舞妓の御用達
#14


男衆(おとこし) 高橋英次さん

舞妓、芸妓さんの存在は知っているけどどんな生活を送っているのか、どれだけの職人さんが関わっているのか私たちにとってそれは謎に包まれたままでした。
そんな“気になる”気持ちから舞妓さんの頭の先から足の先まで徹底解剖する企画がスタート。この記事を通して、日本に残った文化“美しい謎”を一緒に解明していきましょう。

第14回  男衆

女性だらけの花街で、唯一の男手としてその内側で芸舞妓さんの日常を支える「男衆(おとこし)」。花街では「お兄ちゃん」と呼ばれる職業である男衆は、文字通り街全体の「お兄ちゃん」でもあり、その役割は着付けだけにとどまりません。この道18年の高橋英次さんにお話をうかがいました。


何か手に職を。自衛隊から「男衆」へ

「男衆」とは、芸舞妓さんの衣装の着付けをする専門職。高橋さんは、京都に五つある花街のうちの一つ「宮川町」でこの仕事を続けてはや18年になります。現在では多くの芸妓さんや舞妓さんを担当し、宮川町にとって欠かせない存在です。この職業についてやはり気になるのは、どんなきっかけで志すことになったのかということ。高橋さんには意外な経歴があることがわかりました。

「もともと、高校を卒業してすぐに自衛隊に入ったんです。4年間勤めてそのあとは一般の企業に就職したりもしました。でも、なにか手に職を、という気持ちがどこかにずっとあって。23歳の頃、たまたま友人が映画『舞妓Haaaan!!!』のエキストラに出たと言うので見ていたときに、『男衆』という職業を知ってこれかも!と思いました」

実は舞妓さんになりたい、と思ったきっかけとしてもよく挙げられるというこの映画。舞妓さんだけでなく、花街に携わる裏方の職業へも影響を与えているというのは、閉ざされた世界でもある花街にとって大きな意味をもつ作品だとしみじみ感じます。実際にこの映画の公開後、舞妓さんの志望者は例年より格段に増えたのだとか。

男衆という仕事を知った高橋さんは早速、舞妓体験のお店をしながら男衆の事務所を運営していた堀切さんに突撃、直談判したそうです。

「堀切さんのホームページを見つけたとき、ここだ、と思って飛び込みで話をしにいきました。そのとき、すでにいた男衆の一人が辞めたばかりということもあってタイミングよくやらせてもらえることになりました」

親方、堀切さんのもと、4年間の修行を経たそうですがその間はお給料は発生せず、お小遣いという形だったのだそう。男衆として生きていくことの厳しさを痛感しながら、翌年には晴れて独立。もちろんこの仕事だけでは生活していくことは難しいため、着付けの傍らで違う仕事をしながら続けてこられたといいます。その仕事というのが、お茶の道具や金属工芸などを売るお店。高橋さんは販売だけでなく、なんと飲食店の銅製の和風看板を作る職人としても働かれているそう。手に職を、という思いは一つにはとどまりません。

「芸舞妓さんの着付けは基本的には18時の宴会に間に合うように全員を着せ終わらなければならないんです。そうなるとその時間は抜けなければいけないということに理解のある職場というのがなかなか見つけにくかったんですが、それもタイミングよくやらせていただけることになりました。花街という独特な世界と、いい距離感をもちながらやってこれているのはその切り替えがあるからだと思います」


芸舞妓さんの「お兄ちゃん」

一人当たりの着付けは10分から15分でできるそうで、担当の舞妓さんや芸妓さんの家を自転車で駆け回りながら、お座敷に行く前の限りのある時間を無駄なく過ごしてもらえるように勤めているそうです。

舞妓さんの、特に冬の正装は、だらりの帯と呼ばれる長い帯と着物を合わせて10キロにもなるといい、その着付けにはとんでもなく力がいるはず。高橋さんの筋肉隆々な姿を見て納得していると、実はそんなこともないのだとか。

「確かにかなりの力がいるんですが、力の入れ方のコツがあって実際に女性の着付けの方もいるように、そんなに体格は関係ないと思います。筋トレは趣味です(笑)。なのでこれからは、男衆というのも男に限定しなくてもいいのではという気持ちもあります。一方で技術の他に精神的なことでの向き不向きがかなり分かれてくると感じているので、異性だからこそ芸舞妓さんと程よい距離感を保てている、ということもあると思うと難しいのかもしれません」

花街の人から「お兄ちゃん」と呼ばれている男衆には、芸舞妓さんの精神的なお兄ちゃんのような立場が求められます。それは女性ばかりの世界で独特で唯一の立場であり、先輩後輩に相談しにくいような話もなぜだかできる、という存在。着付けのほんの10分の時間は仕事前のちょうどいい息抜きのような時間になっているのかもしれません。

「僕たちはある意味外部の人間というか、芸舞妓さんの本当の仕事場で接することはないですよね。これから戦いにいく直前の子たちと接するのでお兄ちゃんとか、仲の良い学校の先生みたいな立場でいるのがいいかなと思っています」


節目に立ち会う「男衆」

着付けの専門職と一言で語られることが多い男衆ですが、もともとは芸舞妓さんの身の回りのお世話をすることが本来の姿なんだそう。今ではそういった形はかなり変わってきていますが、舞妓さんのデビューの「お店出し」や、その他の重要な節目節目で大切な役割を担っています。

「見習い始め(修行を終え、舞妓さんになる前1ヶ月の研修期間)の初日、それからお店出し、衿替(芸妓さんのお披露目)、あとは引退する子のそれぞれの挨拶回りには僕も着物を着て付き添いをします。その度に手拭いや差し紙などの配り物がつくられるんですが、街のお茶屋さんの数だけ渡されて、それを事前に配り回るという仕事もしています。宮川町ではないんですが祇園甲部なんかでは、夏になると芸舞妓さんのうちわも男衆が配ると聞いています。自転車の後ろに専用のかごをつけて回るそうです」

夏、自転車にたくさんのうちわを積んで男衆が走る姿、なんとも風情のある景色だなと想像するだけでも京都の豊かさに触れたような気持ちになります。芸舞妓さんの人生の節目節目に男衆さんの存在があるというのもなんだか感慨深い。

お披露目や引退の際の配り物。当日の早朝にお茶屋さんにポストインするそう。

一度来たら、最短でも六時間

高橋さんが着付けをする上で大切にされているのは、毎日安定したクオリティの仕事をするということ。一度着たら最低でも六時間、長いときは朝から深夜まで着物を脱ぐことができない芸舞妓さんたちにとって、それぞれに合った帯の締め方や、紐の位置などを毎日変わらずに施してもらうことは何よりの安心と信頼に繋がっています。

また、最近では舞妓さんのご家族へ密かにしている試みがあるんだとか。

「舞妓さんのデビューの日はその子のご家族も、お化粧や着付けの段階から見にこられるんです。そんなことってその後滅多にあるわけではないので、時間があるときは着付けの前に着物や帯に触れてもらったり、重さを知ってもらったりっていうのを密かにやっています。それは、その子がどんなもんをこれから身につけるかっていうのを知ってもらうことで、家族のなかで何か思いや体験がより深まったら、という気持ちがあって。せっかく来てるんやしね」

こんなところにも男衆さんが「お兄ちゃん」と呼ばれる所以や面倒見の良さを垣間見ることができます。男衆になるにはそんな懐の深さが何よりの条件なのかもしれません。トレードマークの長い髭と、その強靭な体格の裏には繊細な優しさと細やかな気配りが溢れていました。街のお兄ちゃんとして芸舞妓さんの大きな味方でありつづける高橋さんに、花街の時間が平和に流れる秘訣が見えたような気がしました。


舞妓の御用達
#14
男衆
高橋英次

文:
井口友希(文芸表現学科)

撮影:
Sogen Kirishima (写真提供)
瀧山璃空(クロステックデザインコース)

舞妓の御用達
#14


男衆(おとこし) 高橋英次さん

舞妓、芸妓さんの存在は知っているけどどんな生活を送っているのか、どれだけの職人さんが関わっているのか私たちにとってそれは謎に包まれたままでした。
そんな“気になる”気持ちから舞妓さんの頭の先から足の先まで徹底解剖する企画がスタート。この記事を通して、日本に残った文化“美しい謎”を一緒に解明していきましょう。