一〇〇年生き抜く 京都の老舗
#01


豆腐|平野とうふ


結婚する前に、とうふ屋は継がないと確認したはず

姉小路通と麩屋町通の交差点、北西に立つ平野とうふ。漢字で豆腐ではなく、ひらがなで〝とうふ〞。ひらがなの方が、店の性格や、ここで作られる豆腐をよく表しているように思います。豆腐のパッケージには赤い○の中に平の字を入れたもの(マルヘイと読む)もあります。

薄暗い鼠色の店内は、どこの豆腐屋もそうであるように、お客さんが足を踏み入れることはなく、皆通りから声をかけ、豆腐を買い求め、ささっと帰ります。

明治39年(1906年)創業。祖父の平吉さんが作り始めた豆腐は、北大路魯山人に愛され、その息子良平さんの代には、豆腐嫌いだったはずの白洲次郎に気に入られました。

現在の主人・平野良明さんは、10年間、ダイハツの技術員室に勤めた後、戻ってきました。しかも、妻の美枝子さんには一切相談せず、「勝手に決めてきた」そうです。

それって、よかったんですか、と美枝子さんにきくと「よくありません! 結婚する前に確認したんですよ、豆腐屋は継がへんて。ご両親も、継がせません、と。それなのに、3月31日に『会社辞めてきたから』って。その時、この人(良明さん)、何て言うたと思います? 『一心同体やから分かるやろ?』ですって」。

もちろん美枝子さんに分かるはずはありません。「それでもね、私にはまあ関係ないと。主人は仕事をしてお金を稼いで帰ってくるだけ、と思うようにしたんです」。たしかにそう考えれば、サラリーマンと一緒です。ところが「ご両親が体こわしたりしてね、そうしたら誰が油揚げ、揚げるんやと。え、うち? やったことないし、この人と違って、小さい頃から見てたわけちゃいますし」。

心中お察ししますが、今現在、その油揚げは「私が揚げてます! その日から30年」。人生って、ほんと大変ですよね、と共感した僕には褒美として木綿豆腐と油揚げが贈呈されました。

そんなこと言ってるけど美枝子さんは笑っていたし、昔いつだったかお客さんに「綺麗(な油揚げ)ね」と言われたひと言が今も背中を押してくれるともおっしゃっていました。


豆腐を作るのが好きだからやっている

スーパーで売ってる豆腐とどう違うんですか、などと失礼な質問もズケズケとしましたが、全てにきちんと答えてくれます。話していると良明さんは、前職の車にしても今の豆腐にしても、本当に「作ること」が好きなんだと感じられたのが何より嬉しかったです。

目の前の人を信用していいのかどうか、疑いながら生きなければならない時代の空気感が、普段私たちを覆っています。でも、良明さんのように嬉々として自分の仕事の話をする人に出会うと、少し安心できますね。9割5分は、父親から教わったことを変えとらんそうで、残りの5分は時代に合わせて変えています。取引先は旅館の柊家(108ページ)や俵屋、天ぷらの吉川と錚々たるメンバー。

水は京都の地下水で(余談・京都の地下には琵琶湖と同じくらいの水が貯えられています!)祖父の代は7メートルの井戸、父の代は15メートル、今はなんと50メートルの井戸水を使っています。市営地下鉄が通る際に、市に掘ってもらったそうです。なんだか、いい時代ですね。僕も家に井戸掘ってほしいわぁ。


作った人が売ってくれる安心感

肝心の豆腐の味は、これはうまいです。当たり前。誰もが思うかもしれませんが「木綿なのに絹ごしみたい」です。これ絹ごしじゃない? でも絹ごしとも違う気がする……、と自分を疑うことになります。何かを変えたければ、まず現状を疑うことから始めなければいけません。

その意味でこの口の中を泳ぐ木綿豆腐は、自分や当たり前の物事を再認識することを誘発します。それは本来、芸術の役割だったと思いますが、この姉小路の小さな豆腐屋にはその機会があります。

良明さんが水槽いっぱいに豆腐を作る姿を初めて見せてもらった時、その少年の眼差しが羨ましかったことを覚えています。売るときの顔とちがいました。売る頃には一仕事終えて、もう気の抜けたオヤジになってるんだ。

しかしながら、改めて考えてみると、作った本人が売ってくれるというのは、当たり前のように思えますが、実はラグジュアリーなことのようなな気がしませんか。そう思わせてくれる場所がこのお店です。

話している最中に、近所の方がアルミの洗面器を持参して、一丁買い求めに来ていました。容器包装リサイクル法もエコバッグもない頃から続く日々の姿です。普段のこうしたやりとりや、井戸水を張られた洗面器に入った豆腐の姿は、人をほっとさせてくれる美しい光景です。


平野とうふ

明治39年(1906年)創業

あの北大路魯山人が食べ、豆腐嫌いな白洲次郎でさえ平野とうふの豆腐を好んで食べたと言われる、歴史あるお豆腐屋さん。平野とうふでは京都の豊富な地下水を使用しており、お豆腐も油あげも添加物は一切使用していないので、大人から子どもまで安心して食べられる。
白豆腐、油あげは各240円(税込)。

住所:〒604-8094 京都市中京区 姉小路通麩屋町角289
営業時間:9時30分~18時00分(日曜休)
電話番号:075-221-1646
アクセス:地下鉄東西線 京都市役所前駅 徒歩5分


淡交社 208ページ・1800円+税

「一〇〇年生き抜く 京都の老舗」

100年以上続く、京都の老舗35店を訪ね歩いた市内冒険的著書。
KYOTO T5センター長であり、デザイナーの酒井洋輔がインタビュー、文、写真、デザインと全て一人で行ったもの。
日本一の観光都市である京都は、観光スポットがありすぎて、それらを回るだけで数週間かかるほど。
しかし、京都の京都らしさを作っているのは本当にそのような観光スポットでしょうか。
100年以上続いているということは、住む人に愛されている証であり、確実に京都を形づくる要素と言えます。
「秘密の街・京都」の秘密、京都らしさのソースを知ることになる一冊。
新しいガイドブックの形です。


一〇〇年生き抜く 京都の老舗
#01
平野とうふ

文・写真:
酒井洋輔

一〇〇年生き抜く 京都の老舗
#01


豆腐|平野とうふ