「にじんだり」「ゆらいだり」という注染の特徴
──まずは工房の歴史についてお伺いしたいのですが、創業が1966年。自社ブランド「にじゆら」が誕生したのが2008年ということで、それまでは染めだけをずっと行っていたのですか。
(自社ブランドができるまでは)メーカーさんの下請けの手ぬぐいを作る工場でした。
といっても、今もナカニはお客様の要望に合わせて手ぬぐいを作っている工場です。 そのナカニが運営するブランドが注染手ぬぐい「にじゆら」です。
──「にじゆら」が生まれたきっかけは、大阪で手ぬぐいを染めていることを自分たちで発信しようと思われたからですか。
その通りですが、実は当時はもっと切迫していました。手ぬぐいの生地にはプリントと染物があるのですが、そもそも販売する人が違いをよくわかっていませんでした。
そして「注染」という言葉も全然伝わっていなかった。当然お客さんも、大阪発祥の伝統技法の染めがあるということを知らなかった。
だからこのまま時代が進むと、注染は知られずになくなってしまうんじゃないか、という危機感があったんです。
株式会社ナカ二はプリントも行っているので、プリントの良さも知っていますが、注染の方は誰かが発信しないと残らない可能性がある。
ということで、先代の社長が舵を取って、2008年に自社の店舗、ブランド、商品を作って販売を始めたんです。2009年には中崎町にブランドの店舗ができました。
──作り手として「プリント」と「染め」両方の良さを引き立たせるために、店を構えてという。
そうです。店を構えた上で注染を発信して、その言葉自体も広めたかったということです。ですから、自社ブランドの「にじゆら」というブランド名は、「にじんだり」「ゆらいだり」という注染の特徴に由来しています。
注染という染め方には色んな特徴がありますが、1つはぱっと見た時に目に入る滲み加減の綺麗さです。たとえば虹みたいなグラデーションとか。あと、肌触りが優しくて、コットン本来の柔らかさを妨げない染め方であること。
それらを言葉で表したら、「ゆらゆら」とか「ひらひら」という感じだな、ということで「にじゆら」という名前をつけたんです。 ですからその名前は、注染を広めようという目的を象徴していると思います。
──「にじゆら」の由来を聞いただけで、注染がわかりますね。
大阪の短気でせっかちな気質から生まれた「注染」
──注染の発祥のお話や、工程を教えていただきたいです。
口頭で説明するとちょっと分かりにくいかもしれないんですが、端的に言うと大阪の短気でせっかちな気質が生んだ技法なんです。
早く沢山染めたかった。だから、生地を重ねて束にしておいて、その束の上からジョウロで染料を注いで一気に染めてしまう。
──生地を1枚1枚ではなく、重ねて一気に染めてしまう。
そうです。なので、“注ぎ染め”と書いて「注染」なんです。
今ある注染の前身の技法として「長板染め」があったんですよ。長い板の上に少しずつ型を置いて、糊を置いて、というのを繰り返して染める方法で。でもそれだと、ものすごく時間がかかる上に、技術的にも非常に難しかった。
そこで大阪の職人が「あれ、重ねたらいいやん」って考えた。「もう板長くなくてもええんちゃうか、重ねてしまえ」っていう。
工程は糊置き、染める、洗う、乾かすの4つに分かれています。糊置きは、染まる部分と染まらない部分に分ける作業です。糊を置いておくんです。糊を置いた部分には染料が入らなくなる。
そして、生地を重ねて、糊を重ねて、生地を重ねて、というサンドイッチを作っていく訳です。
次にその束を染めていくという工程に移ります。「注染って1枚1枚染めているんですか」みたいに聞かれたら、「沢山枚数を重ねています」という答えになるのですが、実はこの糊置きの工程は1枚1枚になっています。 糊置きに関しては完全手作業です。 糊置きは1枚1枚、染めは50枚くらい重ねて。
──そんなに重ねるんですね、50枚も。でもそれって、ズレてたりしたら大変じゃないですか。
そうなんですよ。新聞や映像では染めの工程のことがよく紹介されるんですが、糊置きの方が染めよりも難しい。まあ単純には言えないですけど。
──例えばもし失敗してしまった場合、1回の注ぎで50枚が全部駄目になってしまうのかなと聞きながらずっと思っていたのですが。
よく聞いてくださいました。おっしゃる通りで失敗したときのロスも多いですね。
「勝負に出る」っていうところも(大阪の)地域性があったりするのかもしれません。1枚1枚だとミスをしても修正できるイメージあるんですけど、50枚ともなると失敗すれば全部に響きますから。
名前で仕事が集まる職人を育てたい
──職人さんから見て、紅花染の一番の魅力ってなんですか。
──それぞれの工程に職人さんがいらっしゃるのですか。
そうですね、元々は分業制で、それぞれの工程を別々の職人が担当します。ところがうちの場合ちょっとね、工夫や考えがあって。新人教育として糊置きも染めも両方やるようにしています。
──全部できるように。
そうです。全工程できるようにね。
分業にしてしまうと、失敗した時になすりつけ合いが起きることもあります。そういうことがないように、お互いの工程を知っておくという意味でも、糊置きと染めの両方やるという感じなんです。
加えて、全部できるようになると作家性が出てくるという点も大きいです。ゆくゆくは職人の名前に仕事が集まるようにしたくて。
例えば、うちの工場が潰れてしまっても「この職人に注染をやって欲しい」といった感じで、名前に仕事が集まるようになる。両方とも出来れば個人で注染できますから。 そんな教育をしています。
──糊置きの一人前になるにも時間がかかると思うのですが、プラスで染めもするとなると、修行期間はどれくらいの年月がかかるのですか。
人にもよりますが、糊置き10年、染め5年と言いますね。
──やっぱり糊置きの方がかかる。
はい。糊置きは経験がものを言うんです。普通の工程自体が難しいので、普通に出来るようになるのにも時間がかかります。
さらに季節によって糊の柔らかさが変わりますし、注文によって生地の目の荒さなども変わります。東京風の手ぬぐいだとちょっと目が粗めで、関西風の手ぬぐいだと目が詰まっているという感じで。
そうすると、糊の固さとか糊の置き加減が都度変わることになるので、経験値が必要。
──確かに、手ぬぐいも生地自体に結構種類があります。
30代女性って、自分に合うものが何か分かり始める年齢。だから長く大事に使ってもらうためのデザインを。
──「にじゆら」の会社には手ぬぐいがたくさんあると思うのですが、作家さんとのコラボも積極的な印象があります。その際にデザインで気をつけていることはありますか。
はい、実はそこめちゃくちゃ重要なんですよ。
──聞いて良かったです。(笑)
説明するのは難しいですが、ブランドのまとまりがなくなってしまう。それを防ぐためにも、「にじゆら」は基本的に30代女性のためにと考えています。
──そこは明確に、ターゲットを定められていると。
そうですね。今「にじゆら」を多方面から評価していただいているのは、その部分をブレずに定めているからだと思います。
30代女性って、10-20代に買い物をたくさんされていろんなものを見てきて、自分に合うものが何か次第に分かり始める年齢。
だからその場の雰囲気でものを買ってしまうのではなく、長く大事に使ってもらうためのデザインを意識しています。
──確かにデザインの雰囲気も一つひとつ違うけれど、どこか統一されている様な印象を受けました。
ありがとうございます。これはうちのブランドマネージャーがずっと守ってきたことなんです。
詳しく言葉にするのは難しいですが、コラボ相手を決める際にこの作家さんは雰囲気が少し違うけど、この作家さんは「にじゆら」っぽいね、というのを判断しています。
選定の理由も譲れない線があって、全部ブランドマネージャーが管理しています。選定はみんなで話し合って、時には社員と意見が食い違って「なんでやねん」ってなることもありました。
それでも最後はブランドマネージャーが決める。それを今も変えずに大事にしているから、色んな作家さんとコラボしても、全て同じコンセプトでやっていけています。
──私たちもWhole Love Kyotoで手ぬぐいを作っていまして。そのうちの1つに京町家の「ウナギの寝床」デザインがあるのですが、実際に京町家の間取りを計測してそれをデザインに。図面を作ってウナギの寝床と手ぬぐいの形を比較してみると、縦横の比率が似てるよねっていうのでこういった柄が生まれました。
そうなんですね。たぶんそれあると思います。昔の人の生活の尺ですよね。
手ぬぐいが何であの長さかっていうと、明確な定義はないんですよ。今出てるのはだいたい1 m から90㎝の間ぐらいで。その昔は80㎝ くらいが多かったんです。
日本舞踊だったら103 cmだったり、剣道だったら100 cmちょっととか、用途に応じて長さが違う時もありますが、おおよそあの尺は日本人の生活の幅なんで。
──生活の幅。
「にじゆら」の手ぬぐいの幅ってちょうど37cmで浴衣のサイズなんです。丈を伸ばせる範囲みたいな感じで。
──なるほど、確かに。
海外旅行に行って、インドやアフリカの安い生地を買い始めたのが布マニアになるきっかけ
──ナカ二さんは浴衣も染めていらっしゃいますが、何か日常と非日常の間のことが手ぬぐい1枚に込められているという。そこがまた面白いなと思いました。
細かい模様のプリントとなると、アート寄りになってしまうかもしれません。プリント手ぬぐいの会社さんの中には、アート寄りの部分が多い会社もあるなと思っています。
──やっぱり営業もやっていらっしゃるから、他のお店の手ぬぐいも見ているんですね。
そうですね。元々布マニアなので、興味があるんです。
──布マニアとしては、いつから布を集めていらっしゃったんですか。
学生時代に海外旅行に行って、インドやアフリカの安い生地を買い始めたのがきっかけでした。その後地元に帰ったら、布産業があることに気づいて。
──それがきっかけで、入社を決めたのですか。
そうですね。大学では布とは関係のない福祉の勉強をしていたので、もしかすると海外旅行していなかったら入社していないかもしれないです。
──そうだったんですね、全く畑違いの。
そうなんですよ。ただ福祉にも地域社会をよくするという考え方があって、そこは一貫しているつもりです。
経歴は社内でもちょっと変わっていて、私はハローワークから入っているんです。当時、地場産業をやりたいと思っていて調べると、染物があったので入社。そうしたらたまたまブランドをやっていたので、ラッキーでした。
──天職ですね。
そうなんですよ。嬉しいですね。
──ぜひHANAO SHOES JAPANを見ていただきたいです。47都道府県全てを。
47都道府県って凄いですよね。
──小島さんから見た注染の魅力や、他の染めとはここが違うぞという特徴はありますか。
糸地に染めているから肌触りが柔らかくて、吸水性が良い。
そういう機能的な部分も多いんですが、僕はそこに模様がのっているのが面白いなと思います。日常生活と非日常的なアートの間に注染があると感じていて、ファッション性もあるけど機能性もあるところがいいなと思っています。
──このHANAO SHOES JAPANという企画を通して、今後色々な方に見て頂く機会が増えると思うのですが、大阪の注染を見た方々に対して何か伝えたいことなどはありますか。
伝えたいことはいっぱいあるんですけど、せっかくの機会なので手にとっていただきたいですね。コロナもあって、実際にものを触っていただく機会がないので。
HANAO SHOES JAPAN
#06
株式会社ナカニ
小島さん
文:
HANAO SHOES JAPAN実行委員会
撮影:
株式会社ナカニ
HANAO SHOES HP:
https://wholelovekyoto.jp/category/item/shoes/
株式会社ナカニ
—
場所:〒599-8266 大阪府堺市中区毛穴町338-6
TEL:072-271-1294
HP:https://nakani.co.jp
ここでは47都道府県全ての工房にインタビューをお願いし、ここでしか聞けないお話を聞いています。
今回は株式会社ナカニ 小島さんにお話をお伺いしました。