一〇〇年生き抜く 京都の老舗
#13


昆布|ぎぼし


〝相変わらず〞が一番難しい

京都の街の真ん中あたり、柳馬場四条上る、大きなビルの影に隠れて静かに鎮座する、ぎぼし。店内の半分は売り場、半分は昆布の入った木箱と梱包などの作業スペース。贅沢なバランスで構成される店内は独特の趣があります。

昆布の専門店。当初は昆布のみならず、祇園のお茶屋につき出しのお届けもしていたそうです。つき出しとは、居酒屋などで注文前に出てくるアレのこと。明治の頃は、つき出しの専門店があったことに驚きます。

現5代目・上田昌太郎さんは「京都は100年よりもっとやってはるところがたくさんありますからね、うちはたかだか150年、父も私も老舗という感覚は持っていません」とおっしゃいます。続く秘訣やこだわりについても「うちは何もこだわってないんです。昔と変わっていないだけ。 周りが変わっていったんですよ」と分かりやすい名言。変わらないことについては、一矜恃あり「ウチは相変わらずです、の〝相変わらず〞が一番難しい。新しいものを出していくような攻めの商売の方が楽」というような話を、知り合いの老舗としながら、励まし合いながら、変わらない商売を続けておられます。

続けて笑いながらおっしゃいます。「だから毎月来て黒とろろ50グラムだけ買っていくようなお客さんが一番怖い」。そういうお客さんは味が体に染み込んでいて、変わるとすぐ分かるからです。

この黒とろろ(とろろ昆布)が、ぎぼしの名物です。ここでしか買うことができないにも関わらず、全国にファンがいます。代々宣伝をした形跡もないので口コミだけで広まったと考えられる、偉大なとろろです。

まず僕らの知ってるとろろ昆布は、大手のメーカーが考案した大量生産仕様で、昆布を並べて作った〝側面〞にカンナ(のようなもの)をかけて作られています。次にぎぼしが扱うそれは、側面でなく〝表面〞を削ったものです。数少ない職人が専用の包丁( 20センチほどの刃にミクロの凹凸が200程入ったもの)を用いてできる技巧の産物。昆布の繊維を「半分生かして半分殺す」ことで得られる独特のとろろの舌触りであります。これがほんまもんのとろろ昆布です。昔は全て、これだったんだと考えると、知らないって怖いなと思わざるません。というわけで「百貨店で、とろろ昆布を作る実演を見たことあるわ」と言う方、それはおぼろ昆布のことで、ほんまもんのとろろ昆布ではありません。無念。

手間暇がかかるきつい仕事なので、やはり価格は高めです。本来は高級な価格が似合うものではなく、ご飯の隣にちょこんと気軽に居てほしいものです。高級化してしまった原因は、僕たちが大量生産で安価なものを選んできたから。重ねて、無念。

ほんまもんを試したくて、買ってみましたが、この上ない食感でした。手で触るだけでも指先に幸福感。口に入れると酢の酸味と昆布の香りがしますが、すぐにとけて消えます。前述した製造のウンチクを添えて、贈り物にも適していると思います。ぎぼしのとろろ昆布じゃないといけなくなるファンの皆さんの気持ちが分かりました。


〝両方の目〞があって、一つということ

もう一つの名物は〝吹よせ〞です。いろんな種類のおかきや昆布、豆、海老煎餅などが入っていますが、それぞれに職人がいて、それらを合わせてぎぼしの吹よせが完成します。職人がやめたりすると、中身も変更されるという歴史を繰り返してきたので、明治・大正・昭和・平成と時代ごとの〝吹よせ〞があります。ある意味、期間限定商品。

この吹よせが、またとんでもない逸品です。何種類入ってるのかちゃんと並べて数えないと分からないくらいに多種です。しかもそれぞれの芸がまた細かい。おかきのアソートなんて初めてみました。次々と新しい色と形が出てくるので、すごく楽しい。いちいち気が利いたデザインで、一人で食べるより誰かとワイワイ言いながら食べたいものです。

とろろと吹よせ、この二つの名物がぎぼしを支えます。変えずに続けてきた理由は「父も祖母も、この商品のことが好きやったんだと思いますね」とシンプルなもの。では今現在、社会で働く人たちは「自分とこの商品、好き」と胸張って言えるのかな? と考えさせられます。そう言える幸せは素朴なものですが、企業理念のような言葉よりもむしろ、温石のようにたしかに社員を励ますのかな。

ぎぼしは規模も大きくせず、ご主人とお上さん、プラス2名の社員さんだけの小さな会社です。昌太郎さんが控えめなトークだったので騙されかけましたが、こんなに驚きと感動のある製品は市井でなかなか見つけられません。何も新しくないことが新しさにつながる見本のような製品です。頼むから変わらないでいてください、と願います。

最後にお上さんとの仕事の分担について聞きました。いろいろ話してくれた中でビリビリきたのは「両方の目があって、一つということですね」という一言でした。

次は白とろろ、買いにいきたいし、もう誰でもいいから、吹よせをプレゼントしたくて仕方ない(つまり相手の反応を見てみたい)、この頃です。


ぎぼし

明治元年(1868年)創業

創業明治初年の昆布専門店、「ぎぼし」。ぎぼしのとろろ昆布、おぼろ昆布は酢の香りが特長。、あられ、海老せんべい、昆布、豆など20種類以上を混ぜ合わせている吹き寄せは、お茶受けやお土産などに喜ばれる。

ぎぼしのとろろ昆布100gが1500円。おぼろ昆布100gが2600円。吹き寄せ小袋が550円。(本体価格)

住所:〒600-8006 京都市下京区柳馬場通四条上る立売中之町108 
営業時間:9時〜17時30分
電話番号:075-221-2824
アクセス:阪急電車・四条烏丸駅から徒歩2分
HP:http://www.giboshi.jp


淡交社 208ページ・1800円+税

「一〇〇年生き抜く 京都の老舗」

100年以上続く、京都の老舗35店を訪ね歩いた市内冒険的著書。
KYOTO T5センター長であり、デザイナーの酒井洋輔がインタビュー、文、写真、デザインと全て一人で行ったもの。
日本一の観光都市である京都は、観光スポットがありすぎて、それらを回るだけで数週間かかるほど。
しかし、京都の京都らしさを作っているのは本当にそのような観光スポットでしょうか。
100年以上続いているということは、住む人に愛されている証であり、確実に京都を形づくる要素と言えます。
「秘密の街・京都」の秘密、京都らしさのソースを知ることになる一冊。
新しいガイドブックの形です。


一〇〇年生き抜く 京都の老舗
#13
ぎぼし

文・写真:
酒井洋輔

一〇〇年生き抜く 京都の老舗
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昆布|ぎぼし