温新知故
#28


思考の身体性と、肉体の機能美と

京都のアートやクリエイティブ活動の最新事情を訪ねてみると、その奥には必ず伝統という財産が豊かに広がっていたりする。
いわゆる「古きを訪ね新しきを知る」という視点からではなく、むしろその逆、新しいものの向こう側にこそ垣間見えてくる京都の先人たちの、技や知恵。

この対談シリーズでは、若い職人さんやアーティスト伝統文化の世界ではない人からの視点も交えた異色の対談集というかたちで京都の伝統文化に新しい光を当ててみたい。

──自意識が消えて身体が自然に反応するように描くために集中して、手で考えるような感覚になることが大切だというお話でした。具体的には、繰り返しの作業で研ぎ澄まされていくということもあるのでしょうか?

望月めぐみ
そうですね。それもやっぱりありますね。切り絵を仕事にするんだったら、会社でお勤めしている人と同じ時間それができなきゃ仕事にはならないという思いがあって。

──なんらかの規律を自分で決めておかないと、フリーランスや作家は難しいですよね。

望月めぐみ
それもありますね。だから1日の作業スケジュールとして2時間1コマとして、それを4コマやれば1日8時間は彫る作業ができるなと、それは作家生活をはじめてすぐに決めました。

最初は2時間集中してやるのってなかなか大変なので、2時間後の時間を紙に書いて壁に貼っておいて、その時間までとりあえず続けると決めて作業していました。

で、それを続けているとだんだん鍛えられていって、そのサイクルが生活のリズムになっていくんですね。

──オン・オフの切り替えや、やる気スイッチなど、ひとりで仕事するのには大切ですよね。

望月めぐみ
いまはアルバムを3枚聴くとだいたい2時間とかそういう感じですけど(笑)。

SHOWKO
わたしは音楽だったらアンヴィエントな感じものを聴くことが多いですかね。

──作業するときに音楽をかけてスイッチ代わりにするっていう作家さんは多いんですか。

望月めぐみ
人によりますけどね。

──逆になにもかけないという人もいるんですか。

望月めぐみ
いますいます。

SHOWKO
ラジオはあんまりかけないかな。「情報」が入ってきちゃうとダメかもしれない。

──ぼくも日本語の原稿を書いてるときに日本語の曲を聴くと、書けないですもんね。

SHOWKO
ああ、そうですね。たしかに。

望月めぐみ
やっぱり作家の人は自分のスイッチがなんなのかっていうことに意識的になることも大事だと思いますね。音楽だけじゃなくて、歯を磨くとか、手を洗うとか、そういうスイッチをちょっとずつ見つけていくと、作家として生きていきやすくなると思いますね。

──スポーツで反復練習するのも単に根性論というだけでもなく、いざというときに身体が反応するためには、同じ作業を繰り返すことが大事みたいです。

SHOWKO
不思議ですよね。

望月めぐみ
切り絵に関していうと、途中で失敗ができない。

だから雑念や、気がかりなことがあるとミスにつながるんです。なので、そういう気がかりをぜんぶ片付けてから作業に取り掛かるようにしてますね。

ふだんだったら気にしないようなこと、たとえば流しの洗い物とか、散らかった部屋とか、一見すると切り絵の作業に直接関係なさそうに見えることでも、そういうのをひとまず片付けてから「よーし!」みたいな感じで取り掛かることは、とくに気合の入った大物作品のときはあります。

──SHOWKOさんは経営者でもあって、いわゆる作家としての作業以外の実務がたくさん抱えている。従業員のことや売り上げなんかも考えないといけないし、打ち合わせもしないといけない。そういう切り替えはどうしてらっしゃるんですか。

SHOWKO
わたしには、やはり子どももいるのでね。子育ての脳と制作の脳、経営の脳は、それぞれぜんぜん違うので。とくにいちばん違うなって思うのは「経理」と「制作」なんですよ。だからそれは絶対同じ日にはしないようにしています。

ただ、子育ては生き物を育むという意味では制作とは近いような気もしています。もちろん子どもがワチャワチャ走り回ってるなかで集中して描くっていうのはさすがに厳しいんですけど、使っている力の種類としては似ている感じがするので、わりにスッと切り替えられています。

たとえば子どもと一緒に遊んでて、誰かに「子守よろしくー」って預けたら、その後ですぐに描くのは平気です。同じエネルギーを両方で使いあって、補完しあってるイメージですね。

──その話はおもしろいですね。生み出して、育むもの。

SHOWKO
子どもというのは現実的な存在だから、ものづくりのパワーになるんです。

──共通点も多いおふたりですけど、逆におふたりの違うところはどういうところだと思われますか?

望月めぐみ
やっぱりSHOWKOちゃんはお母さんになった人。わたしはなってない人というところですかね。

──それは作品や作家活動に、どういった影響があると思いますか?

望月めぐみ
わたしはまだそこまで自分を客観視はできていないので影響まではわかりません。わたし自身が子どもを持たなかったのは、切り絵のことばかり考えていて、あんまりそっちに意識が向かなかったというのもあるので。それはほんとうに、それぞれのそのときに興味があることにもよるから。

SHOWKO
そうですね。正解はないことだから。

──今回の対談のテーマのひとつとして、女性の人生の選択肢としての作家という道についてもお聞きしたいのですが、ものづくりや表現において女性であることの強みや個性を感じることはありますか。

望月めぐみ
わたし自身はあまり意識したことはないです。ただ、女性の美がすごく好きなので、切り絵をはじめた際にはモチーフとして女性をずっと描いていていました。でも自分が作品をつくるときに女性的なものを意識してつくっているっていうことはありません。

──女性の美しさに惹かれていく、というのはなぜなんでしょう?

望月めぐみ
わたし個人の観点でいえば、女性の身体は“純粋美”、男性の身体は“機能美”だと思っています。女の人はくるぶしのちょっとしたラインのひとつにもエロティシズムがあり、線一本で美を見いだすことができる。その一本の線自体が純粋に美しい。それを“純粋美”と捉えています。

いっぽうの男性の身体の美しさは構造の美であり、機能としての美しさの現れだと思うんです。それぞれの美しさがあると思います。ただ、切り絵というのは基本的に「線の表現」なので、女性の曲線をシャープなラインで引くときが気持ちいいっていうのがあって、そこに快楽があるなと感じているんです。

SHOWKO
なるほどね。たしかに、そうかも。

──切り絵の表現として女性の肉体のラインが持つ純粋美に惹かれはするけれども、作家として女性性を意識したことはない、ということですね。

望月めぐみ
そうですね。ただ、女の人は衣食住に関するものを手でつくり続けてきた歴史がある。それはある意味では手仕事を通した女性性の発揮であると言えると思います。大原で仲良くなったお父さんの話によると、子供の頃は年末にお母さんがわらじを編んだり、身につけるものを新調してくれた思い出があるそうです。そういった、衣食住を手で育くみ続けてきたDNAというのはあるのかもしれない。

──作品としてではなく、生活のなかでいろんなものを手仕事でつくってきたということですね。

望月めぐみ
そうですね。私自身は普段そこを意識して制作しているわけではないのですが。

──なるほど。SHOWKOさんはどうですか。

SHOWKO
作品を見てくださった人が「女性らしいね」って言ってくれはることがあります。ただ、わたしも女性らしさを意識してつくっているわけではありません。わたし自身は曲線がフラクタルみたいに集まったものが、またフラクタル的にどんどん増殖していくような絵柄が好きでよく描きます。

それは植物とか自然が生みだしたかたちを、ミクロの視点で見つめたり、あるいは逆にすごくマクロの視点から眺めたりしたときに、じつはよく似た曲線の連なりがあって、わたしはその曲線の連なりがすごく好きなんです。

だから曲線に自分の命のようなものを乗せたい、という思いがあったりするんですけど、その曲線の美はもしかしたらもちめちゃんのいう「女性の純粋美」なのかもと、いま思いました。

──ああ、なるほど。たしかにそこはつながりそうですね。

SHOWKO
そうなんです。わたしは出産する人生を選んだ。出産体験はもうエロスそのものとしかいえないものでした。ほんとに。だって自分の股のあいだから命がドサっと出てくるわけですよ(笑)。

それで最後には自分でコントロールできないような、チューブをひねり出すような波が自分の身体に起きるわけです。もうすごいですよ!止められない。なにもかも制御不能になるんです。

赤ちゃんと一緒にお腹から出てきた胎盤とかまですごいエロくって「なんやこの命は!」って叫んじゃいました。出産すると血液が母乳になるでしょ。

身体の機能が拡張されてどんどん変化していく。それを一瞬一瞬に感じられるんですね。だからたとえていうなら「いままではiPhoneを電卓としてしか使ってなかった」みたいな感じです(笑)。

(一同爆笑)

SHOWKO
出産と育児は、わたしの身体にはこんなにもすごい機能があったんだということを教えてくれた体験でもありました。よく「出産したら絵が変わる」と言いますが、そこまで如実になにかが変わったという自覚はないんですね。でも、もしかしたら一本一本の線に乗せる思いや感覚が微妙に変わっていたりするのかもしれません。

望月めぐみ
いやあ、この話、すっごく興味ある。赤ちゃんを産むってどんな感じだろうという関心はすごくあったので。いい話が聞けたわあ。

SHOWKO
もうなんぼでも伝えますよ!(笑)。



温新知故
#28
望月めぐみ×SHOWKO

文:
松島直哉

撮影:
福森クニヒロ

望月めぐみ HP:
http://www.mochime.com

SIONE HP:
http://sione.jp

温新知故
#28


思考の身体性と、肉体の機能美と

京都のアートやクリエイティブ活動の最新事情を訪ねてみると、その奥には必ず伝統という財産が豊かに広がっていたりする。
いわゆる「古きを訪ね新しきを知る」という視点からではなく、むしろその逆、新しいものの向こう側にこそ垣間見えてくる京都の先人たちの、技や知恵。

この対談シリーズでは、若い職人さんやアーティスト伝統文化の世界ではない人からの視点も交えた異色の対談集というかたちで京都の伝統文化に新しい光を当ててみたい。