京都のスープ
#10


殿田食堂

「うちはうどん好きやし、うどんしかないし。自分のお口とお客さんのお口がおおたらええわいうてな、 毎日毎日やってんねん。」
京都に生まれ、京都で育ち、京都でおうどんを作り続けてきた天良絹代(てんらきぬよ)さんにお話を伺いました。

「うちにはこの仕事しかない」

京都駅から5分程、少し狭い道を歩いたところに、群青色の暖簾がかかる「殿田食堂」はあります。

殿田食堂は、昭和39年(1964年)に、絹代さんの旦那さんと、 お義兄さんで始められました。

その後お兄さんは独立し、昭和45年に絹代さんがこちらに来られてからは旦那さんとお二人でやられていましたが、旦那さんが亡くなった後、二代目として絹代さんがお店を受け継がれたそうです。

今は絹代さんと弟さん、お姉さん、お姉さんのお婿さんと、ご家族でお店を経営されていますが、絹代さんは、毎日朝4時半からお出汁作りの準備を始め、3時間かけてお掃除をされているそうです。

「自分ひとりで味みてな、そら最初は失敗もあるわいな。自分だけのな。旦那亡くなってからそれからうちが受け継いで、味もちょっとずつ変えて。 生き残るためにな。うちはうどん好きやし、うどんしかないし。」

御歳72歳になられるという絹代さんは、年齢を感じさせない明るい声と可愛い笑顔で、私たちを出迎えてくださいます。


京都のたぬきは他所と違う

三方を山に囲まれ、夏はじりじりと暑く、冬は底から冷える京都。そんな京都では、きつねうどんに“あん”をかけた、たぬきうどんがよく食べられます。

執筆家で歯科医師でもある柏井壽(かしわいひさし)先生の「鴨川食堂」シリーズや「京都の路地裏」「グルメぎらい」など数多くの著書に、「普段着の京都」を味わうことができる場所として殿田食堂は登場します。そんな柏井先生も、たぬきうどんを食べによく来られているそうです。

殿田食堂では、そんなたぬきうどんが一番人気だそうで、その理由は 絶妙な“あん”のとろみ具合。

「京都は寒いやろ? そんで底冷えするさかいに、きつね(うどん)にあんかけがぬくもるし。ちょっと時間たってもそんなに冷えへん。 このとろみがむつかしいねん。生姜あるし、あったまるやろ。」

殿田食堂のたぬきうどんには、九条ネギと刻んだお揚げさん、 そして生姜が入っています。鼻をすすりながら夢中になってたぬきうどんを食べている姿は、 冬の名物となっています。芯から冷えた身体と心を、殿田食堂は温めてくれるでしょう。

殿田食堂はたぬきうどん以外にも丼物、さらにお寿司など、様々なメニューがあります。

ガラスケースのお寿司もすべて絹代さん手作り。常連さんは、ここから自由にお寿司を取っていきます。

たまごを“あん”でとじただけのシンプルなメニュー、「けいらん」。


帰ってきたくなる味

京都は古くから都として栄え、今もたくさんの人が集まる場所であります。

お客さんや地元の方はもちろん、北海道から沖縄、さらに中国や韓国からもいらっしゃるそうです。修学旅行の時期には、タクシーの運転手さんが、修学旅行生たちを連れてくることもあると言います。

「みんな京都来たらうち寄ってくれるねん。 うち来な京都来た気がしいひんって。自分のお口と、お客さんの口がよう似てはったんやろなぁ。 うちのお口におおてる(合っている)さかいに来てくれはる。合う合わんあると思うけど、10人のうち、 7、8人が美味しい言うてくれたら、それでええと思う。」

殿田食堂の味は、京都の味として半世紀以上たくさんの人々に愛されてきました。

「たまによそいかはったら? って言うたんやけどな、やっぱうちが美味しい言うてくれてな。 だからずっと続けていこう、もうちょっと頑張ろう思って。 するからには、頂点まで行ってやめよ思ってな。お客さん来いひんくなったから辞めるとか、もう歳やから辞めるとか、なんか違うやん。どこまでできるか私わからんけど、自分のお口とお客さんのお口がおおたらええわ言うてな、 毎日毎日やってんねん。」

殿田食堂には、心と身体を満たす、絹代さんとご家族のぽかぽかとした温かさがありました。


京都のスープ
#10
殿田食堂

文:
鈴木日奈恵(基礎美術コース)

京都のスープ
#10


殿田食堂

「うちはうどん好きやし、うどんしかないし。自分のお口とお客さんのお口がおおたらええわいうてな、 毎日毎日やってんねん。」
京都に生まれ、京都で育ち、京都でおうどんを作り続けてきた天良絹代(てんらきぬよ)さんにお話を伺いました。