珈琲は珈琲でいい
1995年から始まった「はなふさ」は、元は「山本屋珈琲」という名前でした。
岩根さんは「はなふさ」という名前に変わる前から、お店に勤めていらっしゃいます。
長年京都を見てこられた岩根さん。
観光客で賑わう京都では、何かインパクトのある特徴を押し出さないと売れないと言われる時代になっています。
ですが岩根さんは、珈琲は珈琲のままでいいとおっしゃいます。
「昔がおかしいんじゃなくて、今がおかしいと思うねん。珈琲は珈琲で良い。けど、やりたい人がやらはったらええし、押し付けたらあかん。人それぞれ違うさかいに、道がいっぱいあるんやから。あせることもないやん。」
今でも全席喫煙可であったり、蝶ネクタイにシャツという制服であったりと、はなふさには、昔から変わらないという心の余裕と懐の深さがありました。


↑ はなふさは、京都で初めて“サイフォン式”を取り入れたお店です。(“サイフォン式”というのは、蒸気圧を利用してお湯を押し上げ、高い温度のお湯とコーヒー粉を浸漬して抽出する方法。)

↑ 今でも店内の席には、全てに灰皿とライターが置かれています。
人々から愛される、みんなのおじいちゃん
「はなふさ イースト店」に集まる人たちは、国籍も性別も、職業も様々です。
学生、サラリーマン、先生、武道家、職人さんまで多種多様な方々がいらっしゃいます。
冗談も交えながらお客さんと話しをする岩根さん。そんな岩根さんに会いに、お店に来られる方も少なくありません。中には週5で通っているお客さんもいらっしゃるそうで、お仕事終わりには、必ずはなふさに珈琲を飲みに来られるといいます。

↑ はなふさの手作りチーズケーキ(ベイクド)とサントスコーヒー。
岩根さんとお話していると、初めてなのに初めてではないような、まるで子どもの頃、おじいちゃんやおばあちゃんに遊んでもらった時のような心地よさがあります。
「僕はそのまんまやし。別に飾るつもりもない。なんでも余計なことすると、できへんとき困るやろ。いつもできることしかしぃひんし。」
岩根さんの飾らない笑顔と愛嬌、そして心配りが、お客さんを離さない理由のひとつになっています。
形の無いもの
例えば、武術の型や日本画の技法など、その“形”は真似できるけれど、“形のない”部分を全く同じものにすることはできません。
「築いていけるものやないと思うねん。形とちがうやろ。形のないものを受け継いでいくのは難しい。泡の状態とか、混ぜ方とか、言い伝えて残していけるものではないと思うねん。僕の淹れ方は僕で終わり。はなふさの創始者とおんなじ味かって言ったら絶対違うし。だから、常に自分にとっての一番を出したらいい。厳選した珈琲豆とか、当たり前の話やろ?言い訳いらんし、うまけりゃええやん。」

京都に生まれて70年になるという岩根さんは、学校を卒業してすぐに喫茶業界に足を踏み入れられたそうです。なので、このお仕事以外の職業は考えたことがないとおっしゃいます。
「長生きしたいとは思わんけど、これからも、元気で珈琲を淹れられたらええなぁ。」
「はなふさ イースト店」は、これまでもこれからもみんなのおじいちゃんのような岩根さんと共に、人々から愛され続けている喫茶店です。

京都のスープ
#05
はなふさ イースト店
文:
鈴木日奈恵(基礎美術コース)
写真:
竹之内春花(空間デザインコース)
飾らない笑顔と愛嬌で多くの常連さんを抱え、常に自分にとって一番の珈琲をお出しする「はなふさ イースト店」。
そこで働いていらっしゃる岩根英司さんにお話をお伺いしました。