る人が感じることにゆだねるという感じですか。

やっぱり鑑賞物は人が感じて、それで成立するのが日本的かなと思うんで。
一応「こう思ってこう表現してます」っていうのは言えるようにしとかなあかんと思いますけど。がちっと決まっていて「いや、違います。これはこういうもんです」って言うつもりは全くないですね。

──京扇子の魅力はどういうものがありますか。

例えば、もうすでに中国では大量生産されていて、品質改善してきてる。
じゃあ日本の扇子で何が残っているのか考えたら、「幽玄」「わびさび」というような表現しかなくなってきているんですよね。それが最後の砦かなと思っていて、京扇子にしか表現できないところを大切にしていきたいと思っています。京都は歴史背景を持ってる。昔からそういった表現を意識して作られてて、今もそれができる産地っていうのは無いんですよ。
僕らは扇子の箔専門でやっているので、扇子を折るときにどうやったら箔がはげないかとか、水の配分だったり、そういったノウハウを持った産地が京都にしかないんです。それに関しては京扇子の強みというのか、残すべきところだと思っています。

──これから京扇子を持つとしたら、どんな人に手に取ってもらいたいですか?

日本のアイデンティティを感じたいと思っている人に使ってもらえたら良いなと思いますね。例えば、茶道かなにかですごい魅力的だなって思っても、いざ自分がやろうと思うと結構ハードルが高いんちゃうかなと思うんです。でもそういった芸事と京扇子も気持ちは一緒やと思うので、そういう魅力が物でも感じられるんじゃないかなと思っていて。
それは扇子じゃなくても良いですが、そういう精神的なものを持った物を取り入れていったら、より日本人らしいんちゃうかなって思うんです。

──これからの展望をお聞かせください。

まず、大前提として、これまでの扇子の仕事を今後も頑張っていきたいと思っています。その上でやっていきたいなと思っているのは、さっきあったような竹に箔を加飾したり、扇子以外のお仕事をしっかりできるようにすること。工芸って日常の中で使うものに手作業とか表現が入っているのが工芸品かなと思うので。
扇子が芸事に寄ったことをしているだけに、工芸品ってなんやろうって考えたときに、そういう日常の中で使うものの方がもしかしたら言葉の意味としては合うんじゃないかと思うことがあるので、コラボなどのお話をいただいたときは楽しみにしています。

これはダイソーの商品に箔を加飾してるんです。別にこれじゃなくてもよくて、プラスチックとか本当なんでも良いんですけど、使うものにこういう加飾をするっていうのを最終的にワークショップみたいなところに持っていく発信として考えてます。
加飾することによってプラスチック感が無くなるんで、そういう面白さを体験してもらった方が、商品として向いてそうだなと思って。製品を工芸にしてしまうみたいな。常に色々な方法を模索しながら制作していきたいと考えています。


職人interview
#64
東山企業組合
米原箔押加工所
米原康人

文:
谷口雄基(基礎美術コース)
滝井智恵(クロステックデザインコース)
工藤鈴音(クリエイティブライティングコース)

撮影:
木ノ川ゆづき

金彩扇子作家 米原康人 HP:
https://kinsaisensu.com

職人interview
#64


京扇子|扇子と箔

京扇子には伝統芸能に用いられるものと、日常生活で使用するものがあります。
米原康人さんは金彩扇子の職人である一方で、作家としては「日本のアイデンティティーを表現する京扇子」をコンセプトに、現代のライフスタイルに合う扇子の在り方を追求したモノづくりをされています。
「もののあはれ」「幽玄」「詫び寂び」とよばれる東洋独特の美的感覚をどのようにとらえて「箔」に落とし込まれているのか、金彩扇子作家の米原康人さんにお話を伺いました。