第13回 特別編 祇園甲部 櫻千鶴さん
やるんやったら京都で15歳から
──緊張します。お願いします。
おたのもうします。
──簡単に自己紹介をしていただけますでしょうか?
はい。祇園甲部櫻千鶴どす。おたのもうします。
──お願いします。年齢をお伺いしてもよろしいでしょうか?
19歳どす。
──お若いですね。
ふふふ。
──お店出しをされてから何年ですか?
うちは今3年目どすね。
──もう、少し先輩になられたところでしょうか?
そうどすね、3年目いうたらちょうど真ん中ぐらいなんどすけど、やっぱりコロナもありましたし、あんまり後輩に教えてあげられることできひんかった3年間かもしれへんので、あと残り少ない舞妓の時間をちょっとでも先輩らしくできたらええなと思ってます。
──舞妓さんになったきっかけは何ですか?
うちは元々お着物がすごく好きで。お着物を好きになったきっかけもあんまり覚えてへんのですけど、その時にちょうど京都のお茶の宣伝のチラシに舞妓さんが載ってて、それを見て「わ、かわいい。うちもこれなりたいな」と思ったのがきっかけどす。
──それはいつ頃ですか?
小学校4年生の時どす。
──そうなんですね。それからはもうずっと、中学校を卒業してから舞妓さんになろうっていう気持ちでいらっしゃったんですか?
そうどす。うちは出身は東京なんどすけど、やっぱり両親に言った時にはそんなに舞妓さんがしたいんやったら東京の花街にも芸者さんていはるし、そっちで高校大学を出た後になったらええやないかと言われたんですけど、やっぱりやるんやったら京都で、それも15歳からきちんと舞妓さんというものを経てからなりたいなって思ったので、15歳で行きたいと思っていました。
──目標は芸妓さんで、そのための期間の舞妓さんですもんね。もともとお着物とか伝統文化に惹かれるところがあったんですか?
えーっと、いえ。ほんまにお着物から入って、まだ子供やったので両親もそのうちすぐ変わるやろうっていう考えやったみたいなんどすけど、でも父が日本舞踊を習わせてくれたり、鼓の稽古もちょこっとさしてもうたりとか、中学生の時はいろいろ稽古さしてもうてました。
──踊りってなると流派とかがあるじゃないですか。それも祇園で習う流派とは全く違うものを?
違います。全くちゃうとこの流派やとわかってはいたんどすけど、京都来てお稽古を始めてから全く違うことにすごくびっくりしました。でもやっぱり立ち座りとか、ちょこっとしたほんまに基本の部分は最初の方ちょっと習ってたのでまだできたというか。
──まだそれが生きていた?
ちょっとだけですけど、でもその後は全然違うのどすね。笑
襟足を上手に描けた日は一日中気分がいい
──道具についてもお伺いしたいんですが、置屋さんとかで代々受け継がれているものの中で、特に神経を使って扱われているものは何ですか?
そうどすね。まず一番はぽっちりどすね。うちらのこの帯留なんですけど、やっぱり置屋さんから代々継がれているのもありますし。その前にも他の置屋さんが持ってたものもあるので、しかも壊れたりとかしたら直らへんものやので、自分の代でそれを壊してしまって使いへんようになったりしたら大変なことですし、そこがやっぱり一番気を使うてますかね。
うちら舞妓さんておこぼでこける時もぽっちりだけは守ってこけるようにって舞妓になった時最初言われてたぐらいのものやので、そこはやっぱり一番どすかね。
──こけたことはまだない…?
あ、あるんどすけど、顔から入って…あのー普通に手をついて。笑
──危険ですが手をつくのが一番ですね。笑
ぽっちりをつけている時はやっぱり気持ちが神経質になったりされますか?
そうどすね。やっぱり舞妓の格好は何ひとつ欠けたらあかんのどすけど、ぽっちりって着付けで最後につけるので、やっぱりこれついて完成したなっていう気分になりますね。
──使っていて気分が上がるものや、お気に入りのものはありますか?
うちは簪が好きで、これ(取材時に付けているもの)とはちょっとまだ違うんどすけど、花簪は顔周りにすごい色鮮やかなのを付けると、わあ舞妓さんやなあ〜って。後は芸妓さんやったらね、こんな頭の上にお花咲いてるんとかおへんどすし、舞妓のうちでしかできひんので。花簪もお姉さんになるごとにシンプルに、シックになっていくんどす。せやしもう、うちもこの瞬間を噛みしめて、可愛いの付けさしてもうた時はすごく気分が上がります。
──その日付ける花簪は自分で選べたりするんですか?
ちょっとお姉さんになってきたら、どんなお花の形がいいとか、色使いとかちょっとは選べます。置屋さんにあるものの中から。
──1年目の方とかは絶対に決まってますか?
そうどすね。大体これっていうものがあるんどすけど、3年目ぐらいになってくると、こん中のどれかから選んでっていう感じ。
──お化粧は自分でされていますか?
はい。おしろいは全て自分でさしてもうてます。
──最初と比べて上達したなって思う時はありますか?
ありますね。やっぱりおしろい完成する時間がすごく短こうなりましたね。もう前まで2時間とかかかってたんどすけど、今は本気出したら40分くらいで完成するので。
──2時間と40分ではだいぶ違いますね。
慣れたなあと我ながら思います。襟足を上手に描けた日なんかは一日中気分がいいです。笑
──お化粧で厚塗りをされると思うんですけど、スキンケアとかもだいぶされてますか?
スキンケアはまずしっかり落とすことかなと思うんどすけど、(とても小声)特に何も……。
──そうなんですか!?
たぶん元々の肌が強くて、あんまりニキビができない家系なんどすかね……。
──ほとんど何も使ってらっしゃらないんですか?
普通に洗顔して化粧水塗って乳液塗って終わりどす。
──すごい。ヘアケアとかはされていますか?
髪の毛はやっぱり下ろした時にね、ちょっとパサっとしてるので、したいなあと思うんどすけど、やっぱり髪質パサパサの方が日本髪にはもちがよくていいんどすね。せやし舞妓のうちはちょっと我慢しようかなと思ってて、やっぱり何もしてへんのどす……。
京都の旅がいいものになってくれたら嬉しい
──次に花街の方との交流についてお伺いしたいんですが、御用達のお店はどこですか?
まず祇園屋さんっていうおしろいの道具、おしろい用の化粧品を売っているところなんどすけど、そこはやっぱりよう行きますね。何かなくなった時にすぐ近くにあるので、同期の子と一緒に行ったりとかしてますね。
あとは井澤屋さんっていうお扇子とか帯揚げとかちょっと小物系のお店なんですけど、よう寄せていただきます。
──自由な時間があった時に、個人でお伺いするんですか?
そうどすね。一人でも行きます。
──そうなんですね。花街のお店の方との交流はありますか?
やっぱりお料理屋さんのお父さんお母さんとか、お茶屋さんのお父さんお母さんももちろんですし、何遍も行くと結構いろんな方に顔を覚えてもらえたりするので。そういう時にちょっとお話しさしてもらったりとか、お客さんとお話しさしてもらったりとかしてますね。
──別の花街の舞妓さんや芸妓さんとの交流はありますか?
それがうちはあんまりなくてですね。五花街*っていう合同公演の時とかは大体同期とか同じぐらいの世代の人で出るのでその時に結構仲良くなったりとかするのどすけど、コロナがあってそれが全くおへんどした。
*五花街…京都五花街合同公演「都の賑い」は、「祇園甲部・宮川町・先斗町・上七軒・祇園東」の五つの花街が集う、6月の京都を彩る恒例の合同公演
──コロナの影響はやっぱり大きいんですね……。次の五花街では仲の良い子ができるといいですね。外を歩いていて、人からの視線が気になることはありますか?
もちろんそうどすね。やっぱり基本歩いてる時は常に人に見られてると思って、ちょっと首長めにして歩いてたりとか。笑
──その視線がちょっと必要だったり?
そうどすね、視線を感じてもすっとして歩いてますね。
──もう常に気を張っている状態なんですか?
でも、やっぱりそれがもう当たり前になってきてるので普通ですかね。
──全然苦じゃなく。外で一般の方に見られた時にどんな反応をされたら嬉しいですか?
ええ、きれいやねって言っていただいたりしたら。道端で私たち芸舞妓を見かけたことによって、京都の旅がいいものになってくれたら嬉しいどす。
──そうですね。舞妓さんが歩いてたら、あ、京都だ。と思いますもんね。
はい。もしかしたら舞妓さんを見たくて花見小路を歩いてたかもしれないし。
──同学年の学生と交流するということはありますか?
地元にいまだにうちと遊んでくれはる友達がいるんどすけど、その子ぐらいしか。うちの交流関係が元々すごく狭いっていうのもあるんどすけど。
──舞妓さんになると、やっぱり今までいた世界とはだいぶ離れたとこになるんですかね。
そうどすね、やっぱり価値観とかも変わってくると思いますし。
帯締めや帯揚げで色を楽しむ
──今日のお着物と帯はどうやって選ばれましたか?
これは自分が選ぶんどすけど、何色か出されてて帯も出されてます。今日は宴会がどのお姉さんともかぶってへんので、自分の好きな色を着て大丈夫なんです。宴会がお姉さんとかぶっていることが分かっているときは姉さんから先に着物を決めて、その色を見てから色がかぶらへんように出して、帯も考えてっていう感じどす。
──さっき好きとおっしゃっていた簪も素敵ですね。
これ、可愛らしおすよね。どんどんシンプルになっていくのが耐えられしまへん。もみじなんですけど、これは11月の間もずっと黄色いままで紅葉しないんですよね。笑
これもうちょっとしたら赤くなるの?とかお客さんに聞かれたんですけど、いや、黄色いつくりしかないんどすって。
──簪も代々受け継がれているんですか。
そうどすね。でもわりと簪っていうのはすぐ割れたり、ぼろぼろになったりするので、これも比較的新しいやつなんどす。こういう赤玉とかはちょっと前から使ってると思うんどすけど、もっと大事なお店だしのときに付けるべっ甲の簪があって、あれはもう何十年も、代々受け継がれてます。
──こういうのは、新しく買うときにこれが欲しいみたいなのは言えるんでしょうか?
よっぽどこだわりがある子は自分で買わはったりとか、お客さんに作っていただいたりするんどす。そういうときは好みで選べるんどすけど、新調するときは基本は置屋さんのお母さんの趣味になってます。着物もそうどす。お母さんの好みなので、やっぱり似たようなものが多い。
──その中から、自分の好みのものを見つけ出して。
そうどす。これもお気に入り。
──よく着たりしますか?
これは結構よく着させてもうてますね。
──裾もすてきですね。
おおきに!
──たまに素の自分が出てしまうなって思うときはありますか?
やっぱり楽しい時とか盛り上がっている時だと自分が出てしまうなと思います。結構うちはもともと馬鹿正直な人で、すごいもとから素に近いと思うんですけど、お客さんとかお茶屋さんの方には「あんたはそれがいいわ」って言っていただけたので、これからもそういう感じで行こうかなと思ってます。でも、やっぱり言葉を気をつけないといけないなと思いますね。
──花街の言葉を。
楽しくなると、「〜じゃないですか」とか。
──抜けちゃうんですね。今日のメイクのポイントはどこですか?
眉毛が少し長かったかな。
──毎度のメイクのこだわりとかってありますか?個人個人でこだわりってあるんですか?
あると思います。やっぱり眉毛の形とか目の赤の入れ方とかアイラインの引き方やお紅の形もそうですけど。よく見たらみんな違うのどす。うちは目が小さいので赤を上下まぶたに入れるようにしています。
お稽古を重ねて
──撮影されるのは慣れましたか?
慣れますね。やっぱり写真に慣れてくるので、家族写真の時とか一人だけ「ふん」ってしてて恥ずかしいんです。笑
──簪以外にお着物の小物で好きなものはありますか?
うちは帯締め帯揚げが好きで。ちょっとしか見えないんですけど、自分のなかでは色を楽しんだりしています。自分で買える値段だし夏用と冬用があるので、井澤屋さんに行っていっぱい買って集めてしまいますね。
帯締め帯揚げも置屋さんにあるものを使っても良いんですけど、うちは自分で買ったものを使っています。
──恋バナってすることはありますか?
いえ、普通の恋愛とかっていうのはたぶん無理だと思うんですけど、やっぱり自分の憧れのお客さんとかってやっぱりいはるんです。顔がカッコいいとか性格がカッコいいとか気前がいい方とか。お客さんと今日はどこどこ行ったとか、こういうお話したっていうのは一緒に住んでる置屋の人たちとすることはあります。
でも、それってやっぱり憧れに近い。なんていうか、アイドルの推しみたいな感覚やので、恋では……なかなか普段できないので難しおすね。
──逆にしたいっていう気持ちも。
いや、おへんどすね。その他がやっぱり充実してますし、うちには豆千鶴さん姉さんもいはりますし、何も不足なことがないんですね。
──同年代の学生と比べて制約が多かったり、比べると自由がないと思うんですけど、学生になりたいっていう気持ちがでたりとかっていうのはありますか?
今はもうほとんどおへんどすね。やっぱり舞妓をしてきて、すごく楽しいこともありましたし、そういうのを思ったら学生やったらこういうことはできひんかったなと思うと舞妓で良かったなって思います。
──自分が成長したなと思ったエピソードはありますか?
これが最近あって、お客さんの前で舞を舞わせてもらうときって、自分で決められる時もあんのどすけど、大体姉さんにじゃあ舞妓さんはこれ舞ってって言われるんですね。舞妓1年目のときはなるべく避けてた舞があって。舞の演目なんですけど、難しいというか。自分の中ではちょっと苦手意識があった舞なんどすけど、それがこの間舞ってる最中に「1年目のときはこんな堂々と舞えヘんかったな」って思いました。
──おめでとうございます。
おおきに。
──それは苦手なこともちゃんとお稽古を重ねていくことで?
避け続けてなくて良かったなって思いました。
──偉いですね。舞妓になってやりたいと思っていたこととは別のお仕事っていうのはありましたか?
何どすかね……。
──何か舞妓さんはこういうお仕事をするんだって分かってはいたけど、でもちょっと嫌だなって思っていた仕事とか。
なるほど……お客様はそんな悪い人あんまりいはらしませんし。あんまりおへんどすかね。なんか自分があんまりいい接客というかいい対応ができひんくって、帰ってからなんか ひとりでモヤモヤすることはあるんどすけど、それ以外は別に……。
──接客もそういうのも含めてやりたいっていう思いで、舞妓さんになられたんですか?
そうどすね。接客がメインやないですか。そこはちょっと驚いたっていうのはあります。やっぱり舞妓さんってほんとに舞を舞うだけぐらいだと思ってたんどすけどびっくりというか、最初は自分もできるのかなって思ってたんどすけど、意外と好きやったっていう感じどすね。
──向き不向きはあると思いますが、やっぱり慣れていくものですか?
慣れていきますし、やっぱりそれぞれの個性もありますしね。この子にはこういうお客さんがつく、例えばおっとりした子にはやっぱりおっとりしたお客さんがつくっていうのはあるので、向き不向きっていうのは、よっぽどの人見知りとかではない限り、それぞれちゃんとお仕事になると思います。
舞妓ということにあぐらをかいていたらだめ
──お仕事をしている中で、一番楽しい瞬間ややりがいを感じる瞬間はありますか?
もちろん、舞を舞させてもらってすごいきれいだったよって言っていただく瞬間が嬉しいんどすけど、他にもお話しててすごい楽しかったよって言ってくださることとか、きれいねといっていただけることが、一番頑張ってよかったなって思います。
──やっぱり、お褒めの言葉っていうのがお客さんからあると嬉しい?
お客さんってやっぱりちゃんと見てはりますし、すごく正直に評価してくださるっていったらあれですけど、そう思ってるので、お客さんからの言葉が一番うれしいですね。
──お姉さんに言われて一番響いた言葉はなんですか?
いつでもいいですか?たくさんあるんどすけどね。それは純粋に叱られたときとか。もうちょっとちゃんとお稽古せなあかんよって言われたときは。それは結構、お褒めの言葉よりも響きますね。
──お稽古っていうのはお姉さんがちゃんと見ていらっしゃるんですか?
毎回見てはるということではないんどすけど、うちが手の振り付けを全然覚えられへんときがあって。そのお稽古のときにちょうどお姉さんが見てはって、目の前で妹分が叱られているのを見て、たぶん自分にも責任を感じてはった。すごい申し訳ないんどす。
──お姉さんとの関係はもうずっと続くんですね。
そうどすね。芸妓さんになってもこの世界にいる限りはずっとお姉さんの妹分やし。
──どんなお気持ちですか?お姉さんの妹になって、嬉しいか、緊張するか。
どっちもですね。最初はすごい緊張とプレッシャーみたいなものもあったんですけど、でも最近は姉さんとお話しする機会も増えて、お姉さんの妹でよかったなと思う瞬間がたくさんあって最近は嬉しいがMAXどすね。
──最後の質問になるのですが、今後の目標はなんでしょうか?
今後の目標は芸妓さんになることどすね。やっぱり、芸妓さんってたくさんいはるんですね。舞妓って本当にここで25・6人しかいないので、宴会に必ずひとり舞妓さんがいるぐらい。結構需要があると言ったらあれなんですけど、舞妓さんだから宴会に呼んでもらえるっていう部分もあるといます。それが芸妓さんになったとたんにやっぱり自分の強みみたいなものが無いと宴会に呼んでもらえへんので、抽象的なんですけど頑張ろうって思います。
──そうですよね。今までとはまた別の戦い方で。
舞妓ということにあぐらをかいていたらだめなんですね。姉さんみたいに立派な芸妓さんになれればと思います。
──ぜひ、豆千鶴お姉さんみたいな芸妓さんになってください。応援しています。
舞妓の御用達
#13
祇園甲部
櫻千鶴
文:
鈴木穂乃佳(基礎美術コース)
撮影:
中田挙太
第13回は特別編。京都にある五つの花街のうち最大の祇園甲部に所属する櫻千鶴(:はるちず)さんに直接、御用達の道具のお話を伺いました。
柔らかく可愛らしいお人柄が印象的な櫻千鶴さん。しかし、お話しするうちに芯のある頼もしいお姿も窺うことができました。