舞妓の御用達
#12


つげ櫛 京都十三や

舞妓、芸妓さんの存在は知っているけどどんな生活を送っているのか、どれだけの職人さんが関わっているのか私たちにとってそれは謎に包まれたままでした。
そんな“気になる”気持ちから舞妓さんの頭の先から足の先まで徹底解剖する企画がスタート。
この記事を通して、日本に残った文化“美しい謎”を一緒に解明していきましょう。

第12回 つげ櫛 京都 十三や 竹内伸一さん

日本人女性の髪のお手入れには欠かせない櫛。その中でも京都のつげ櫛は舞妓さんや髪結師さんが愛用する、使えば使うほど髪に馴染んでいく自然由来の道具です。

第12回は、四条通沿いにお店を構えて140年以上つげ櫛や簪を製造・販売されている、京都 十三やの竹内伸一さんにお話をお伺いしました。

十三やは、つげ櫛の他にも簪など髪の装飾品を販売しているお店です。
創業は明治時代の1875年で、竹内さんは五代目になります。櫛は元々中国から入ってきた文化で、ご先祖様が貿易の盛んな大阪の堺市の近くに住んでいたことから、櫛の修行をして京都に出てきたという説が残っているそうです。
現在竹内さんは奥様と一緒にお店での販売のお仕事をされています。櫛の製造のほとんどは息子さんが受け継いで担当されています。
なぜ十三やという名前なのか。櫛(くし)は語の読みから「苦死」に通じてしまい縁起が悪いため、語呂合わせで「94」と読むことから、9と4を足して十三やという名前になったそうです。


じっくり時間をかけて作ることで、一生の相棒になる

つげ櫛は黄楊(ツゲ)という木から作られています。
静電気が起きない、枝毛が発生しにくい、櫛の歯が頭皮を刺激することで血流が良くなるなどの効果があると言われています。

十三やの「国産本つげ」は、鹿児島県指宿(いぶすき)産、樹齢30年以上の薩摩つげから作られています。黄楊は木の繊維が緻密で硬いことが特徴で櫛の加工には最適とされています。

竹内さんに製造工程をお話して頂き、今回は仕上げの一部分も実演して頂きました。

まず、原材料である黄楊を強い紫外線で天日乾燥させます。
次に板締め、燻蒸という工程に入ります。素材を竹で束ねて燻し、ある程度寝かせて束が痩せてきた頃、空いた隙間に黄楊を追加して締めます。
そしてまた寝かせては締めてを繰り返し、十年以上寝かせることにより安定して加工ができる素材になっていくそうです。

それから歯挽き、歯摺りなどの櫛の歯部分を作る工程に入ります。
機械化されているのは、一枚の板から歯を削り出す歯挽きのみでそれ以外は全て手作業で行われています。
歯摺りは削り出した歯の先を削って細くする工程です。失敗ができない一番神経を使う作業だと仰っていました。

最後に仕上げに入ります。目の荒さによってヤスリを使い分けており、先代から使われてきた道具をその都度研いで手入れして使っているそうです。
また、しっかりした葉脈とざらざらした質感から椋葉(ムクの葉)がサンドペーパーとして使われることもあります。植物繊維で磨くことによって傷がつかないことが特徴です。

こうして職人さんの手によって丹精込めて作られたつげ櫛は店頭に並んでいます。
一本の櫛を作れるようになるまで10年近く修行されるそうです。
つげ櫛は大切に使えば使うほど、髪と木の摩擦によって歯が少しずつ削られていき、段々通りが良くなっていきます。椿油に浸けてお手入れすることにより、櫛の色も段々と琥珀色に変化して木の味が出るようになります。
ここで、十三やに並ぶ代表的なつげ櫛たちを紹介します。

戦前は嫁入り道具として、女性は最低でもこの中の半分の数の櫛を持っていたそうです。

①とき櫛
「横櫛」とも呼ばれている、私たちにとって一番身近な形の櫛です。奈良時代に中国から伝わったといわれています。
十三やのつげ櫛は、極細から極荒まで歯の目の種類が大変豊富です。お客さんは自分の髪の長さ・太さ・量に合わせて選ぶことができます。

②日本髪用 つげ櫛
「縦櫛」とも呼ばれている、舞妓さんの髪結を整える際に使う櫛です。
江戸時代に開発された日本特有のもので、髪結師さんがお仕事で使うだけでなく舞妓さんがご自身で整えるためにお買い求めになることもあるそうです。

○パーマ櫛
戦後、日本人の中でパーマが流行し始めたことにより開発された荒めの櫛です。観光客、特に欧米の方にも髪質からこのような荒歯の櫛をおすすめしているそうです。

○花櫛
蒔絵師や透かし彫りの職人さんに依頼して作っている商品です。職人さんの数も減少しており、今は大変貴重なものです。


舞妓さんが直接やってくる時代

祇園の舞妓さんは日頃、祇園周辺の置屋さんで生活しています。しかし、鴨川を渡った先にあるこの十三やまで直接足を運んで買いに来られることもあるそうです。
この取材の前日も来店されていたそうで、意外と身近な場所でお買い物しているということに驚きました。

舞妓さんの他にも京都の伝統に関わるお客様といえば、髪結師さん。
櫛にも一長一短があるそうで、厚みがある方が丈夫だけれど、薄い方が通りがいいとされています。髪結師さんは、それぞれご自身のこだわりに合わせて櫛を買われていくそうです。
竹内さんは、京都は他の地域に比べて日本髪を結う人が多いので、色んな種類の櫛を使う人が多いと仰っていました。
舞妓さんだけでなく歌舞伎役者さんやお相撲さんの髪にも使われるので、つげ櫛は日本の伝統文化を陰から支えてきた道具とも言えるのではないでしょうか。

最後に、お仕事のやりがいと今後の展望についてお伺いしました。

お客さんに「日本にこんな良いものがあるなんて、今まで気づかなかったです」と言って貰えたらそれこそ幸せかな。今はプラスチックの櫛を使う人が多いし、思い切った買い物にはなるけれど、(効果は)使ってみないと分からない。
息子も継いでくれたので、息子が生きている限りは。舞妓さんや日本髪の文化が京都にある限りは、櫛づくりの技術を守っていきたい。

ものづくりに対して丁寧に向き合う竹内さんの姿勢が、十三やのつげ櫛に表れていると感じました。
大切に扱えば扱うほど、自分の髪に寄り添ったものに育つつげ櫛。一生ものの自分磨きの道具として、お客さんに使ってみたいと思わせる魅力に溢れています。


舞妓の御用達
#12
京都 十三や
竹内伸一

文:
安彦美里(基礎美術コース)
中村珠希(基礎美術コース)

撮影:
鈴木穂乃佳(基礎美術コース)

京都十三やHP:
https://www.kyoto-jusanya.com

舞妓の御用達
#12


つげ櫛 京都十三や

舞妓、芸妓さんの存在は知っているけどどんな生活を送っているのか、どれだけの職人さんが関わっているのか私たちにとってそれは謎に包まれたままでした。
そんな“気になる”気持ちから舞妓さんの頭の先から足の先まで徹底解剖する企画がスタート。
この記事を通して、日本に残った文化“美しい謎”を一緒に解明していきましょう。