つくるひと、つかうひと
#15


糸切り鋏 |泉将利さん

今日までありつづける工芸品は、そのものの形の美しさや用途だけではなく、守り続けられる技術や思いなど、目には見えない背景も含みながら「つくり手」によって受け継がれています。
そして、「つかい手」として工芸品を生活に取り入れ、使い続けることもまた、伝統をつないでゆくことと言えるかもしれません。
今回お話を伺ったのは、京都で刃物を専門に扱っている菊一文字の泉 将利さんです。刃物を扱う上での思い入れや、長年培ってこられた知識をお話いただきました。

目次:
変わらない名前
研いで本当にわかる良さ
長く使える工夫
お客様は多種多様
職人の現状と想い


変わらない名前

──創業は何年になりますか?

刀鍛冶からいれたら700年以上といったかんじになりますね。明治の廃刀令以降に、刃物の製作販売になってからは、200年くらいかな。

──ここのお店自体は店長さんで何代目になるんですか?

けっこう貰い火で火事になって、古い資料が残ってないんですよね。だから、だいたいですけど7代目か8代目くらいですね。他界した父が1回ちゃんと調べた時には、資料としては古くからあるとお役所に残ってはいるんです。近いところで言うと、株式会社になったのが1954年です。

──700年間、ずっと菊一文字という名前は変わらないんですか?

正確には、昔はある程度腕が立つ刀鍛冶はその当時の権力者の人に呼ばれて、専用の刀を作らされていたんです。それが菊一文字の由来になっていて。一文字派っていう刀鍛冶の流派がいたんですけど、腕がいいので、その時の天皇陛下に刀を作ることを命じられたんです。菊一文字っていう名前で作るのを許されたから今に至ります。


研いで本当にわかる良さ

──刃物を卸す時に、選んでいる基準やこだわりはなんですか?

一番は切れ味とか持ちですね。やっぱり品質が良いものが良いと思うので。

──切れ味などは実際に試されるんですか?

試しますね。一番見えるのは、研いでみることですね。研いでみると、手の感覚で良し悪しがわかります。わかりやすく言うと、いい刃物ほど硬くて切れ味が長持ちするんですね。で、その硬さでもおおざっぱに言うと、ステンレスの硬いのと、鋼の硬いのとでは硬さの雰囲気が変わります。

鋼の硬いもので良いものだと、粘りのある硬さ。柔らかいではなく、硬くて研ぎやすい。ステンレスの方の硬さで良いものだとただ硬いというかんじですね。切るのは、よっぽど包丁の刃の厚みが違わない限り、切った感覚もそんなに極端には変わらないので。そうすると、研ぐのが一番わかりやすいかなと。

──それぞれの工房や職人さんで特徴とか違いはありますか?

違いはありますけど、表に出ないというか。出していない人がほとんどなので、明確にここが違うっていうのは、出てきた物からしかわからない部分はありますね。どうやって作っているのか未知数な場合が多いです。

10年、15年くらいまでは女人禁制みたいなところもあったんですけど、もう最近は女性でも鍛冶屋さんになられたりしてグローバルに開けてきている印象ですね。それでも、昔から一人でずっとやっている鍛冶屋さんとかだと、本当に表に出ないし技術を見せない場合が多いですね。
波紋をうまく出す職人さんに僕もやり方教えてくれないかなと思って聞いてみたけどダメでしたねぇ。引っ込み思案な人が多いので。

──それぞれの刃物でそれに合う複数の種類の鋼を使っているんですか?

そうですね。出刃包丁は一般的に錆びる方の鋼を使っていて、料理包丁の場合は、ステンレス系の錆の少ないものを使っています。料理している中で、鋼だと酸化反応を起して味が変わることがあるので。


長く使える工夫

──今回取り扱わせていただく鋏を使う上での注意点を教えてください。

糸切り鋏でいったら、よっぽどでない限り、水気とか汗とかを乾拭きしてもらえたらそれでいいです。マチ針とかを間違って切ってしまったりして、欠けてしまった時でも基本的に研いだら直ります。

なので、そんなには気を使わなくていいんですが、一番やってはいけないのが、おり曲がっている鋏の根元の部分をたまに開いちゃう人がいるんですね。それをしてしまうと根元のバネがダメになっちゃうのでそれだけはやめてほしいです。普通に使われる分には問題ないので、バネの部分にはあまり触らないというだけですね。

──セレクトさせていただいた鋏の良さやこだわっているなと思うところはどこですか?

刃先に軟鉄っていうのを地金に、硬い切れる部分の鋼をくっつけて鍛えているのですけども、この刃先のところが握ったときに交差してぶつかるんですね。で、ぶつかる部分は軟鉄の柔らかい鉄が多いんです。

けど、こちらの鋏は長く使うことを前提にしてあるので、この普通軟鉄で作る部分にも、鋼が巻いてあって硬いんですよね。切れる部分と同じ硬い材料をここでも使っているので、刃と刃がぶつかっても比較的摩耗しにくい作りになっています。なので、大事に使っていただけたら、基本長持ちします。

──銘はどのような道具で付けているのですか?

タガネといって、角をたてると三角ができるんですね。こういう三角を作って形を作ります。角度を変えると、この三角が長くなったり短くなったりします。カーブはトントントンと、ちょっとずつ小さい三角を組み合わせて作ります。叩き方の強弱と角度で刻んでいきます。

刻印って言って、最初から文字が書かれているものもあります。小さいものは刻印で、大きい刃物はタガネで刻んでいます。これも慣れですね。文字を刻む練習をすると入れられるようになります。

──こういう風に使って欲しいとかはありますか?

まあ、おおざっぱにハードに使ってもらってもいいと思いますし、大事に使っていただいたら作った職人さんとかは一番嬉しいと思います。職業によってはハードに使わないといけないこともありますし。ハードに使っても、ちゃんと後からメンテナンスをしたら大丈夫です。

──壊れた時は、お店に持っていくと直してもらえますか?

そうですね。僕自信は鍛冶屋さんのところに修行で行っていた時期もありますし、いろいろ教えていただいたこともあるので10年とか20年とかやり続けた経験で直しができるようになりますね。直すのに時間がかかる場合もあるし、すぐ直る場合もあります。

まあ、持ってきていただいて1週間お預かりするのがほとんどですね。鋏の場合は他の研ぎ屋さんに出されると、うちでも直しが効かない場合があって、鋏の刃先の裏を研がれる方がいるんです。そうするとこの反りが歪んでしまって直せないことがあるのでご購入いただいたお客様にはなるべく研ぎ直しはうちでお願いするようにしています。


お客様は多種多様

──裁ち鋏はどういうお客さんが買っていかれますか?

まあ、裁縫される方がほとんどなんですけど、変わった使われ方だと内装関係の仕事をされる方とかが買っていかれたこともあります。お客様からこういったものを切りたいんだけどといった相談に乗ったりもします。さっきの内装関係の方とかだと、従来の鋏では塗料とかノリで錆びてしまうから少しいい、錆びにくいものを購入されたりします。

──なるほど、用途によって選ばれるんですね。外国の人でも買って帰ったりしますか?

そうですね。特に多いのはドイツとかルーマニアなんですけど、昔お寿司ブームの波があった時に、向こうの方がホームパーティを結構されるので、見様見真似で日本の道具を使ってみたらすごく切れるぞ!ということで。ルーマニアの有名なお店でも、一番いい包丁は日本で作ってもらったと。それくらい日本の刃物は世界で認められていますね。

──今まで印象に残っているお客さんはいますか?

数年前に京都で仕事を近所でずっとされている方がおられて、定年退職して今まで奥さんに何もしてあげられていなかった方みたいで、定年してその記念に今までお世話になった奥さんに包丁を色々買ってあげようと思って来た方もいました。


職人の現状と想い

──職人さんの数は減っていますか?

やりたいって言っている人もいるんですけどなかなか売れるレベルになるのに時間がかかるし、いいものほど長く使われるので需要の循環がいい意味で悪いんですね。最近だとコロナでこれを機にやめてしまう人もいましたし。また、10年、15年経つとドッと減るだろうな。

──後継人がいない職人さんが多いのですか?

そうですね。職人さんも後がおられずに、技術の継承ができないという人が多いですね。若手で60とかなので、年齢が年齢で。90歳まで作ってやめていった人もいますし。昔から手作りでやっている人はそういう年配の方が多いですね。それで今回は刃物を取り上げてもらってこちら側としては嬉しいんですね。

京都の職人さんでも本当に伝統的なやり方している人ほど需要がなかなか少ないと思います。なので、どんどん応援してあげたい。喜んでくれますから。鼻緒シューズなんかも面白いですね。芸大の人たちがいっぱい広げてくれるのはやっぱり嬉しいですね。そういうのをわかってやってくれているというところはいつもありがたいですし、どんどん応援したいです。


つくるひと、つかうひと
#15
菊一文字
泉 将利

文:
北結衣(歴史遺産学科)
山田暖子(こども芸術学科)

撮影:
北結衣(歴史遺産学科)

つくるひと、つかうひと
#15


糸切り鋏 |泉将利さん

今日までありつづける工芸品は、そのものの形の美しさや用途だけではなく、守り続けられる技術や思いなど、目には見えない背景も含みながら「つくり手」によって受け継がれています。
そして、「つかい手」として工芸品を生活に取り入れ、使い続けることもまた、伝統をつないでゆくことと言えるかもしれません。
今回お話を伺ったのは、京都で刃物を専門に扱っている菊一文字の泉 将利さんです。刃物を扱う上での思い入れや、長年培ってこられた知識をお話いただきました。