温新知故
#13


三味線をチューニングする

京都のアートやクリエイティブ活動の最新事情を訪ねてみると、その奥には必ず伝統という財産が豊かに広がっていたりする。
いわゆる「古きを訪ね新しきを知る」という視点からではなく、むしろその逆、新しいものの向こう側にこそ垣間見えてくる京都の先人たちの、技や知恵。

この対談シリーズでは、若い職人さんやアーティスト伝統文化の世界ではない人からの視点も交えた異色の対談集というかたちで京都の伝統文化に新しい光を当ててみたい。

──現在こうやって京都で三味線を作られている職人さんっていうのは何人ほどいらっしゃるんですか?

野中智史
棹は、京都ではぼくと、ぼくのとこの大将の2人だけですね。
むかし、山科にいはったらしいですけど、だいぶ前に亡くならはったみたいで。
「皮張り」のほうは、まだいはるんですけど。

岸田繁
たとえば津軽、青森とか東京とかは、職人さんも多いんですか?

野中智史
やっぱり人口が多いぶん多くなりますね。
ぼくが知ってる限りでいうと割合的には皮張りでやるのが7割で、棹専門が3割ですかね。
実際のところ皮のほうがよく破けるし、ご飯食べていきやすいからですけど(笑)。棹はなかなか。

岸田繁
津軽三味線っていうのは、ほかの三味線とどう違うんですか?

野中智史
津軽は太いんですね。「太棹」言います。

岸田繁
ああ、なるほど。そう言われてみたらそういう印象ありますね。

野中智史
この三味線は「細棹(A)」、こっちは「中棹(B)」なんですけど、これよりもうひとつ太いのが津軽ですね。
やっぱりあんだけ図太い力強い音出そう思ったら、胴の共鳴部分ももう一回り大きくないと出ません。

岸田繁
やっぱり祇園とかのお座敷やと、激しくは弾かないですか?

野中智史
舞台でバンバン弾ける芸妓さんもお座敷にいてはるんですけど、座敷のものって基本的に唄がつくんで、唄の音量を超えて強く弾いたらあきませんよね。
あと弾き唄いで歌う姉さんは、立ち方さん(踊り手さん)より控えなあかんし。
まあお客さんに言われたらやりますけど、やっぱりちょっと音は控えめにしてはる印象ですね。

岸田繁
弾く曲やらジャンルやらによって使う三味線って決まってたりするんですか?

野中智史
そうですね。
曲、ジャンルがいろいろとあるんですけど「地唄」っていうジャンルの唄を弾くときは中棹の地唄の三味線を持っていきますし、「祇園小唄」とかやったら長唄用の三味線でやったり。
かと思ったら地唄の三味線使ったりしてもいいんですけどね。

岸田繁
ぼくらみたいな素人やと、三味線はみんな同じに見えるんですけど、ちょっとずつ使いかただったり太さだったり、やっぱりいろいろ違うんですね。

野中智史
ほんまにちょっとずつですけどね。
なかなか説明してもわからないっていうジャンルは多いですね。

岸田繁
パっと見ではわからないですもんね。

野中智史
大きく分けるとジャンルでは津軽三味線と、小唄、長唄、あと歌舞伎とか、お芝居のやつですよね。
お芝居は長唄とか常磐津、清元、義太夫節っていうのがあります。
それから座敷に入っていったんが小唄、端唄なんかですね。
歌の別派は座敷に入ると違ってくるんですけど。
そうしたジャンルあわせて三味線も使い分けます。
大きく分けると、細棹・中棹・太棹というのがあって、津軽はそのまま「津軽」と呼びまして太棹のなかでもまた進化しているジャンルですね。

岸田繁
へえー。かなり細かくわかれてるんですね。
当然のことながら音も違ってきますよね?

野中智史
津軽と長唄を見比べたら音も全然違ってくるんでわかるんですけど、中棹の部類はちょっとずつ小物が違ったりするのでね。
とりわけ三味線をあんまりご存知ない方にとっては音だけ聴いても似て聴こえると思うんですけど。

岸田繁
ぼくら弦楽器弾きの人間から言わしてもらうと、津軽はわりと弾きたがる人が多いんです。
でもその小唄とか長唄の三味線ていうのは、われわれふれる機会がないので、ほんまにそういうお茶屋さんとかに行かんと聴けないですよね。
弾いてみたいなーというのは思うんですけど。

野中智史
なかなか聴くことないですもんね。

岸田繁
やっぱり三味線ゆうたら
ほとんどの人が津軽をイメージされるんちゃいますかね。

野中智史
やっぱりテレビの露出的には津軽が一番出てると思うので。

岸田繁
そうですね。楽器がメインですもんね。

野中智史
ほんまはもともと小唄、端唄っていうのは庶民のもので、べつに芸妓さんや舞妓さんがいなくても弾いていいんですけど、逆に小唄、端唄のほうが演る人や聴く機会が少なくなっていったっていうのは
なんとも皮肉な話なんですね。
常磐津などの「芝居もの」は家制度がちゃんとあってお免状制度ができたんで残っていったんですけど、むしろ誰でも歌えるものがどんどんなくなっていってます。
この前も、とある落語の師匠とむかしはギターやら三味線やら抱えてやる歌謡漫才があったなっていうお話をしてたんです。
それがいまは全然ないですもんねえ。

──やっぱり家制度や免状制度なんかはいろいろ言われたりもしますけど、自分たち自身で文化を保護して残していくという点では有効なんですね。

野中智史
お茶の世界もそうですよね。

──修理とかも結構されてらっしゃるんですよね?

野中智史
いまは新規でひと棹作るよりも、どっちかいうたら修理のお仕事のほうが多いですね。
というか仕事の大半は修理ですね。
その合間で新規のお仕事があったら原木見て作る感じですね。

岸田繁
修理っていうのはどこからの依頼が来るんですか?

野中智史
「お師匠さん」っていわれてる方々から、お稽古されている生徒さんやお弟子さんとか。
このへんやったら芸妓さんとかもいはるんですけど。

──そもそも一本の棹を作るのにどれくらい時間がかかりますか?

野中智史
ほかの修理仕事とか配達とかお帳面とかせずに、三味線づくりだけを一日8時間・週6日働いたとして、それで1か月くらいかかる感じですかね。
どうしても接着を2回に分けてしてるところとかあったり、漆塗ったら2,3日置かなあかんかったりで。
待ってる時間もけっこう必要なんでね。

岸田繁
たとえば調律なんかはどうやったはるんです?

野中智史
いまは調子笛いうのがあって「ピー」て吹きながら弾いて音を合わせていきます。
最終的な微調整になってくると唄い手さんや語り手さんのキーに合わせてやります。

岸田繁
これは下の弦からいうと、どういう風になりますか?

野中智史
ぼくらはいちばん太い糸(上の弦)の音で合わせてしまって、あとはきっかけだけこの調子笛を吹いて感覚でやっちゃう感じです。
あんまり岸田さんがやってはるような
西洋音楽ほどには厳密にやらないんですね。

岸田繁
ああ、オクターブと、五度と。

野中智史
そうです、そうです!
いったんそうやっといて、あとはメインのお師匠さんが「ちょっと下げて」と言わはったら下げるし、歌い手さんの希望があったらそれに合わせたりしてやってます。

岸田繁
いうたら三線とかとチューニング自体は一緒なんですね。

野中智史
そうそう、いま引いてるこれが「本調子」ていう基本のかたち。本当の調子ですね。
ギターみたいにフレットがないので勘所になるんですけど、本調子で言うたら一の糸の4=二の糸の開放弦・二の糸の6=三の糸の開放弦で合わせます。
で、これから「二上がり」っていうて音になるとこの2本目の糸をひとつあげて、また下がって。
要するに一の糸の6=二の糸の開放弦・二の糸の4=三の糸の開放弦になります。
「三下がり」は3の指下げるだけなんですけど、一の糸の4=二の糸の開放弦・二の糸の4=三の糸の開放弦になってます。
それで一の糸と三の糸が基本はオクターブになってます。
大抵この3つを基本として使う調子になります。
たまにイレギュラーなのがあったりするんですけどだいたいはこれで演ります。

岸田繁
だいたいあれですね、あるんでしょうね、気持ちのいいところが。

野中智史
そうですね。開放弦が気持ちいいところがありますね。



温新知故
#12
野中智史×岸田繁

文:
松島直哉

撮影:
平居 紗季

岸田繁オフィシャルサイト
https://shigerukishida.com

くるりオフィシャルサイト
http://www.quruli.net

温新知故
#13


三味線をチューニングする

京都のアートやクリエイティブ活動の最新事情を訪ねてみると、その奥には必ず伝統という財産が豊かに広がっていたりする。
いわゆる「古きを訪ね新しきを知る」という視点からではなく、むしろその逆、新しいものの向こう側にこそ垣間見えてくる京都の先人たちの、技や知恵。

この対談シリーズでは、若い職人さんやアーティスト伝統文化の世界ではない人からの視点も交えた異色の対談集というかたちで京都の伝統文化に新しい光を当ててみたい。