一〇〇年生き抜く 京都の老舗
#09


染織|馬場染工業

馬場染工業

自分のできることをできる範囲でやる

御池通から西洞院通を入ったら、柳水町、染め屋の町です。道の脇から名水「柳の水」がちょろちょろ出ているところを見つけたら、そこが黒染めの馬場染工業です。

工業と名が付くから堅物な感じがしますが、入ってみるとそんなことはありません。スタッフも若い女性が多く、5代目当主・馬場麻紀さんも女性です。アニメのキャラクターなどとのコラボグッズも手がけているので、小物が並びます。工業感は全然なし。

なくしたのは麻紀さんです。元々は継ぐ気がなく「長靴はいて、黒くなるんイヤやし」と、結婚してとっとと家を出ました。でもまあいろいろあって子どもを3人連れて帰還。

「そしたらすごく喜ばれてね、子どもが後継ぎになるから(笑)」。アルバイトをちらほらとしていた折、お母さんに「あんたな、ここの名前背負ってここで好きな仕事した方がアルバイトよりいいんちゃうか」と言われて、黒染め生地で小物作りを始めます。麻紀さんは縫製マスターであり、ボーイスカウトもやっていたのでロープ結びにも詳しく、それらの技術と知識を掛け合わせた物作りができます。

ある時、戦国マニアの間では有名な企業・戦国魂さんとコラボしたアイテムが大ヒットし、以来、仕事に追われる毎日です。

初めてお伺いした時から、麻紀さんは一貫して老舗感とか職人感がない。忙しそうにしてるお母さんて感じです。コミュニケーションしづらい妙な壁も感じさせないし、元気。なんでも自分でやる。

「自分のできることをできる範囲でやるって大事。どうしてみんな、自分ができないことに飛びつくのか、不思議で仕方ない」と言います。だからここで一番なんでもできるのが麻紀さんです。ホームページも自分で作りました。

僕は自分ができないことはすぐ人にやってもらいますが、麻紀さんは多分、まず自分でやってみるのだと思います。

昔は着物の黒染め専門店でしたが、現在のメインの仕事は、小物製作・販売と、衣服の黒染め直しです。染め直しも麻紀さんが立ち上げた事業で、ある日中学の娘さんが制服の白ベストに墨汁が飛んで怒り泣き「お母さん、これ黒に染めて!」と言ってきました。

着物を染めるのと洋服を染めるのは全然勝手が違うそうですが、上手にやり抜きました。これを契機に、染め直し事業が立ち上がり、最初の1か月は3着だった依頼が2年後には20着、3年後には年間2500着。馬場染工業の柱の一つになるまで成長しました。


黒よりも黒い色

馬場染工業は、初代・柊屋新七が岐阜から出てきて、現在の場所に工房を構えたことから歴史が始まります。中でも麻紀さんの父、4代目・孝造さんは、黒染めの色にこだわり抜き、圧倒的な仕事を成し遂げました。

〝黒染め=馬場染工業〞というイメージを定着させたのは、この人です。人と壁を作らない麻紀さんでさえ「意見は絶対に言えなかった」ほど、威厳がありました。

孝造さんは研究熱心で、既存の黒色に対して「これが黒か? グレーにしか見えへん」と感じ「黒より黒い色」を開発し始めたのです。

世間が黒と呼ぶ色に疑問を持つってすごいことだと思います。そして黒の色を独自に極めたのです。すると、例えばお葬式の時に孝造さんが染めた黒の着物の隣に、既存の黒が並ぶと「はげたような黒」に見えるほど、それは明らかな違いを生み出しました。

黒よりも黒い色は空前の大ヒットを飛ばし、当時は1か月に3万反、着物を染めていたそうです。休日なしの単純計算で1日100着分も染めることになる。バブル後も〝馬場の黒は間違いない〞というブランドイメージで黒染めの仕事は長続きしたそうです。

呉服産業が衰退の一途を辿る現在も、数は少なくなったものの着物の仕事は続いています。


何染めてもいいんやで

麻紀さんが工房で作業していたある日、孝造さんが大きな鍋に入った着物の染料を流し始めます。着物の染料は、継ぎ足して使ういわゆる秘伝のタレ的なものです。流してしまえばもう元には戻りません。

麻紀さんは慌てて「何してるん!」と止めますが「跡継ぎもおらんし、もうやめるねん」と流すことをやめません。麻紀さんは思わず「うち継ぐわ!」と言ってしまいます。なんと劇的な継承でしょうか。5代目誕生の瞬間です(タレは助かった)。

気になる6代目は現在企業で働いていますが、土日は自主的に手伝いにきています。染めの仕事は力仕事も多いから「とても助かる」。「あんたが自信を持って、完璧にできることを今のうちに見つけてきいって言うてるんです」。

染める対象が着物から洋服に変わったように、時代はまた変わります。「だからね、何染めてもいいんやでって思うんです」。その意味で、麻紀さんは「とにかく完璧にできるもん一つ持って、継ぐこと」が必ず力になると考えています。

馬場染工業

馬場染工業

明治3年(1870年) 創業

150年以上続く、京都の黒染め屋「馬場染工場」。柳の水を創業時に汲み始めて以来、一度も枯れずに現在も染め・飲料水として使用している。長年培ってきた染めの技術を活かし、染め直し染め替えを行っている。

住所:〒604-8242 京都市中京区西洞院通三条下ル柳水町75
営業時間:9時~17時
電話番号:075-221-4759
アクセス:地下鉄烏丸線・烏丸御池駅・徒歩約6分
HP:https://www.black-silk.com


淡交社 208ページ・1800円+税

「一〇〇年生き抜く 京都の老舗」

100年以上続く、京都の老舗35店を訪ね歩いた市内冒険的著書。
KYOTO T5センター長であり、デザイナーの酒井洋輔がインタビュー、文、写真、デザインと全て一人で行ったもの。
日本一の観光都市である京都は、観光スポットがありすぎて、それらを回るだけで数週間かかるほど。
しかし、京都の京都らしさを作っているのは本当にそのような観光スポットでしょうか。
100年以上続いているということは、住む人に愛されている証であり、確実に京都を形づくる要素と言えます。
「秘密の街・京都」の秘密、京都らしさのソースを知ることになる一冊。
新しいガイドブックの形です。


一〇〇年生き抜く 京都の老舗
#09
馬場染工業

文・写真:
酒井洋輔

一〇〇年生き抜く 京都の老舗
#09


染織|馬場染工業

馬場染工業