ご近所さんの食堂
烏丸御池駅から少し北に歩くと、かしわの文字の暖簾が掛かったとり安さんがあります。創業は1890年。ご家族で役割分担しながらかしわやさんとおどんぶり屋さんをされています。農家の傍ら鶏を飼っていたことがきっかけでお店を始められました。
*かしわは関西弁で鶏肉のこと。
「農家やっててお客さんやらが来はったら昔は鶏のすき焼きをようやったはったんです。元々は鶏をお醤油でちょっと甘辛う煮たりしてそれをすき焼きにしてはって。で、お祝い事やらやとこういうお皿に鶏をスライスで盛り付けして真ん中にネギを置いてこれを出前してはったんです」
鶏肉の出前は昭和の初め頃まで続いていたそうです。
左奥:当時、実際に出前で使われていたお皿
優しいお出汁
お昼時になるとお店の前には行列ができています。お昼のメニューは4種類。
ご近所の方に人気の唐揚げ丼は、下味のついたジューシーな唐揚げにふわふわの玉子のお出汁の味が口に広がります。山椒がかかっており、良いアクセントになっています。
上:からあげ丼 下:親子丼
「今はもうここビジネス街になってるし、会社の人やらがきてくれはってさっと食べてさっと帰らはる。ほんまはゆっくり腰下ろしてお食事してもらいたいねんけど。」
辛気臭い売り方
「京都のお客さんとゆっくりしゃべるのは隣のお店の方なんです。」
鶏肉専門店の方では、他のお肉屋さんと違って鶏肉を陳列販売されていません。
「例えば、もも肉一枚をどういうふうなお料理にしましょうって聞いて、包丁で切って削ぎ切りにしたり、ころ切りにしたり削ぎ切りの半分にしたり。どんなけ並んではってもお客さんとは絶対しゃべるんでね。」
お客さんとお話ししながらご要望に応じてその場で切るという方法を昔から続けておられます。
「もうこんな商売してんのはもううちだけ。昔はどこもこうやってお客さんとお話ししてやってたんですけど、無くなってしもて。唯一残ったんちゃうかなあって感じですわ。辛気臭い売り方してんねんけどね。でもそれは変えるつもりないです。」
京都で生まれてずっと京都に住んでおられる恒義(つねよし)さんでもご近所さんとお話しすることで京都の昔からの文化など知らないことを教えていただくことがあるそうです。
当たり前のことを普通にしたい、いつまでも。
「もちろん美味しいのを作るのは当たり前のことなんですけどそれに近所のおばあちゃんとか100gでも買いにきてくれはって『お話ししたいし来るんや』って言ってくれはって。そんな人を大事に思ってると、ちっさいちっさい繋がりがどんどん大きなってくるのがすごくわかってくるんで。あぁ、それが商いなんかなぁって。お客さんに大きくしてもらってるなぁってすごく実感しますし、それだけは守っていきたいなと思っています。」
生粋の京都人である、恒義さんは、
「京都は、やっぱり好きです。優しい街なんやろうけど、せやけど捉え方によったらものすごい怖い街やと思うわ、いけずって言われることもあるし(笑)でも、偶然京都にあっただけで自分の心の持ち方1つやと思う。だから京都っていう名前におんぶに抱っこされてるような商売は絶対したくない」
賀奈子さんは、
「お商売するのもなかなか難しい街やと思う。」
と仰いました。とり安さんは、常にお客さん一人一人と丁寧に向き合うことを大切にされているからこそ、京都の真ん中で多くの人々に愛され続けているのだと感じました。
京都のスープ
#16
とり安
文:
鈴木はな佳(ファッションデザインコース)
写真:
鈴木日奈恵(基礎美術コース)
とり安 5代目 上田 恒義(つねよし)さんと奥様の賀奈子(かなこ)さんにお話を伺いました。