「銀座でも歩けるような木綿の着物を作りたい」
──まず初めに工房の創業年と、お名前を教えてください。
谷口さん:
株式会社東郷織物の谷口啓子と申します。私の祖父が1950年に工場を立ち上げて、私はこの仕事に40年以上勤めています。
──織物が生まれたキッカケはどういった理由なんですか?
谷口さん:
キッカケは、私の祖父の東郷治秋さんが「銀座でも歩けるような木綿の着物を作りたい」と言い始めたことです。63年前に大島紬の技術を駆使して薄手だけどしっかりした細かい絣を作り始めました。
木綿を使った大島紬の技法は発想が開けたもので、民藝運動の創始者の柳 宗悦(やなぎ むねよし)さんや白洲次郎(しらす じろう)さんといった人たちから始まったものが続いているわけです。60年前と比べると今はすごく小さい絣をしています。60年前から技術は進歩して触り心地がサラっとしている薄い木綿は作れているんですが、問題は織り手がいないことです。
今の状態は手織りのものを売りたくても商品が無いという状態なんです。
伝統的なものを作り、残していくには1つの方向ばかりを見ていてもいけない。
会社や事業を経営、維持する上で利益を出すことは重要なことですよね。 伝統的なものを残していくために、今までの技法を活かした新しいものを作ることもやっています。それでも需要に応じられないこともありますので、生産を増やさないといけないですね。
「好き」という気持ちで織り続ける
──新しいものというのはどんなものを作られたんですか?
谷口さん:
絹と綿の特徴を生かした洗える長襦袢(はだじゅばん 着物の中に着る襦袢)を作り、400着くらい売れました。着物以外ではクラウドファンディングで応援して頂いた商品の1つにボディタオルがあります。透き通るような薄さで、わざと緩く織ったり、詰めて織ったりしています。ボディタオルは着物を着ない人にもウチの製品の良さを分かってもらえる商品です。作っていく中で失敗したもの、販売していく中で売れ残ったものの良いところだけを集めた洋服を作るといったこともしています。あとは肌の弱い人のためのものも作ってみたいですね。
谷口さん:
新しいものを作るにしても人手が足りないですから、雇用もしなくちゃいけない。でも雇用も難しいですよね。やっぱり織ってもらう人には「好き」という気持ちがないと続けられないですから。
──湯浅歩さんはいつ頃から織っていらっしゃるんですか?
湯浅さん:
私は5、6年くらいです。
谷口さん:
居酒屋でバイトをしながら1年間頑張ってくれました。とても細かい作業では縦は1.5mm間隔で横は2mm間隔で縦と横の幅を合わせなくちゃいけないので、すごく神経を使うんです。神経を使う工程は若手の彼女がちゃんとやってくれます。
──湯浅歩さんはどうしてこの仕事を始めようと思ったんですか?
湯浅さん:
もともと大阪で、着物が好きで呉服屋に販売員として勤めていたのですが、作る方に携わりたいと思ったことがきっかけで、地元の宮崎に帰ってきてこの仕事を始めました。
──1人前になるまで何年ほどかかりましたか?
湯浅さん:
どこからが1人前の基準なのか分からないですけど、1ヶ月くらい練習したら本番で織っていきます。長く30年以上織っている方でも悩むことはあるので、私もまだ胸を張って1人前とは言えないです。
──今は着物とか帯を作る感じですか?
湯浅さん:
私が織っている物は着物ですね。
──オンラインショップで商品を拝見させていただいたんですけど、どれも可愛いと思いました。
谷口さん:
ありがとうございます。
織の工程の前段階で約1年。
谷口さん:
ネットショップで売っているものは、やっぱり実際に触ってみないと触り心地分かんないですけど、新しい商品を作って、人に見てもらう機会を作るという考えを私自身、大切にしたいと思っています。
──経営は啓子さんがやられていらっしゃるんですか?
谷口さん:
そうですね。代表者は私の夫がやってくれています。夫は設計図や図案を作っています。
湯浅さん:
こういう柄を考えているのは社長ですね。
──設計図や図案を作れるのは旦那さんだけなんですか?
谷口さん:
そうですね。ただ、個人の商店の社長ですから、やらないといけないことは多いです。
──商品化するまで、どれくらいの期間が必要なんですか?
湯浅さん:
この仕事は、はっきり分業制なんですよ。柄を最初に決めるのは社長。
その後は糸を精錬して、染める人がいて、絣を作る、締めの担当の人もいますし、糸を分ける担当もいます。 その後に、私の織りの工程ですが、かなり時間がかかるもので、ほぼ最終工程です。ここまでで1年ほどかかるので、商品になるまでの期間が本当に長いですね。
谷口さん:
1反織るのに2ヶ月ぐらいかかります。
湯浅さん:
早くて2ヶ月。頑張ってもそれくらい。
──へえ〜。
谷口さん:
事前に材料を14反分(約14,000㎡)作っておくのですが、それでも材料が途中で無くなるので、織る人にも材料を回す必要があります。
在庫が多くても利益を得られる確証がない。
織り手が沢山いたら、材料が多くても沢山織ってもらえるんですけど、今は織り手、新しい織り手が入ってくることも少ないので。
湯浅さん:
どうしても時間がかかる作業になるので頑張っています。
谷口さん:
需要は少なくなってきていますけど、着物が好きな人はいますから。
自分たちが良い!と思った商品って売れないんです。すごく良いと思っていても、売れない。
──京都だったら観光客の方は着物を着る人は多いですし、舞妓さんも祇園に行くことで近くで見ることができますから、何かと着物を着ている人を見る機会が多いんですけど、宮崎ではどういった人が着ていらっしゃるんですか?
谷口さん:
宮崎では着物を着る人は限られていますが、ウチではドラマやテレビ番組に出演する演者さんのシーズンごとの衣装を提供しています。
──そういった展開の仕方もあるんですね。
谷口さん:
そうですね。一昨年の東京オリンピック中にネットショップの販売やギャラリーを借りてイベントを開催しました。
あまり良くない結果で終わったので辞めたいと思うこともありましたが、やっぱり「いいね」って言われると嬉しく思うし、辞めたくない思いが交互に来ます。
──愛されているんですね。薩摩木綿というか、薩摩絣も大島紬も。
(谷口さんが首に巻いていたストールを見せてくださいました。)
湯浅さん:
これは東郷織物で作ったものなんです。これも綿と絹を使っているので肌触りがとても良いです。
──すごい素敵ですね。
谷口さん:
縞が揺れているゆらゆらしているような感じの模様なんですけど、自分たちが良い!と思った商品って売れないんです。すごく良いと思っていても、売れない。逆に、これ売れるのかな?と思っているものが売れることもある。やっぱり新しいものを作るときはお客さんの反応を見てから進めるか判断しますね。
地元の大きな魅力になるための広報
──催事やイベントでも製品を販売しているんですね。そういう場には東郷織物で働いている従業員さんが実際に行ってイベントを運営するんですか?
谷口さん:
そうですね、大抵は私が行きます。織り手には1週間も休まれると困りますから。
──そうですよね。織り手が少ないですもんね。
谷口さん:
「少しでも多く織ってほしい」というのが私の気持ちです。
やっぱり知らない人が多いんですよ。地元で知られていないのは残念ですから。
宮崎といえば肉や焼酎など有名な特産品があるのでそこに負けないように、少しでも多くの人に織物を知ってもらうために活動をしています。
──地元の方に届けたいですよね。私たちは3月に京都のBEAMS JAPANさんで催事を行った後、4月には新宿も催事があるので、綿さつまを少しでも多くの人に知ってもらえるように頑張ります。
谷口さん:
すごいですね。
やっぱり新しいものを作っていかないとね。私が良いと思ったものからまた新しいものを作ってくれる人がいるかもしれないし、私たちの発想とはまた違う企画ですよね。
うちの製品がそこに使って頂けるのはありがたいことだと思っていますので、どうぞ東郷織物を広めてください。
私たちと協働でHANAO SHOES作るまで都城って知らなかったでしょ?
──そうですね、リサーチするまで都城市も薩摩木綿も知らなかったです。
谷口さん:
歴史のある会社ではあるんですけど、地域の人も知らないですからね。でも少し前に大阪からネットで調べて店に来てくれたお客様がいましたね。
──すごい世界ですね。
そういったお客様がいるからこそ辞められないですよね。
薩摩絣の魅力は自分で着ていて思うんですけど「体に馴染むところ」
──お二人から見たこの織物の一番の魅力ってなんだと思っていますか?
谷口さん:
薩摩絣はやっぱり自分で着ていて思うんですけど体に馴染むところですね。木綿の特徴として、少しごわってした感じがあるじゃないですか。でも本当に絹みたいな感じなの。すごく体に沿ってて、滑りもいいし、冬場の着物としてはすごく暖かい。
これ(クマのぬいぐるみ)のもっと大きいものを銀座のアンティークショップで働いている人が買って、店に置いてくれていたらしく、それをビヨンセが買って行ってくれたんです。
──すごいですね!
谷口さん:
やっぱり凄い広い世界で物を見ていらっしゃると思うので、うちの物に何か感じ取ってくれたんじゃないかと思っています。
──そんな良い機会があったら辞められないですよね。織り手から見た薩摩絣の魅力や特徴はどういった部分にありますか?
湯浅さん:
とにかく糸が細かいことが特徴ですね。
軽さを実現するために試行錯誤の末、細い糸に辿り着いたんです。絹に比べて薩摩絣で使っている糸は細いので切れやすいんです。その細さのおかげで肌触りも良いものになるんです。 着物の柄になった時に主張しすぎなくて帯が合わせやすく、すごく着やすい着物になっています。
谷口さん:
手織りの良いところは織機に比べて柔らかく仕上がるんです。手織りは人間の手でやるから緩みがある。1本1本の糸で作り出す編み物みたいに緩いんです。その緩さが自由に動ける構造になっていて、体に馴染みやすいのが特徴ですね。
──ありがとうございます。最後の質問になります。BEAMSJAPANさんでの催事を通してHANAOSHOES JAPANの企画を通して薩摩絣に出会う人に向けたメッセージをお願いします。
湯浅さん:
木綿の着物でこんなに柔らかいんだということを、ぜひ触って知って頂きたいです。 これから他の着物を着る機会に比べてみると違いが良くわかると思います。
谷口さん:
木綿って太い木綿から細い木綿がありまして、ウチではすごく細い木綿を使っているので肌触りが良く、化学繊維やポリエステルにない良さをたくさん持っていると思います。その中で絣の技術を使った薩摩絣を使って欲しいです。
HANAO SHOES JAPAN
#21
株式会社東郷織物
谷口啓子さん
湯浅歩さん
文:
HANAO SHOES JAPAN実行委員会
撮影:
株式会社東郷織物
HANAO SHOES HP:
https://wholelovekyoto.jp/category/item/shoes/
株式会社東郷織物
場所:〒885-0031 宮崎県都城市天神町3-6
TEL :0986-22-1895
HP:https://www.togo-ori.com/
ここでは47都道府県全ての工房にインタビューをお願いし、ここでしか聞けないお話を聞いています。
今回は株式会社東郷織物の谷口啓子さんと湯浅歩さんにお話を伺いました。